遙か3の九望であれこれ+α
シリーズタイトルは「くろうとのぞみと、×××。」でした。
叩いてくださった皆様、本当にありがとうございました!
| Case.1 くろうとのぞみと、まさおみくん。 「よ、久しぶり」 そんな言葉と共にふらりと一行に混じる将臣を、望美はいつも「相変わらずなんだから、もう」と笑って迎える。それは八葉と神子という後づけの関係などではなく、生まれた時からの幼馴染みとしての彼らの在りかたなのだ───と、さして人情の機微に通じていない九郎でも分かる。 親しい者がいるのは、いないよりもずっと、喜ばしいことだ。現に、将臣と望美の間に流れている親密で気安い雰囲気は、その場を和ませ空気をやわらげて、見ているこちらも微笑ましく思う。 そのはず、なのだが。 「…………」 どうにも最近、以前のように心穏やかに彼らを見ていられなくなってきている己の胸のうちを、九郎は持て余している。 馬鹿げている、と自分でも思う。理由など見当もつかない。 それでも───意識にかかるもやの存在に、気づかない振りをすることは、できなかった。 折しも目の前ではまたしても、望美が勢いよく将臣に飛びついている。 「ちょ、おい! いきなり何しやがる!」 「やっだもー、将臣くんならこれくらい軽いでしょ?」 「だからってなあ、いきなり背後からラリアットはやめろよ」 「避けてるんだから大丈夫でしょ、将臣くんは」 「……お前、俺の弟にもこんな仕打ちしてんのか」 「あ、大丈夫大丈夫。譲くんにはちゃんと手加減してスキンシップしてるから」 「随分と攻撃的なスキンシップだな、おい」 聞く耳持たない状態の幼馴染みに嘆息し、やれやれと頭を掻いた将臣が顔を上げた瞬間、彼らの様子を眺めていた九郎と視線がかち合った。 咄嗟に逸らそうと思ってしまったのは何故か。 その理由が、分からない。 「お、助かった。コイツ体力が有り余ってるみてえだから、剣の相手でもしてやってくんね?」 どう返事をしようか考えるよりも先に、ひょこんと頭を出した望美が脇から口を挟む。 「やだよ、九郎さんは素手だと構ってくれないもん。剣の手合わせなら今朝、もうやったから」 それもまた事実なので、九郎としては返すべき言葉が余計に見つからない。 ただ、ぼんやりと、思う。 ───将臣がいつか死なないといいのだが。 その途端に、意識の妙なもやが晴れていくような心持ちを、九郎は覚えた。 そうか、将臣と望美が共にいる姿を見るたびに湧き上がるこの物思いは、心配だったのか。乱暴な神子の所業に堪えかねた相方の不幸を案ずるのであれば、何もおかしくはない。 すっきりした表情で、九郎はひとつ頷いた。 「ほどほどにしておけよ」 「……はぁーい」 足取りも軽く立ち去っていった九郎は、残された二人の会話の中身など、当然知らない。 「押してダメ、引いてもダメだな、ありゃあ」 「…………うぅ」 (やきもち、おひとついかが?) ***** Case.2 くろうとのぞみと、やすひらさん。 「白龍の神子殿がお前の許婚という噂は真実か」 鎌倉を迎え撃つ算段をつけに、柳御所に詰めっぱなしのとある一日。 突如、それまでの話とまったく関係のない問いを発した泰衡に、九郎は飲んでいた茶を盛大に吹いた。だけでなく、器を取り落とした。冬が近づく奥州の空気はぬくもりを失いつつあり、出されてからしばらく経っていた茶はすでにぬるく冷めていたが、それでも失態を犯してしまった無様さに、九郎は余計に慌てた。 それだけの動揺を誘った側は、眉ひとつ動かさずにそれを見ていた。 「───なんだ、いきなり!」 「事実かどうかを訊いているだけだ」 「戦と関係ないだろう! それに……あれは、方便だ!!」 真っ赤な顔でわなわなと震えつつ叫ぶ九郎を尻目に、泰衡は再び書簡に目を落とす。 そうして、さらりと言を継いだ。 「ならば誰ぞに縁づかせても構わんな」 頭に昇っていた血が、今度はすっと引いた。 「……な、に?」 「奥州に龍神の加護ありと喧伝するには、あの娘は役立つ。適当な家に入れれば良し、貰い手がないなら一先ずは俺の妾にしておく手もある」 あっさりと言い切る旧知の男が、冷徹な部分を持つ男であることは知っていた。自ら敵を作るような物言いをすることも、けれどその結果はいつも、決して自分に対して分の悪いものにはならなかったことも。 けれどその時ばかりは、腹の底から湧き上がる怒りが、理性を喰い破ろうとするのを、留めようという気にもならなかった。 「───泰衡っ!!」 激した九郎を完全に黙殺し、泰衡は淡々と執務をこなしていく。 「方便と言ったのはお前だろう」 「…………っ」 許婚という関係が絵空事であるのは、事実だった。誰に決められた訳でも許しを得た訳でもない、召し抱えられそうになった望美を庇うため、咄嗟に口から出ただけの、その場限りの方便。 けれど。 『九郎さんが行くなら、私も一緒に鎌倉に行くよ』 そう言って笑った、花より美しいと思った、何よりも護りたいと願った、ただ一人の少女。 彼女を。 想っているこのこころは、紛れも無い真実。 「……方便なのは、事実だ」 昂った感情を落ち着かせようと努めながら、九郎は言葉を紡いだ。 「…………」 「だが、あいつの心を無視したままに駒扱いするのだけは、止せ」 「───では神子殿が了承すれば良い、と?」 「…………」 そうだ、と答えねばならないのに。 その言葉はどうしても、喉奥より先には出ようとしなかった。 (方便の方便、そして) ***** Case.3 くろうとのぞみと、リズせんせい。 「この前先生と一緒に修行したんですよ、今度は九郎さんも一緒に行きましょう!」 そんな言葉と共に妹弟子に引っ張られてきたのは、山間に少し入った場所だった。人目につかないこの場所ならば真剣を振り回しても見咎められる危険性は少なく、なるほど実践を尊ぶ師の気に入ったのも頷ける、と九郎は思った。 「やあっ!」 「遅いっ」 「はいっ……たっ!!」 望美が大きく踏み込んだ。その日一番の剣の冴えだった。 思わず九郎が一瞬感心したところで、望美とリズヴァーンは互いの剣を打ち合わせたまま、止まった。やがて、リズヴァーンが構えを解き、剣を引く。望美もそれに習って一礼した。 「ご指導、ありがとうございました」 「うむ。よい太刀筋だったぞ、神子」 「ほんとですか!? わあー嬉しいっ、先生に褒めてもらっちゃったあ!」 師は言葉少なく、だがそれだけに、与えられる指摘は常に的確だった。 それでも、飛び上がらんばかりに笑みこぼれる望美の表情を見て、九郎が真っ先に感じたのは───訳の分からない微かな苛立ち、だった。 俺は嫉妬、しているのだろうか。 「───では九郎、来なさい」 「……は、はい」 入れ違いに師の前に経つと、脇のベンチに腰掛けた望美が呑気に声を上げた。 「九郎さんと先生の手合わせ見るの、久しぶりかも。えへへー、先生がんばってください!」 「は?」 「神子?」 「だって九郎さんがこてんぱんにされるのなんて、先生との鍛練くらいしか見れないんだもん。先生、私のかたき、取っちゃってください」 お前な、と声を荒げようとした九郎より一瞬早く、リズヴァーンの柔らかな声が響いた。 「───それが神子の望みであるならば」 「先生!?」 向き直れば、師は既に厳しい眼差しをこちらへ向けていた。 「いずれにせよ、己に足りぬ点を見極めることこそ、肝要なこと。心しなさい、九郎」 「は、はいっ!」 師の視線に、浮ついた訳の分からない感情は、瞬時に削ぎ落とされた。 だが、ほんの少しだけ、心の奥底にしこりが残る。 ───俺は先生を取られたような気になって、望美に嫉妬しているのだろうか。 (師匠一人と弟子二人、女一人と男二人) ***** Case.4 くろうとのぞみと、べんけいさん。 「たまには素直になったらどうですか」 この言葉を、一体何度口にしてきたのだろう。弁慶はもちろん、自分で数え上げる気などさらさらなかった。しかし彼と彼女が知り合う以前と以後とを比較すると、確実に、口にする頻度が跳ね上がったのは確かだった。 別に彼に対してだけではない。見かねた折は、彼女に対しても言ってやるのだ。 「理由ですか? それは勿論、望美さんのあの花のような可愛らしい笑顔が萎れているのなんて、見ている僕の心が痛むからですよ」 誰かにその理由を問われると、しれっとそう答える軍師殿。飽くまでも彼のためなんかではない、とにっこり微笑む。 まあそれもあながち虚言ではなかった。彼がいつまでも彼女との諍いで苛立っていると、直接的な被害を被るのは十中八九自分である。軍議をしていても書簡を読んでいても報告を上げていても、どこか上の空な印象で身が入っていないのが丸分かりなのだ。そんな彼の耳を引っつかんで再度説明するのも、一度二度ではなくなるとなれば阿呆らしくてやっていられない。 対して彼女が自分に直接的な被害を及ぼすことは、あまりなかった。その代わりに、軍奉行の妹姫が甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いているので、あちらがもろに巻き込まれているのだろう。 「ですから、ねえ。もういい加減に、一服盛ってしまいたいくらいなんですが」 誰に、ですか? もちろん九郎に決まっているでしょう、いやだなあ、僕が望美さんにそんな無体を働く訳がないじゃないですか。 空恐ろしいことをさらりと言って、軍師殿は口元に指を当てて考え込む。 「……そうですねえ。盛るとしたら何がいいでしょうかねえ」 僕の手元にある薬草は種類がとても豊富なんですよ。外傷内患に効能のある薬草はもちろんのこと、宋や天竺から渡ってきたという貴重な薬草も、少量ではありますが、伝手はあります。その中には、心を穏やかに整えて寝つきを助けるものや、それとは逆の、意識を高揚させて体を温めるようなものもあるんです。 ……ええ、使ったことはありませんよ? とても貴重なものですしね。 ですから、使ってみたらどうなるのか、一度確かめてみたいんです。 聞き手がこっそりと逃走した後も、軍師殿は菩薩の如き笑みを浮かべながら、薬草の選り分けを続けていた。 「───ふふ。薬だと言って与えれば、水でも治るひともいるんですよ」 先輩大事の眼鏡少年がもしその言葉を聞けば、こう言ったに違いない。 「詐欺まがいのプラシーボ効果じゃないですか、それは!!」 (素直になれる魔法のお薬、あるって言ったらどうする?) ***** Case.5 くろうとのぞみと、りゅうじんさま。 「神子は時折、想いとは異なる言の葉を口にするのだね」 今ではもう、望美よりも随分と背が伸びてしまった神は、それでも幼い頃と些かも変わらぬ率直さでもって、そう言った。 「え、そうかな?」 小首をかしげた神子に、白龍も首をかしげて見せる。 二人の長くて真っ直ぐな髪が、傾げた動きに従ってさらさらと音を立て、神子とおそろいだ、と無邪気な神はにっこり笑った。 「うん。常に、ではないけれど」 「そうかなあ……別に、嘘をついてるつもりはないんだけど」 「偽っているのではないよ。私の神子は、偽りなど言わない」 「そ、そう? ……白龍はすぐ、私のこと買いかぶるからなあ」 「そんなことはない。だってあなたは、私が選んだ、ただ一人の神子」 「神子だからって、別に素晴らしい性格の人だって訳じゃ」 てらいなく褒めちぎられるのは、どうにも面映くて仕方ない。 思わず両手で押し留めるようなポーズを取りながら、望美は苦笑して白龍から少しずつ後ずさる。 「そいつが人格者だと? なんの寝言を言ってるんだ、白龍」 折悪しくそこに通りかかったのが、ただ今望美と喧嘩真っ最中の、源氏軍総大将だった。 自分でも似通ったことを考えてはいたのだが、最悪の相手から最悪のタイミングで最悪なことを言われ、望美の眉がぴくりと引きつった。一度深呼吸すると、にっこりと───飽くまでも口元だけで瞳は全然笑っていない───見事な笑顔を貼りつけて、失礼極まりない発言者のほうに振り向く。 「……そうですよね、別に九郎さんが戦をする上で偉いお役目をもらってるからって、立派な人格者なんかじゃあないですもんね!」 「───なんだと?」 「なにか、ご不満でも? 自分で言ったことじゃないですか」 そのまま言い合いに発展するかと思われた瞬間。 望美の背後からきゅうっと回されて抱き締める腕に、望美も、それを目にした九郎も、怒鳴りあおうと吸い込んでいた息を止めた。 「ほら。神子は今、想いとは異なる言の葉を紡ごうとしているよ」 「は、白龍!?」 「神子はほんとうは、九郎のことをとても……想っているのに」 「は───白龍っ!!」 「私はあなたの龍、あなたの心は分かるよ、如何なる時空でも」 ぽかんと立ち尽くす九郎にも、その深い金の眼差しは向けられる。 「九郎も、神子にだけは、想いとは異なることを言っているね」 「な……」 「───とても、いとしいと、想っているのに」 どうして、そのままに伝えないの? 無邪気なままの神は、心底不思議そうに、問いかけた。 見事に茹で上がった顔色の二人を、交互に見遣りながら。 (素直すぎる言葉は時に、逃げ場を塞いで) ***** Case.Another くろうとのぞみの、ふたりぼっち。 俯いていても、前髪のあたりに視線を感じる。そうと意識するだけで、頬に熱が溜まる。 両手を当てて赤みを隠そうとするが、手首を捕らえられて、そっと引き寄せられる。顔を見られなくても済むようになったのはありがたいが、今度は密着度が上がったせいで、心臓の働きに過負荷がかかる。ぎゅう、と、潰されそうなほどに込められた力が、苦しくも心地よい。 頬を寄せる形になった胸元は、何度感じても、とても広い。耳をつけると、いつも優しい響きを伝えてくれるはずの心音は、リズムがずっと速い。 同じなんだな、と思うと、泣きたいほどに幸せで。 しあわせです、と伝えようと顔を上げた途端、そのための言葉を紡ぐはずの少女の唇は、降りてきた男の其れに塞がれてしまった。 抱き締めた、ことは何度かあった。包むように優しく、壊さないように。 けれど今はそんな気遣いをしてやれる余裕もなく、ただただ、想う強さのままに力を込めることを止められない。苦しいだろうとは思うのだが、加える力に従って押しつけられるその身のやわらかさに、心は掻き乱されるばかりで。 重ねた唇は、蜜よりも甘く、零れる吐息すら勿体無いと思う。少女のものは何であったとしても、ひとつ残らず欲しい。 言葉を捜しても、回らない頭はただ、腕の中のぬくもりを感じるだけ。 そっと重みをかけて組み敷いても、微笑みを絶やさない少女から向けられる想いは、男の中の渇きに惜しみなく降り注いだ。 ───すき。 (今この瞬間だけは、すべてを忘れて) |