三すくみ

 

  ***望美の意見***

 最近の九郎さんは、ちょっと変だ。
 高館の中にじっと落ち着いている、ということがない。今まで鎌倉との戦とか、いろいろ大変なことばっかりだったから、少しは休んでほしいのに。なのにうっかり目を離すと、もういなくなってるって、それってちょっとひどくない?

『もし良かったら……その、俺と……一緒に……』

 そう言ったのは九郎さんのくせに、ここ最近、いつも私、置き去りにされてるよ?
 庭に出て、積もった雪を掬ってみる。降ったばかりの雪はさらさらだったけど、今はもう、近づく春を分かっているのか、湿り気があって固まりやすい。何の気なしに手が動いて、小さな雪だるまや雪うさぎを作ってみる。いくつもいくつも作っては並べて、目の前にはずらりと雪の固まりが生まれていった。
 それでも、前にそうしていた時より、ちっとも楽しくない。

 だって。

『何をやってる! 薄着のまま庭に出るなど、風邪をひくだろう馬鹿!!』

 だってどんなに悪戯しても、怒ってくれるひとが、いないんだもの。
 私のそばにいないんだもの。私を見ていて、くれないんだもの。

「九郎さんのばーか」

 誰も聞いていないのをいいことに、こっそりそんな悪口を呟きながら、雪だるまをぎゅっと握る。普通は頭も胴もまぁるく作るんだけど、ふと思いついて、この前に銀経由で秀衡さんからもらった飾り紐を、頭の後ろにくっつけてみた。房のついた色鮮やかなその紐をつけてみた雪だるまは、誰かさんにそっくりだ。

「……ふふっ」

 本当を言えば、九郎さんの気持ちも、分からなくはない。
 九郎さんはもうすぐ、ここを出る覚悟をしている。私もそれについて行く。
 けれど秀衡さんや泰衡さんは、それを引き留めたいのだ。ここにずっといればいい、わざわざ危険を冒して旅立つ必要はないんだ、って。その説得攻勢を嫌って、九郎さんはなるべく、高館にいる時間を減らしているんだってことも、知っている。

「だけどやっぱり、寂しいんだってば」

 掌の中の雪だるまに、そんなことを愚痴ってみる。
 たまには私を誘ってくれたっていいじゃない。戦が落ち着いた今なら、少しくらいここを案内してくれたっていいじゃない。私、九郎さんをお日様の下で、もう何日も見てないんだよ。
 なんだかそう考えると、少しずつ腹が立ってきた。

 秀衡さんや泰衡さんには、そりゃあすごく感謝してる。行くあてのない九郎さんを突き放すことだってできたのに、どんなに不利な状況になっても、最後まで味方してくれた。鎌倉へと行く、と告げた時だって、泰衡さんは銀の力まで貸してくれた。投げつけられた言葉はひどいものだったけど、結果を見れば、つまりはそういうことなのだ。
 私にだってちゃんと分かる。平泉の人たちは、九郎さんのことがとても大切なんだ。

 でもね? いくらなんでも、これってひどくない?

「───よし!」

 雪だるまを置いて、私は立ち上がった。
 九郎さんだって少しは、置いていかれる側の立場になってみればいいんだ。私がいつもいつも『お帰りなさい』って出迎えてると思ったら、大間違いなんだから。
 そうとなれば、支度しなきゃ。あと、心配させないように、誰かに行き先を言って。

「お? おーおーおー、また盛大に並べたな、お前」

「あ、将臣くんナイスタイミング。私ちょっと出かけてくるから」

 縁側に立っていた将臣くんは、マジかよこのさみぃのに、なんて言ってる。
 私は気にせず、部屋に置いてある小さな袋を取りに向かった。

「出かけるって、どこ行く気だよ?」

「柳御所」

「はあ!? 何しに行くんだ、んなトコ」

 振り向いてスマイル。うん、決まったはず。

「最近、金が来てくれないから、遊びに行くの」

 嘘じゃない、もん。袋の中は、金が来たらあげようと思っていた、譲くんお手製の焼き菓子の余りが取ってあるんだもん。

「いってきまーす」





  ***九郎の意見***

「───望美? いないのか?」

 日が落ちるぎりぎりのところで、高館へ戻る。逃げ回るのは本意ではないが、何度説得されたとて、意思を曲げるつもりは毛頭ない。俺にかまけるよりも、御館や泰衡殿には、この地のために為さねばならないことが山のようにあるはずだ。ならばその説得は、双方にとって無駄に終わることは、火を見るより明らかな話。
 それはそうと、いつもなら『お帰りなさい』と笑みを見せるあいつの姿が、何故かどこにも見当たらない。館の中が緊迫した空気でないということは、何か重大な危険が起こっている訳でもなさそうだ、と判じて一先ずは安堵する。

「九郎ですか? 戻ったんですね」

「弁慶。あいつはどうした」

 俺の後ろに立った弁慶は、微妙な笑みを浮かべた。
 ……賭けてもいい。こういう顔をした時のこいつは、十中八九、俺にとって何らかの良くない知らせを持っている。しかも奴自身は、それをとことん楽しんでいる。

「あいつ、とは誰でしょう。名前を言ってもらわないと分かりませんよ」

「───っ、の、望美に決まっているだろうっ!!」

「おやおや、決まっている、だなんて。確かに、背の君の出迎えは妻の務めですからねえ」

「…………」

 無言のまま脇差に手をかけると、弁慶はくっくっと肩を震わせた。
 目じりにうっすらと涙まで浮かべていた弁慶が、ようやく声を整えてまともな答えを寄越したのは、しばらく経ってからだった。

「望美さんなら、出かけていますよ」

「もう夕刻だぞ? 何処へ行ったか知っているか」

「ええ。柳御所に行ったそうです」

「そうか……、───!?」

「金と遊びたかったんだとか。退屈していたんでしょう、庭に力作が並んでましたよ」

「馬鹿っ! そんな呑気なことを抜かしてる場合かっ、何故止めなかった!?」

 俺が血相を変えているというのに、弁慶は至って普通どおりだった。

「何故、と言われても。別に危険のある場所でなし、遠すぎる訳でもありませんし」

「あれ以上に危険な場所があるかっ!!」

 これ以上この場で押し問答をしていても、まるで意味はない。
 踵を返した俺の背を、弁慶の相変わらず笑いを含んだ声が追いかけた。

「心配しなくとも、君のご友人が丁重に応対しているでしょうに」

 ───だから危険なんだっ!!





  ***泰衡の意見***

 邪魔だ。
 ……と正面きって言っても、神子殿は一切構わず、庭の隅で本物の犬と戯れている。気に入ったならお貸しすることもやぶさかではない、その代わり、こちらの視界に入らないところでやってくれ。

「あはは! 金、くすぐったいよぉ」

 どうやら餌で釣ったらしく、くーんくーんと鼻声がする。……主以外の手から餌を受け取るとは、この駄犬め。

「───神子殿。邪魔をしないで欲しいと、申し上げたはずだが」

 だいたい高館の連中は何をしている。神子の首に鈴と縄でもつけておかないのか。
 もうとっくに暗くなっているというのに、神子殿は一向に立ち上がる気配を見せない。あまりの非常識さにもう一匹の犬を呼んだが、この娘、犬の扱いには手馴れているようだ。あっさり『銀、私、ここのお庭に雪だるま作りたいの。南天の実、このへんから取ってきてくれないかな?』などと言いくるめて、追いやってしまった。使えない犬どもに内心舌打ちしつつ、龍神もこの娘にとっては畜生に等しいのかも知れぬ、とふと思う。

「だって九郎さん、逃げ回ってるんだもの。泰衡さんから」

 不可解だ。脈絡というものが全く無い。どうなっているのだこの娘の頭は。

「ちゃんとじっくり話し合えば、きっとお互い分かり合えるのに」

 互い、とはなんだ。奴の単純さなど、話し合う以前の時点で丸分かりだろうに。
 いや、それより。

「……それと貴女がここに来るのと、何の関係がおありだと?」

 最も理解不能な部分だけを口にすると、神子殿はこちらを振り返った。
 膝に乗っている犬の間抜け面が覗いたことは、この際無視をする。

「え? 私がここにいれば、九郎さんはきっと、迎えに来てくれますから」

「…………」

「ちゃんと向き合って、話、してください。じゃないとお互い、絶対後悔すると思うから」

「…………」

 何を思ったのか、神子殿の相好が崩れた。艶などまるでない、童女のように。

「ふふっ……泰衡さんてやっぱりなんだか、九郎さんと似てるなぁ」

 額の青筋が一本、確実に音を立てて切れたのを、自覚した。

「……念のため、伺うが。一体どこがアレに似ていると」

「なんとなく、ですー。だからお友達なんだろうな」

「…………」

 多大な誤解にも程というものがある。こんな無意味な話に裂く時間など、あるものか。
 一切無視を通すことに決めたが、それを尻目に神子殿はまた犬と戯れ始める。

 書面に没頭しているうちに、ふと気づくと、騒がしくも高い声が聞こえない。飽きて帰ったのかと顔を上げれば、濡れ縁にだらしなく伸びた桃色の衣と、その近くで丸まっている駄犬の姿が目に飛び込んでくる。

「…………」

 高館の連中は本当に、どうしてこんな非常識な娘を野放しにしておくのか。
 訪問先の濡れ縁で寝こける女がどこにいる。しかも冬はまだ過ぎておらぬというのに、短すぎる妙な衣を身につけただけで、凍死したいのかと問いたくもなる。

「……全く」

 後でぎゃあぎゃあと騒がれても面倒だ。どれほど迷惑で珍奇な客であろうと、主の側で遇するのは奥州の慣わし。
 外套を外して無造作にかけたところで、更に騒がしい声が耳に入った。

「───望美っ!」

 遅い。

「九郎か」

 どたどたと乱雑な足音を響かせてきた源氏の九男は、足元に転がるモノに絶句する。
 まあ、その反応だけは、理解できなくもないが。

「泰衡殿……望美!?」

「言いたいことは山ほどあるが、取りあえずはこの娘をさっさと引き取っていけ」

「こいつに何かしたのか、泰衡っ」

「ふざけるのも大概にしろ。執務を邪魔されたのはこちらだ」

 だが、と言いよどむ九郎は、神子殿が寝返りをうった瞬間に慌てて口を噤んだ。着ていた衣を一枚脱ぐと、かけたばかりの外套を払いのけ、小柄な娘の身体ごと抱え上げる。

「───迷惑をかけたようで、申し訳ない」

「全くだな」

 眉がむっと寄ったが、寝たままの神子殿が胸に頭をすり寄せた瞬間、瞳はゆるんだ。

「では、失礼する」

「九郎」

「なんだ?」

「その娘だけを選ぶのか」

 この地にいる以上、奴の身分は飽くまで御館の───奥州棟梁の客分。血筋と毛並みだけは良い部類に入ろう、ならば豪族どもがこぞって縁を結びたがるのは火を見るより明らかなこと。
 その娘だけを選ぼうとするなら、この男は他の全てを捨てる必要がある。

 九郎がこちらを見た。
 相も変わらず、凝視されたこちらが目を逸らしたくなるほど、気恥ずかしいまでに直視してくる眼差しだった。

「ああ」

「───そうか」

「泰衡殿?」

 いぶかしむ声には構わず、文机に戻って書面を取り上げた。
 もはや話すべきことは残っていない。

「何処へなりとも行って、野垂れ死ぬのが望みだと言うなら、好きにしろ」

「泰衡殿……かたじけない!」

 気配が完全に消えるまで、書面から一切視線を動かさなかった。
 去っていくあの無謀者にも、抱いていく至宝はある。独りにならずとも済む。

 ならば、それで、いい。

 

BACK


**ひとこと**
20000Hit御礼の九望SSです。事前アンケート1位【藤原泰衡】の友情出演つき。
ついでに2位(将臣)と3位(弁慶)と4位(金)もほんのちょっとだけですが書いてみました(笑)。
難しいよツンデレ! もっとヒドイ冷酷人のはずなのに、なにこの偽者オーラばりばりないい人っぽい泰衡は!?
アンケートにお答えくださった方々、及びご訪問いただいた方々に、改めて御礼申し上げます。ありがとうございました!

現在はフリー配布は終了しております。