ロミオとジュリエット

 

 今は昔、ヴェロナと呼ばれる街で、二つの大きな家が勢力争いをしておりました。
 互いにいがみ合うその家、キャピュレット家とモンターギュ家が、最初に諍いを起こした理由は、もう誰の記憶にも残っていないほど古い話です。まあ、ぶっちゃけた話、『なんとなく気に食わない』という理由だけでも、ナワバリ争いには十分な理由なのでした。
 おかげで互いの家の人間同士はおろか、使用人や番犬まで、相手の家に対抗意識を持つ始末となり、街の良識ある人々は大層心を痛めておりました。

 そうは言ってもお貴族さまな両家は、社交パーティや舞踏会をたびたび開きます。『相手の家の者でなければ』誰でも大歓迎、という、ほとんど嫌がらせのような但し書きの招待ビラが配られることも、そう珍しいことではありませんでした。
 この悲劇的なお話は、そんなふうにして開かれたパーティのひとつ、キャピュレット家の舞踏会から始まります…。





「……望美、そんな顔をしていると、怖いわ」

 キャピュレット家の一人娘であるジュリエットは、侍女に物憂げな視線を返しました。

「だってさ、いくらなんだって、父母役が頼朝さんと政子さんってのはないでしょ!?」

「なっ! 兄上にそのような無礼な口を……お前でも許さんぞ、今すぐ取り消せ!!」

 (勝手に口を挟んできた)召使の捧げ持つ扇を受け取り、ジュリエットは裾捌きも優雅に立ち上がりました。気乗りしないとは言え、キャピュレットの舞踏会に彼女が出て行かなければ、家のメンツというものが台無しになってしまうのです。

「なら九郎さんが代わりにジュリエットやればいいでしょ。フリフリ衣装なんてお手の物でしょこのブラコン!!」

 ベシッ!!

「望美! そこは扇を姫らしく口元にかざす場面であって、九郎殿の顔面に叩きつけるところではないわよ!?」

 衣擦れの音も楚々と慎ましやかに、ジュリエットは広間へと向かいました。

「ああ、せっかく着飾らせたのに……あの子ったら、あんなに床を踏み抜かんばかりに足を踏み鳴らして」

「どこが慎ましやかだ。あんなじゃじゃ馬が、芝居とは言え兄上の娘御など、有り得ん」

「九郎殿もいい加減に、その失言と地雷発言しか言わない口を閉じてください」





 ジュリエットがキャピュレット家の広間に姿を現した時、ひときわ人々の注目を集めているのは、二人の貴公子でした。
 その二人とは、あろうことかモンターギュ家の嫡男ロミオと、彼の親友のマーキューシオだったのです。ただしロミオは仮面をつけて変装らしき体裁を取っていましたし、マーキューシオ自身はモンターギュ家の者ではなかったため、人々も事を荒立てないよう、見ぬ振りをしていたのでした。

「こんなとこで寝るなー知盛!」

「…………クッ、ならばお前が余興に立ち合いでも付き合うか……?」

 マーキューシオと楽しげな団欒をしている麗しい貴公子に、ジュリエットの瞳は吸い寄せられました。

「将臣くん!? え、なに、将臣くんがロミオってどういうこと!?」

 振り向いた貴公子の顔は仮面に覆われていたはずなのに。
 ジュリエットの心は、その奥にある力強い輝きを宿す瞳に、魅入られてしまいました。

「───げ、お前がジュリエットなのかよ!?」

 ロミオもまた、令嬢を一目みた瞬間、恋の矢に胸を貫かれていました。

「……できることなら本当に兄さんの胸板を射抜いてしまいたいですよ俺は」

「わーわーわーわー!! 譲くん待って待って、ちょっと落ち着こう、ね!?」

「譲……巽の卦が欠けては、私の神子に影響が及んでしまうよ」

「…………そうですね、人間を殺(や)るには、もっと相応しいタイミングがありますね」

「つーか、譲。お前目がマジ」

 人々のざわめきも、恋に落ちた二人の耳には入りません。
 感じるのはただ、見つめあう、その視線の甘くとろけるような熱だけ。

「将臣くん……」

「望美……」

「将臣殿、知盛殿がお休みになってしまわれたのだが……」

「敦盛、あれは聞こえていない。取りあえず屋外へ放り投げてしまいなさい」

「はい、リズ先生」





「将臣くんがロミオ役ってことは……えーと、こっちとあっちで敵対関係になってるってことだよね? で、こっちが頼朝さん政子さんって……ええぇ、将臣くんて平家サイドなの!?」

「……望美。知盛って名前、聞きそびれてたの? 平知盛殿に決まってるじゃない」

 侍女を下がらせ、ジュリエットはバルコニーに出ました。火照った熱を少しでも冷ましたいのに、ロミオの眼差しを思い出すだけで、白い頬は美しいばら色に染まりました。
 ああ、それでも。
 自分はキャピュレット家の一人娘、彼はモンターギュ家の嫡男。恋が報われることなど、決してない自分たちだったのです。
 自分がキャピュレットでさえなかったら、彼がモンターギュでさえなかったら!

「将臣くん、将臣くん、どうして将臣くんが還内府なの!?」

「そりゃお前、還内府だからさ」

 誰にも聞かれてはならない、恋の苦しみ。それを呟いてしまったジュリエットの声に、不意に庭先から答える声が響きました。しかもそれは、ジュリエットが決して聞き間違うはずのない、恋しいロミオの声。

「よっ……と。へー、結構高いのな、ココ。金かけてセット作ってんじゃん」

「将臣くん!? あのさ、ここ、二階のバルコニーなんだけど!? どうやって……」

「ああ、敦盛にぶん投げてもらった。あいつ見かけによらず力が強いんだぜ」

「……あーそう言えば、京邸の塀も軽々ジャンプしてた。うん、思い出した」

「ところでお前がジュリエットってことは、やっぱお前が源氏の神子なのか?」

「───うん。将臣くんが還内府だったんなら、この戦争も終わるかな……」

「ロミジュリに倣って死にマネってか? そう上手くいくかぁ?」

「ダメもとでもやってみようよ。いざとなれば逆鱗があるし

「は? げき……なんつった? 今」

「えーううんなんでもないよ〜?」





「……という訳で、仮死状態になる薬が欲しいんです。源氏の神子と還内府の両方がいなくなれば、実戦部隊の要に相当ダメージ出ますから」

 ジュリエットの懇願に、神父さまは困ったように微笑みました。

「君は、僕がそんな危険なものを持っていると思うんですか?」

「もっと危険なものを持ってると思ってますから大丈夫です」

「望美、頼む相手間違えてんぞ。コイツの薬なんて危なくて飲めたもんじゃねえよ」

「大丈夫だよ……将臣くん」

「いや、景時ルートのアニメシーンでもねえし」

 危険を冒すことを諫めるロミオの言葉も、ジュリエットの決意を揺るがせることはできませんでした。
 神父さまはひとつ頷くと、懐から小さな瓶を取り出しました。

「───では、これが仮死状態になれる薬です」

「常備してるんですね」

「ふふ……お芝居の役のためにこれが必要だと、聞かされていただけですよ?」

「うわ嘘くせえ」

「何なら将臣くんには永遠に眠れる薬を差し上げてもいいんですが」

「ロミオに盛るシーンじゃねえだろココは!」





「さて、と。望美さんが眠ってしまったところで、将臣くんには退場願いましょうか?」

「……お前だけは敵に回したくねえな、つくづくそう思う」

「お褒めにあずかり光栄ですよ。君の役がもともと死ぬ決まりなのが残念なくらいです」





 ジュリエットが目覚めた時、彼女を出迎えてくれたのは、愛しいロミオのなきがらでした。

「将臣くん……?」

 呼びかけても、あんなに自分を情熱的に見つめてくれた瞳は、閉じられたまま。

「将臣くん……! 将臣くん!!」

 ロミオが死んでしまったのなら、この世など甲斐も無い。
 ジュリエットに取れる方法は、たった一つでした。

「こんな運命認めない! 私が変えてみせる!!」





「望美……そこは本来、悲嘆に暮れた姫君が自害する場面ではなかったかしら?」

「私の神子にそんなことはさせないよ。私が阻む」

 かくして運命の無限の輪が回り始めるのでした。
 ロミオとジュリエットの悲劇の運命は、一体いつ、上書きされるのでしょうか……。

 

BACK


**ひとこと**
50000Hit御礼のギャグSSです。事前アンケート1位【内府でロミジュリ】。
もう取りあえず勢いだけでばっさばっさ原典内容を斬り捨てまくりました。ついでに一応他キャラも出してみました。
ロミジュリを想定した時点で逆鱗は入れるつもりだったので、そこですでにギャグになることが決定(笑)。
アンケートにお答えくださった方々、及びご訪問いただいた方々に、改めて御礼申し上げます。ありがとうございました!

現在はフリー配布は終了しております。