2007.10.31-2008.01.29のWeb拍手御礼

遙か3の九望で【純愛10のお題】(御曹司ハピバ企画)
シリーズタイトルは「伝えたいのは数え切れない言葉でも託しきれないたった一つの気持ち。」でした。
叩いてくださった皆様、本当にありがとうございました!

お題配布サイトさま【ほんのむし】

 

ゆめとうつつと、ぬくもりと。

 不思議なこと、普通では説明できないことを体験すると、『夢を見ているのかな』と思う。
 けれどこの世界に紛れ込んで以来の望美の身に起こったことは、夢の一言では到底片付けられないほどの数と規模に及んでいた。いい夢もあれば悪い夢もあるだろう、けれど彼女が体験してきたことはすべて、現実だった。たとえそれが彼女自身の記憶にしか残らないものだったとしても。

「いーいお天気だなあ……」

 ぼーっと寝転がる望美の視界に入る空は、どこまでも澄んだ蒼さに高い。空がこんなに蒼いものだとは知らなかった───生まれ育った世界で、空を見上げる機会などなかったから。そんなものを見なくても、興味をそそる娯楽が山ほどあった。
 こちらの世界では、空を見るのも気候を読むのも季節のうつろいを考えるのも、すべてが生き延びることへ密接につながっている。戦いには勿論のこと、生きていくための実りを得るにしたところで、自然の在りように鈍感ではいられないのだ。

 そして望美が寝返りを打てば、庭先に見える鳶色の長い髪。
 紅葉の色にも混じって見えるその色の持ち主が誰なのか、考えなくてももう分かっている。

 そのひとが自分の視界の中に佇んでいる景色を取り戻したくて、望美は過去の現実を未来の悪夢へと塗り替えた。
 けれどそれと引き換えに増えていく、喪われた想い出と誰にも知られることのない痛み。

「……もう、分からないな」

 何が現実で、何が夢なのか。
 自分のエゴで未来を捻じ曲げたと思っているけれど、それは本当にあったことなのか。
 誰にも言えない、誰も知らない。それはほんとうに現実だった保障があるのか。

「───全部、夢なら、よかったのかな……」

 仲間たちと知り合ったことも。
 あのひとが本当は優しいのを知ったことも。
 この世界にいることすら、すべて。

 望美はふと、苦笑した。
 それは厭だな、と感じたそばから、自分勝手な我侭だと自覚した。

 ごろごろしているうちに、ふと視界に影が差した。疑問に思って目をやれば、先ほどは庭先にいたはずの彼が、呆れ顔でこちらに寄ってきたところだった。秋の日は昼間でも夏ほど高い位置には昇らないから、影が長くなってきているせいだった。

「お前はまた……いくら邸内と言え、そこまで気を抜くのはたるんどるぞ」

「いいじゃないですかー、お休みなんだから」

「どこがだ。休むのが悪いとは言わんが、そんな格好のままで転がるな、仮にも女人が」

 言葉と共に何かがばさりと、望美の視界を白く覆った。

「っぷ」

 もそもそとそこから抜け出してみれば、見慣れた彼愛用の白い大紋。
 慌てた望美がそれを突き返そうとしても、九郎の姿は既にもう庭向こうに消えかけていた。

「九郎さん! これ、九郎さんの!!」

「風邪でもひかれては叶わん。気に喰わないなら別の布でも被っていろ」

「…………」

 与えられた布に残るぬくもりは、かのひとの生きている証。
 望美は誰もその場にいないことを確かめてから、ぎゅっとその衣を抱き締めて、少しだけ滲んだ涙を隠した。

 ───このぬくもりを、もう二度と、夢にはしたくない。


(あたたかい、それだけのことがなんて幸せ)
【純愛10のお題】1.夢みたい

*****

いつものこと

 女心と秋の空、なーんて言うけど、男の人だって些細なことで機嫌がころころ変わるんだということを、私はこの目の前の石頭に出会ってから初めて知った。

 ついさっきまで普通に話せてたはずなのに、なんでこうも毎回にらみ合いの怒鳴りあいになってるのかな……別に喧嘩したくてしてる訳でもないのに。
 確かに私自身は一人っ子で男兄弟なんていなかったけど、将臣くんと譲くんと、こんなしょっちゅう喧嘩なんてしてなかった。だから男の子の扱いには慣れてるほうだって思ってたけど、どうやらそれは、今私の目の前でふんぞり返っている人には通用しないらしい。

「何度言えば分かるんだ、この頑固者め」

「うわー九郎さんにだけは言われたくないその台詞」

 この人───源氏の軍を預かる大将で、私の兄弟子でもある人は、責任感がやたら強い。それはまあ美点でもあると思うけど、とにかく二言目には『男だ』『女だ』とくるので、私もいい加減に、いちいち真面目に向き合うのが面倒になってきていた。そりゃ心配してくれるのはありがたいけどね、絶対にこれは九郎さんのほうが細かすぎるんだから。

「不用意な軽装で戦場に立つのがどれほど危険か、分かっていないのか!」

「だからって今更、私に朔みたいな着物を着ろって? それこそ動けなくなって危険ですよ」

 本日の議題。……もとい、論点は、私の格好がお気に召さないらしいですよこの人。
 今更も今更だ。出逢って直後に指摘されるならまだ分かるけど、しばらく一緒に戦ってきた後で言われる台詞ではないと思う。それともアレかな、ずっと気になってたけど言い出せなかったってことかな。
 わー、それはそれで超意外かも。
 男の人ってみんなムッツリなのかな。こんな赤面症の九郎さんでも?
 えー……ありえないでしょそんなの、九郎さんに限って。こんな、頭の中に頼朝と源氏と先生と仲間のことしか入ってない人が。きっと私なんて九郎さんの中では村人Aとか、そんな感じの優先順位なんだろうし。

「人の話を聞いているのかお前は」

 ぼーっと考えてたら突っ込まれた。うぐ、鋭いじゃない、九郎さんのくせに。
 もう面倒になってきてたので、私は思っていたことを正直に口にした。

「聞いてますよ。つまり九郎さんは私の足をじろじろ見てるってことなんですね」

 瞬間湯沸かし器とは、この人のためにある言葉なんじゃないかと、私は思う。

「っな、な、ななな」

「だってそうじゃないですか。誰が見てるか分からんって、それ、九郎さんが自分で見てるからそう思うんでしょ?」

 これが現代では普通なんだと、力説したところで無意味だからもうやめた。

「戦闘中に私の足なんて誰も見てませんよ、動けなくなって斬られるほうが怖いです」

 九郎さんはもはや言葉になってない声を、あーとかうーとか呻いているだけだった。
 本日の喧嘩はこれにて終了、かな? 出陣が近くなると、このネタだけで3回は言い合いに発展してるような気がする。まったくもう相変わらず、私の兄弟子は過保護な人だ。

「という訳で、もう失礼します」

 今日は私の勝ち、でいいか。


(見せてる本人のみ自覚なし)
【純愛10のお題】2.愛も変わらず

*****

本音

 悪態をついたところで、目の前で太平楽に眠りこける相手に伝わる訳もない。ましてそれが内心でのみ呟かれたものであるならば。

「……非常識にも程がある」

 しだいに返事が間遠になっていくと思っていたら、こういうことか。彼女はやたらと寝つきがよい部類の人間のようで、それ自体は悪いことではない。しかし他人のいるところでものべつまくなしにその特性を発揮するのは、妙齢の女人として慎みに欠けているのではないかと思う。
 ───ああ、こいつに慎みなど求めても、最初から無駄だったか。

 そんなことをつらつらと考える九郎をよそに、望美は至って幸せそうに寝息をたてていた。
 微かに開いた唇は紅など引いていないのに艶やかだ。広がる紫紺は極上の絹より美しい。その中に浮かび上がる卵型の顔は、男の自分から見れば面白いほどに小ぶりで、それでいて目鼻が愛らしく収まっている。伏せられた睫毛をじっくりと検分すれば、髪をもう少しだけ濃くしたような色合いであることが分かった。

 ふわりと舞い落ちた葉のひとひらが、白い頬に影を差した。

 たった今まで眠りに落ちた神子の無用心さを詰っていたことを忘れ、九郎は咄嗟に手を伸ばした。その感触に望美が起きてしまわないか、と案じたからだった。
 しかし僅かに間に合わず、その葉が彼女のこめかみに落ち着いた後で、彼の指は其れにたどり着いた。かさりと乾いた感触よりも、見た目のままに指どおりのいい長い髪の手触りのほうが、九郎の意識に飛び込んでくる。同時に触れたぬくもり。肌には産毛が生えていて、本当にまだ幼い娘なのだと今更のように思った。

 つ、と。
 枯葉から逸れて、九郎の指はそのまま望美の頬から髪へと触れ、梳いた。

「───そうやって口を閉じていれば、何処ぞの姫にも見えるものを」

 今はゆるく閉ざされて、芳しい吐息を紡ぎだす唇。
 そこから飛び出る言葉の威勢のよさを知る九郎は、くつりと喉奥で笑った。

 姫らしくしろ、とは思わない。矛盾しているようだが。
 望美自身がそう願うのならばまた別だが、彼女は彼女の心のままに在ればいいと思う。
 そのままの彼女こそが───最もうつくしいのだから。

 九郎の指がゆっくりと、望美の唇をなぞった。

「比売神の言霊は、まったく凡夫には苛烈に過ぎるな」

 今度こそ枯葉を指先で摘み、九郎は立ち上がった。
 濡れ縁にいつまでも転がしておく訳にもいかず、適当な室内に褥を用意して、そこへ放り込んでおくほうがいいだろうと考えたからだった。

 きしりと床が鳴る音が遠ざかり、やがて聴こえなくなった頃。
 望美はぽかりと目を開けた。

「…………あれでわざとじゃないだから、九郎さんってズルイ」


(狸寝入りじゃなく触れられて目が覚めました)
【純愛10のお題】3.無意識にも程がある

*****

減るものじゃない、けれど

 彼女は何だかんだと、懐いた相手に触れるのが好きらしい。それは手を握ることであったり肩に掌を乗せることであったり、その他愛ない仕草がいとけないと言えばそれはその通りで。しかしその対象が己一人に限定されているのならともかく、必ずしもそうとは言い切れないのだから、九郎は内心で大層複雑な物思いを噛み締めているしかないのだった。
 ある時堪りかねて、問いただしたことがあった。

『ほいほいと軽々しく男に触れるな! 何がしたいんだお前は』

 望美はきょとんと、その大きな瞳を瞬いていただけだった。

『え、九郎さんはこういうの、イヤでしたか? すみません……じゃあ今後は気をつけます』

 そうして彼女は気をつけるようになった───己にだけは注意深く、どうしても必要な場合以外は触れないようになった。意図としては完全に逆効果であり、それを悔やんでいるのは事実だったが、九郎本人は意地を張ってそれを認めまいと足掻いている。
 折りしも庭では神子と小さな龍神が、転がるように戯れている。

「神子、だいすき」

「私も大好きだよ、白龍」

 誰かれ構わず飛びついて甘える龍神の姿に、神子も感化されているのかもしれない。龍神に何故飛びつくのかと訊ねてみたこともあったが、神子の時に輪をかけてきょとんとした瞳で見つめられただけだった。

『ひとは、あたたかい。ふれるの、心地よい。九郎は、きらい?』

 無邪気そのもので幼子が告げる理由は、確かに間違ってはいなかった。けれどそれをそのまま己の規範とするには、どうにもこうにも問題というものがありすぎる気がする。

『……お前はそれでいいがな。誰もがお前と同じようには振る舞えない、そういうことだ』

『どうして? みな、同じだよ。私の神子はあたたかくてやさしい。みな、心地よい』

 無垢な視線が大層痛かったことまで思い出してしまう。
 九郎はふと、己の手に視線を落とした。あの時白龍に言えなかった理由の一つを、脳裏に思い巡らす。

 ───皆同じ、では足りぬのが、人の性根の浅ましさだ。

 もしこの腕の中でだけ、彼女が微笑んでくれるなら。
 想いをそのまま、伝えられる気さえするのに。


(さわるの禁止、自分以外)
【純愛10のお題】4.抱きつき魔

*****

罪のない睦言

「だいたい余計なことは考えなくてもそのまま口から垂れ流すくせに、肝心の一言が出てこないんだから」

 ぷりぷりとふくれながら布地を擦る対の姿を、朔はさして気にも留めずにはいはいと流した。それが深刻な危機につながるのならば話はまた別だが、ことこの手の話題に関しては、罪のない愛らしい争いは、他人が首を突っ込むべきものではないと思っている。第一そんなことをしていたら、こちらの身が幾つあっても足りないし、馬に蹴られて何とやらだった。
 望美に当り散らされている布地は厚みのあるしっかりとしたもので、彼女の苛立ちに耐えかねて破れる心配は薄かった。破れても繕えばいいのだが、それはそれで我に返った彼女が気にしてしまうので、朔としても破れないならそのほうが安心できる。
 頭に血が上っている状態では周囲が見えなくなり、それが下がると必要以上に慌てる。
 こんなに似たもの同士なのに不思議ね、と、朔はもはや何百回思い描いたか知れない感慨を、異国の地の川辺でまたも抱く。

「どうやったらあんな頑固に育つんだろ。別にこっちの人がみんながみんな、あんな融通のきかない性格なんかじゃないよね」

 自分で口にして、望美はその愛らしい眉を一層顰めた。小言と喧嘩の頻度が跳ね上がった状況を想像し、うんざりしたらしかった。いつの間にか手が止まっている。

「……うえ、あんな人、一人いればお釣りがくる」

「そうね」

 朔は気にせず、籠から次々に布地を取って洗い上げていく。手を動かすのと話を聞くのと頭で考えるのは別のことなので、一連の作業をよどみなくこなす朔の作業のはかどり具合は、同じ作業をしているとは到底思えないほど素晴らしい。
 持参した籠の中に乾いた布地がなくなったところで、朔は手元の布をぱんと張った。今日はこれで終わりだ、日が高いうちに終わったのだから、まだ他のことをできる時間があるだろう。この愛らしく曲がった対のつむじもそろそろ直る頃だろうし、その相手の頭もだいぶ冷えていることだろう。

「あなたがあんなに慕えるだけの殿方は、何人もいるものではないわね」

 先ほどから口ばかりでちっとも手が動かなかった少女の、口の動きすら止まった。
 やがて決まり悪げに、不機嫌さを装った声がこぼれる。

「……朔、私の話、聴いてた? 私、九郎さんに対して、怒ってるんだよ」

「ええ、聴いていたわ」

 隣から手を伸ばして、朔は望美の持っていた厚手の布地を奪い取った。彼女に任せているよりも、自分がやったほうが早そうだ。

「望美は九郎殿のそんなところも、どんなところもすべて、慕わしくてたまらないのよね」


(特技「聞き流す」Lv.5が習得可能になりました)
【純愛10のお題】5.そんなところも…

*****

言葉にならない

「手を貸してください」

 その一言に頷いたのは確かだった。彼女が何らかの助力を求めており、それが己に為せることであるのなら、九郎はそれを拒むつもりはなかった。
 しかし今現在の状況は、彼の予測していた内容からは大いに外れていた。

「……望美、その」

「貸してくれるって言いましたよね」

 間髪入れずに急所を突かれ、九郎は上げかけた声を呑み込んで押し黙った。
 その様子を確認した望美は満足げに頷き、その細い手にしっかと捕らえたものに、再度頬をすり寄せて瞳を閉じた。
 貸せと要求してきた、男の掌に。

 触れた頬がつき立ての餅より柔くてしっとりしているだとか。
 どことなく甘い薫りが漂うが、香ではなく彼女自身のもののようだとか。
 指が細いだとか、色が白いだとか、動物の仔に触れているようにいとけなくぬくいだとか。
 とにかくこういう感触には普段からまるで縁の無い日々を送っている九郎としては、居心地が悪いことこの上ない。決してそれらの感触が不快だという訳ではないのだが、何時誰かに目撃されるかと思うと、その心地良さに耽溺することもできなかった。

 不意に、九郎を困惑させてばかりの神子が、ぽつんと口を開いた。

「あったかいです」

「…………」

「九郎さんの匂いがする」

「…………」

「ごつごつしてて傷だらけで、でも大きくって優しくて、安心できる」

「…………」

 感じている内容の差はあれ、自分以外の感触を味わっているのは望美も同じらしい。
 それに気づいてみれば、九郎は不意に、焦っている己が馬鹿らしくなった。
 何のことはない、これはきっと、懐けた動物の飼い主に対する仕草と同じだ。よく慣れた駒が御する者の肩口に鼻先を押しつけてきたり、あの小さな犬が足元をぐるぐると回っては顔を擦りつけてきていたのと同じことだ。
 相手に、触れていたいのだ。そのぬくもりで、言葉でなくとも心が通じるから。

 九郎はゆっくりと、望美に拘束されていないほうの掌を、彼女の頭に向けて延ばした。
 触れた髪はするりするりと滑らかに指先をすべり、撫ぜれば神子はくすぐったげな笑みを浮かべて小首を傾げた。

「ではお前の頭も、少し貸してくれるか」

「……しょうがないですね、ちょっとだけなら許してあげます」


(複製不可能限定レンタル)
【純愛10のお題】6.そこに国境はないんだよ

*****

あなたがくれるもの

 気の利いたものを与えられる訳ではない。

 同じ四神の加護を預かる男のように、無邪気に寛いだ笑みを引き出せる訳ではない。
 情熱的な赤毛の少年のように、甘い睦言と貢物をさらりと差し出せる訳ではない。
 旧知の法師のように、彼女を傷つけず上手く目を逸らさせながら護れる訳ではない。
 影に日向に従う彼女の幼馴染みのように、常に傍にいてやれる訳ではない。
 信を置く戦友のように、場を盛り上げ咄嗟に機転のきく訳ではない。
 寡黙ながらも芯の強い公達のように、雅ごとに通じている訳ではない。
 敬愛する師のように、彼女を存分に教え導ける訳ではない。
 一途に慕う神のように、想いをそのまま素直に伝えられる訳ではない。

 己はあの神子に、気の利いたものを与えられる訳ではない。
 それは九郎自身が厭というほど自覚している。大体において彼女と過ごす時間は、その半分以上が言い争いになり、後味の悪い形に終わる。互いに不愉快な思いをして、立腹をかかえてその場を後にする。
 そして頭が冷えれば、何を阿呆らしいことで、と自分自身を情けなく思うのだが、しこりの残る感情はそれを詫びる前に別の口論を引き起こす。

 それでも彼女は懲りずに、こうしてこちらの目の前で笑う瞬間をも、与えてくれる。
 その理由が何故なのか、九郎には分からなかった。

「朔と市に行ってきたの。これ、九郎さんにもお土産です」

 差し出すものが団子なのが望美らしいと言えばその通りで、つい口元をほころばせる。
 そんな九郎の笑みを見て、望美の微笑みも一層かがやいたものになる。

「九郎さんは甘いもの、好きなんですか?」

「お前ほどではないがな」

「じゃあ一緒に食べませんか」

「お前は市で食ってきたんじゃないのか」

「ううん。九郎さんと一緒に食べたかったから、私のもお土産にしたんです」

 甘い、と思う。
 それは手渡された土産から立ち上る香りなのか、彼女の声なのか、それとも言葉の端々に滲むやわらかな慕いか。

「───俺と?」

「はい。九郎さんと」

「……そうか」

 気の利いたものを与えられる訳ではない。
 それでも、何も与えられない訳では、ない。

「───感謝する」

 心から溢れてこぼれ落ちそうな想いは、言葉にすれば結局はありふれていたけれど。
 日常の中で穏やかに紡がれるそれは、不器用で意地っ張りなこの二人には、大層貴重なかけがえのないものだった。


(確実に市で既に買い食いしたのを黙ってる神子)
【純愛10のお題】7.あいのうた

*****

誰も知らない

 時空のあちらとこちらで生まれ育った、あなたと私。
 出逢えただけで、なんてすごい奇跡。

「九郎さん」

「なんだ」

 呼べば振り向いてくれる。声を、くれる。
 それがどんなに幸せなことなのかは、私だけが知っている。
 私の白い神様が、炎の中で私を助けるためにくれた力は、私にあなたを何度も喪わせては取り戻させる。

「なんでもないです」

 しかめっ面さえいとおしいなんて、そんな気持ち、この世界じゃなければ知らなかった。
 何度も何度も繰り返すのは、いまを生きているあなたを確かめたいから。
 どんなあなたでもいい。怒っていても哀しんでいても喧嘩しててもいい。笑顔でいてくれるならばもっといい。だからお願い、あなたの姿を見ていさせて。

 九郎さんは、鋭いけど、鈍い人だ。
 仲間を気遣うのは人一倍のくせに、それを適切に表現する方法を知らない人だ。
 私が無理をしていると真っ先に見抜いて説教するくせに、自分のことは倒れる寸前まで放ったらかしにしておくような人だ。意地を張っている時もあるし、ただ単に他のことに気を取られすぎてて、自分のことまで頭が回ってない時もある。そうしてやっとお布団に押し込まれた後だって、『この程度で不甲斐無い』が口癖な人なのよ。

 私、思ったの。
 口の減らないめげない女じゃなきゃ、九郎さんの傍になんかいられたもんじゃない。でもこの時代の普通の女の人って、三歩下がって男性の後をひたすら慎ましくついて歩くような感じなんでしょ?
 だったら、私以外の誰が、引っぱたいてでも九郎さんの無茶を止められるっていうの。

 だから私ね、決めたの。
 私があなたの前を歩いて、運命を切り拓いていこうって。

「覚悟しててくださいね」

「…………? なにをだ。お前、さっきからおかしいぞ」

 九郎さんは何も分かってないから無理もないけど、そんなふうに困惑していた。
 それを見た私は、やっぱり嬉しくなった。

 ───あなたの表情が変わるそのさまを、見ていられることさえ奇跡なの。


(だからもっともっとちょうだい)
【純愛10のお題】8.奇跡としか

*****

なやみごと

 喩えるならそれは、掌の中に包んだ雛鳥のような。
 無邪気にこちらを慕い、ねだり囀る。いとおしい、いとけない、ふわふわと甘やかな存在。

 仲間なのだから大事にしたい、と思う。
 けれど何時からだったか、その意識がどこか欺瞞めいたものと感じるようになった。何に対して引っかかりを覚えているのか分からず、それでも何かを誤魔化しているような、そんな気がしてならない。
 九郎は単純明快を好む男だった。従って、このような訳の分からぬ煩悶を長々と抱え込んでいるのは、あまり歓迎したい気分ではなかった。

「薪、拾ってきました」

 がさがさと草むらをかき分けて、少女が焚き火の前にいた九郎のもとに歩いてくる。

「ああ、ご苦労だったな」

「みんなはまだですか?」

「そのようだ。先生がご一緒しておられるから、案ずることはないだろう」

「そう言えば、九郎さんは先生と行かなかったんですね。珍しい」

「……少し、考えたいことがあってな」

 ふうん、と興味を持ったのかそうでないのか判然としない相槌を打ちながら、神子は薪を括った蔓を解いて、細枝をいくつか焚き火の中に放り込む。その手には掻き傷があったし、剥き出しの足にも草によるのだろう切り傷の跡があった。
 それを見つけるたび、九郎の煩悶は風に煽られるように胸中に広がる。

「野営も久々だなー。火の番、私はしなくていいんですか?」

「お前に任せられるか。平家武者だけじゃない、獣や夜盗に遭遇することもあるんだぞ」

 そんな危険な真似を、この少女にさせる訳にはいかない。
 唯一の秘技───怨霊の封印を担う、清浄なる神子。
 本音を言えば練り絹にくるんでどこかへ隠しておきたいほど、この無垢な心身に要らぬ傷をつけたくない。

 けれど九郎の選ぶ言葉はどうにも、彼の真意から今みっつほどずれたものになる。

「……どうせ私は寝ぼすけの上に不注意ですよっ」

 そうして、何より大切に護りたいと願う少女の頬を、今日もまたふくらませて。
 不器用な御曹司は内心でうろたえながら、どうにかこうにか機嫌を取ろうとするのだった。


(野営の不寝番を女にさせる訳がないフェミニスト集団)
【純愛10のお題】9.大事に大事に

*****

理由は必要ないのです

 九郎さんのどこが好きなのかって?

 第一印象は最悪だったな〜。だっていきなり怒鳴りつけてくるし、それはまあ戦場でのことだったから、今では当然だって分かるけど、でも朔のことまで怒ったんだよ。口を開けばすぐに男だ女だって言うくせに、みんながみんな、九郎さんと同じくらい体力がある訳ないのに。そういうところ、分かってない人だよね。悪気はないんだろうけど。
 それでお次は花断ち習得命令でしょ、もうなんつー無茶を言う人だと思ったよ。まあ、それで本当に習得しちゃった私も私だけどさ……先生、あの時はありがとうございます。
 そう、その先生もいただけない。いや先生が悪いんじゃなくって、先生に対する九郎さんの態度が豹変しすぎる。なんかもう、九郎さんの中の優先順位って、頼朝と先生とどっちが高いか分からないくらい、とにかく口を開けばどっちかの名前が高確率で出てくる。なんで私、いい年したおじさん(このくくりにまとめちゃってごめんなさい先生)にやきもち妬かなきゃいけないのよ。

 ……ええっと、どこが好きなのか、だったよね。

 んー。
 えっと。
 ……あれ。
 待て待て待て、ちょっと待て、私。

 どこって言えないんだけど……とにかくそれが九郎さんだから、としか。

 いや、分かってるよ!? 今自分でどれだけ寒いこと言ったのか!
 でもでもでも、そうとしか言えないんだもん!!

*-----*

 望美について……? ───は!? す、好きって、いきなり何を!!
 あ、あいつはただの仲間だ! 好きとかそういう訳では……!!
 …………い、いや、その、嫌いでも、ないが。

 大体にして女らしさの片鱗もない態度なのは、どうにかならんものかと思う。
 だからついこちらも男並みに扱いかけて───ふとした瞬間に我に返ると、ばつの悪い思いをする羽目になる。そういうところは、俺が未熟な所為でもあるだろうが、あいつ自身にだとて責任の一端はある。
 あんな頑固な女など初めて見た。意思の強さと言い換えれば、政子さまや朔殿も当てはまる部分はあると思うが、あいつはもうその域を通り越している。口論の回数は数えることすら馬鹿馬鹿しくなるほどだ。俺が軍をまとめる立場にあることを、あいつはどうも理解していないのではないか、と感じる瞬間もある。
 あれほど威勢よく喚き散らして拳を振り上げることさえあるくせに、その力があんなにか細いものだなどと、誰が思うものか。掴んだ手首は折れそうで、触れた肌理も細かくて。傷をいくつもこしらえた掌は、それでも白くてやわくて、ああこいつはやはり女なのだと───

 忘れろ。寝言だ。妄言だ。
 頼むから今のは聴かなかったことにしてくれ。

 な、仲間としてだからな。くれぐれも誤解するなよ。
 あいつは努力を惜しまない。己の限界を高めるための練磨を厭わない。
 その資質さえ失わなければ、他のことなどどうでもいい。
 あいつは、あいつの心のままに、あいつらしく在ればいい。それだけで、いい。

 だからこそ、俺が護るべき神子なのだから。

 ───どうも俺らしくないことばかり言っている気がするな。
 変なことを訊くからだ。もういいだろう、俺はこれでも忙しいんだ。何しろ目を離すとすぐに無茶をやらかす、手のかかる妹弟子がいるからな。


(インタビュアー小白龍?)
【純愛10のお題】10.でも好き、だから好き

 

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