| ある状況が発生した、という現実それ自体は、誰が見ても等しい。 しかしそこに見出す理由が悪意か作為か過失かそれとも間の悪さなのかは、当事者の主観に大いに左右される。 <<証言1:銀>> 常に主の影を踏まず後背をお守りし、未踏の場に在れば主の前を歩み万難を排し、主の声の届く場所に控えるのが郎党の務めでございます。 私が主と仰ぐ御方はかつて泰衡様お一人でしたが、今はお二人であられます。ですからこの身が一つである以上、主のどちらかをお守りすること叶わぬ場合もございまして、それが私には大変心苦しく申し訳ないことに感じられます。 私はお二人のどちらをもお守りいたしたく、しかし事実として我が非才が多少なりともお役に立てることが多いのは、九郎様よりも神子様のほうだと判じております。私の手が為せるのは主をお守りすること、しかしお二人の主の在りようを思えばどうしても、神子様はこの上なく可憐に麗しい花のような女人の身であられますゆえ。 ですから不遜とは重々承知いたしておりますが、九郎様のお姿が見当たらぬ際には、郎党である私が神子様のおそばに侍るよう心がけている所存です。 「……あのね、ちょっと困ってるんです」 妻が沈んだ表情でそう相談する内容を耳にしながら、夫は必死に、もやもやとした感覚を呑み下そうと試みた。 妻いわく、たまには自分一人の時間を持ちたい時もあるのに、銀がいつでもどこでもどこまでも一緒についてくるので、それが叶わないことが少々堪えているらしい。 「善意なのは分かるんだけどね、息が詰まっちゃう時もあって」 ふーっと妻は溜め息をついた。 「水浴びとかまでついてくるんだもん、ねえ九郎さん、どうしよう?」 「……俺から銀には伝えておこう。お前も腕は確かなのだしな」 こちらの頭を撫でてそう言った夫の内心など露知らず、妻はほっとしたように笑った。 <<夫の嘆息>> ……………………いや、これはむしろ俺が、お前の忠誠に感謝すべきなんだろうな。 俺の度量が足りんのだ、きっと。 ******** <<証言2:将臣>> どうにもならねえことだったから、手を貸しただけだっての。 つくづくタイミング悪りい奴だな、お前。 「えっと、踏み台、踏み台〜」 倉庫の中で妻はきょろきょろと周囲を見渡した。ごく平均的な身長の彼女が、見上げるほど高く作られた棚の一つから目当ての品物を取り出すには、背丈を水増ししてくれるものが必要だった。 『なんでそんなに高く作るんですか?』 『低所では湿気を防ぎにくくなる』 品物のやりとりが大変になるのに、と訴えた妻の意見は、棚の作成者であるリズヴァーンに却下された。隣でそれを聴いていた夫が即座に『さすが先生、仰る通りです!』と目を輝かせ賛同したものだから、仲間うちでは小柄である妻と朔そして敦盛は、必然的に、棚の上げ下ろしに不自由することが決まってしまった。 「そうは言っても届かないんだよぅ」 ぷうぷう文句を言いつつ探し回るも、踏み台が見つからない。妻がはてと首を傾げたところに、運良くというか運悪くというか、将臣が倉庫の中に入ってきた。 「……んあ? 何やってんだお前」 「あ、将臣くん、踏み台知らない?」 「踏み台ー? 相変わらず探し物も片付けもへったくそなのな、お前」 「関係ないでしょ! 本当に見つからないんだってば。あれがないとチーズに届かないのっ」 「んだよ、つまみ食いか」 「ちっがああぁう!! 燻製にするんだよ、もう朔が火の番してるんだからっ」 将臣が見上げてみれば、問題のチーズは彼にも手の届かない場所に安置されていた。倉庫の中をぐるりと見渡してみても、妻の言うとおり、やはり踏み台は見当たらない。 そこで将臣は思い出した。 「―――あ、薪が足りねえってんで、この前バラしたんだっけ」 「ええ〜〜〜!?」 あの高さに踏み台なしで手が届くのはリズヴァーンくらいのものだろう、と将臣は目算で見当をつけた。先生呼んでくっか、と考えたものの、一瞬後に彼が狩に出ている最中だったことを思い出す。 「どうしよ。将臣くん、取れない?」 「アレは無理だな。無理して落としたら元も子もねえし」 「うええぇ。だから高すぎって言ったのに〜」 しばらく唸っていた妻が、不意にぱっと顔を輝かせた。 その表情は大変見慣れたもので、なおかつ非常にイヤな予感を将臣に与える。 「そうだ将臣くん、肩車してよ! そうしたら多分届くから」 予感的中。 「……マジでか」 「マジだよ」 「……ちょっと待ってろ。九郎呼んでくっから」 「だめだよ朔待たせちゃうもん、将臣くんやってよケチー」 いやケチとかそういう問題じゃねえから。 将臣のツッコミは彼の内心でのみ行われたため、妻には伝わらなかった。しかし火を熾した上で朔を待たせているのなら、確かに、今現在どこにいるのか分からない九郎を探し当て、この場に連れてくる時間的余裕はないように思われた。 「―――しゃーねえなあ」 「屈んで屈んで、ほら早く!」 妻の態度にはいっそ見事なほど躊躇がない。ガキ同士じゃあるまいし、幼馴染とはいえ旦那以外の男に肩車を頼むって、そりゃお前ヒトヅマとしてどうなんだ、とさまざまな感情が将臣の脳裏を駆け巡る。が、言って思いとどまる彼女でもあるまい。 諦めて背を向け膝をつくと、なんの遠慮もなく、妻は将臣の肩に足を乗せてきた。 「いいよー」 「じゃ、立つぜ」 厄介ごとはさっさと済ませてしまうに限る。誰にも見られないうちに。 「取れたか?」 「えっと、もうちょっと右……」 だが得てしてこういう物事は、絶妙としか呼べない巡り合わせで修羅場に発展する。 「―――っなにしてるんだお前たちはっ!?」 倉庫に響く大音声は、間違いなく夫のものだった。 将臣は肩がごっそり落ちそうな溜め息をついたが、その肩に乗った妻は平然としていた。 「あ、九郎さん、いいところに。このチーズ、広場の朔のとこに持って行って」 「え、あ、な……っ!?」 ぽーんと高所からチーズが飛んでくる。それを咄嗟に受け止めた夫は、混乱のままに妻と将臣の姿を見比べ、分かりやすくうろたえた。 「……言いたいことはよーく分かる。説明は後できっちりつけるから、取りあえずこのバカの言うこと聞いてやれ」 <<夫の独白>> 俺は仲間と信じた者を疑いたくないんだ。 疑いたくはないんだが……何故だろうな、この、殴りかかるのを堪える右手は。 ******** <<証言3:弁慶>> ええ、長旅の備えにはいろいろと必要ですからね。腕の面では心配してませんけど、君は粗忽なところがありますから、気を張るでもない道中でうっかり何かをやらかすことは十分考えられます。 僕に手伝えるのは薬をある程度用意して持たせるくらいなんですが、何しろここはあの島国とは勝手が違いますから。手に入れたいと思っても確実に手に入る訳でなし、行商の者から買い取れる訳でなし。いつ手に入るかは分かりませんし、確実なことは言えないんです よ。不足すると分かっていてもそのまま送り出す場合だって、よくあります。 だからあの時はうまい具合に、不足を案じていた薬草が出発直前に手元に揃ったので、急ぎ薬を届けに行ったんです。ええ、誓ってそれ以外に他意はありません。 ……ああ、哀しいな、君は僕の言葉を信じてくれないんですか? 「じゃあ、出発は明日ですね。気をつけて」 「ああ、お前もあまり無茶をするなよ」 寄り添った妻が爪先立ちをするが、夫の顔には届かない。むう、と眉根を寄せた妻の表情に、夫は笑ってそっと身を折った。 「……ほら」 「ん」 ちゅ、と可愛らしい音を立てて、妻の唇が夫の頬に触れた。 伸び上がっていた爪先を戻した妻は、何を思ったのか不意にうふふと笑った。 「なんか、サラリーマンの出張か単身赴任みたーい」 「さ、ら?」 「どんな世界で暮らしてても、生活の基本ってあんまり変わらないのかもしれないなぁ」 「……よく分からんが、それはお前の育った世界の話か」 「うん。でも最近ね、あんまりそういうの、関係ないかなって思うんです」 愛らしい妻の笑顔は夫の最もいとしむものの一つだった。その表情を一番近くで見られることが至福だと思う。 「そうなのか?」 「だってね、九郎さんがいて、私がいて、お互いの気持ちをちゃんと伝えられてるなら、どこにいたって幸せだもの」 「望美……」 夫はそっと妻を抱き寄せ唇を重ね―――ただけでなく、その小さなからだをひょいと抱き上げて床に横たえた。 「ん、っ!?」 ぷは、と息を吐いた妻の視界はもはや、天井と夫の顔が一直線だ。 やばいやばいやばい、と妻の脳裏が警鐘を鳴らす。 「九郎さん! まだ夕方っ」 「しばらく離れたままなんだ。―――いいだろう?」 「え、や、だめ……だってばぁ……あ、あっ」 「いいだろ、望美……?」 「やあ……っ」 妻の微かな抵抗が流されかけた、その瞬間。 ばさり、と布の動く音がした。ゲルの入り口にかけられた幔幕が擦れるその音は、来訪者の存在を意味していた。 「お楽しみのところ少々失礼します、傷薬が揃ったので荷に加えておいてくださいね」 時ならぬ甘い空気は、来訪者である弁慶のそんな声で唐突に中断された。 弁慶が自分の用事を終えて夫妻のゲルを去った後、妻の鉄拳が夫へ振舞われたかどうかは定かでない。 <<夫の苦情>> 信じられるか!!
了 |
**ひとこと**
90000Hit御礼の九望SSです。事前アンケート1位難敵【外野(だんなさん/モンゴル)】。つまり十六夜ED後。
アンケートからして『新婚さんの最難敵』だったもんですから、これを含め選択肢はアホさが炸裂してました(笑)。
モンゴルはまさにED時点で夫婦もん確定ルート(偏見ですか?)なのに、外野がぞろぞろついていくお笑いルートでもあり。
一部から他愛のないちょっかい出されつつ、好きなだけバカップルやってくれ!と心底思います。
現在はフリー配布は終了しております。