遙か3八葉・銀・知盛で【咎人たちへ】
シリーズタイトルは「つきに、ふれる」でした。テーマは悲恋系スチルのイベントシーン。
叩いてくださった皆様、本当にありがとうございました!
| 1.闇に捕まり光遠ざかり 平 敦盛 「ぐ、ぅああぁっ!!」 その瞬間、絶望と共に私は理解した。 もはや神子に仇なす存在にしか成り得ない、自分の在りようを。 「敦盛さん!」 「神、子……だめだっ、私に近づいては……っ」 乾く。かわく。カワク。 血を贄を求め続ける怨霊の本性が、私の身のうちに荒れ狂う。 神子。あなたは私の全て。私という歪んだ存在が分不相応にも願った、護りたいと思う存在の全て、この世で最も清らかな全て。 だから。 「神子……私が正気を失ったら、迷わず、浄化を……!」 「嫌だよっ!! そんなこと、できる訳ないっ!!」 「み、こ───」 ああ、もう。 神子。みこ。ミコ。 「敦盛さん!? 敦盛さんっ!!」 ミコ。ミコ。ホシイ。チガ、ホシイ。 ミコノチガ、ホシイ! 「ぐっ……あ、敦盛……さん……っ」 ミコ。ミコ。ミコ。 「───嫌だ、もう敦盛さんを、傷つけたくないよっ!!」 ミコ。ミコ。ミコ。 「あつもり……さ、ん……」 ───ちりん。 ……? ミコ。 ワタシハ。ワタシハ。 わたしは。 私は。 「敦盛さん……!!」 「神子……。私は……、私はっ……」 あなたを傷つけたくは、ないのだ。 遙かなる時空の中で3『獣』 ***** 2.見られてはならない ヒノエ 「まるで世界中に、オレとお前の二人だけみたいだね」 務めていつも通りに、甘い言葉を唇に乗せても、望美は騙されちゃくれなかった。 そうだね。お前はそんな誤魔化しが通じるような、安い女じゃない。 どうしてだろう、お前がそんな鋭さを持っていることなんて、オレにはとっくの昔に分かっていたはずなのに。それでも今は、騙されてほしかったんだ……本音を言うと。 手慰みに梳いていた長い髪は、しっとりと艶を含んで濡れていた。 「……うん、静かだね……」 それでも誤魔化されたふりをしてくれる、そんなお前の優しさが好きだよ、望美。 好きだよ。 何度だって、喉が潰れるまで叫ぶよ、それでお前を掴めるのなら。 捨てられない、捨てたくない。そう願う相手がいくつもできちゃ、いくらオレだって堪らないけど、それでもお前を求める心は本物だから。 ───だから、諦めたくないけど、諦めなきゃいけない。 天女の羽衣を隠してしまえば、帰るすべを失い地上に留まるだろう。けれどそれと引き換えに、天衣無縫なその微笑みは喪われる。天を仰いでは泣き濡れる、哀れなただの女になる。 お前には、そうなって欲しくはないんだよ、望美。 好きだよ。 好きだよ。 熊野と同じほどに、お前を想うよ。 「ヒノエくん……?」 「ああ、そろそろ止むのかな。名残惜しいけれど、次の逢瀬まで堪えて欲しいな、姫君」 悪いね、今はちょっと、こんな顔を見られたくないんだ。 お前が見るオレの姿は、いつだって不敵で大胆な熊野の棟梁であってほしい。 それ以外のオレを曝け出すのは、まだ早いだろ? ───だから今は、すべてをこの雨の所為にさせて。 遙かなる時空の中で3十六夜記『雨に包まれて』 ***** 3.後悔ばかりが先立ち リズヴァーン 「神子……っ!!」 私の目の前で、矢を受けて倒れる、華奢な姿。 私は幾度、運命を選び損なったのだろう。 何故、神子の命を救えぬのだろう。何故、神子は私の前から消えてしまうのだろう。何故、運命は私に幾度も、神子の死ぬさまを見せつけるのだろう。 どれほど足掻いたところで、変えることの出来ぬ運命がある。 「それが……お前を喪うことだと言うのか……!?」 私の声がまだ耳に入るのだろう、抱き起こした神子がゆっくりと瞳を開けた。 ああ、その顔すらも血の気が失せてゆく。触れているお前が冷えてゆく、流れ出しては私の掌からすり抜けてゆく、神子の命のぬくもり。 「……せん、せ……」 「喋るな、神子!」 神子。神子。どうしたらお前を救えるのか。 変えることの出来ぬ運命なのだと───潰えてゆく神子の生を前に思い切ることが適うならば、私は最初から、逆鱗の力に縋ることなどしなかった。 神子、お前を救う。そのためだけに私は生きているのに。 「なか、ないで───」 「神子、頼む。喋らないでくれ」 どの運命でもお前はそうだ。 悔恨に沈む私を慰撫し、浮かべられた微笑みが静かに消えるその瞬間まで、お前はいつも私を許そうとする。 そして許された私は知るのだ、お前を救えなかった己の愚かさを。 「───……」 「神子……?」 神よ。龍神よ。 己の愛し子にこれほどむごい仕打ちを、何故望むのか。 すぐに別の運命を探さねばならないのに、私はいつも、しばしそれを思いつかぬほどに悔いるのだ。 抱き締めた神子のむくろが、まだこんなにも、あたたかいから。 遙かなる時空の中で3『運命の帰結』 ***** 4.どれだけ犠牲を払っても 有川 譲 「譲くんっ!? なんでこんなっ……イヤだよこんなのっ!!」 あなたを守って死ぬのなら、俺がこの世界に来て僅かでもあなたの役に立てたということなのだと、そう思っていた。 けど、俺はやっぱり弱い。 あなたはきっと泣くんだろう。今だって泣き叫んでいるんだろう。それを想うだけで、俺はどうしようもなく心が痛むんだ。 あなたを守れたこと、それ自体を悔やむことは、決してないけれど。 あなたを泣かせてしまうことが、どうしてもつらいから。 「血が……血が止まらない! 誰かっ、譲くんを助けてっ!!」 ああ、先輩。あなたがそんなに慌てる必要はないんです。 繰り返し、繰り返し。俺はずっと前から、こうなることを知っていた。俺が死ぬことも、あなたが泣くことも、細部までくまなく覚えこんでしまうほどに、夢を見てきた。 それはとても恐ろしく、そして誇らしい夢だった。 「せん……ぱい、」 「譲くん喋らないでっ! 大丈夫だよ、こんな傷、すぐ治るから……っ」 夢が現実になっただけなんです。だからどうか泣かないで。 あなたを守ることができた、それだけで俺はいいんです。たとえ何度この瞬間が繰り返されても、やり直し選び直すことができるのだとしても、俺はやっぱり何度でも、あなたを守ることを選びます。 あなたが生き延びられるなら、俺が死んでも、それでいいんです。 ───ああ、この先あなたを守れなくなること、それだけが心残りだけれど。 「ぶじで───よかった……」 「良くないよっ!! 譲くん、譲くんしっかりして!!」 先輩。 先輩。 せんぱい。 せ ん ぱ い ───…… 遙かなる時空の中で3『あなたの腕の中なら…』 ***** 5.戻れはしないのだから 平 知盛 「生きてよっ! 死ぬなんて言わないで、生きてよ、知盛……!!」 生きろ、か。 そんな無意味なことを、己が手で討った敵に対して涙混じりに言うのか、源氏の神子殿は。 お前は知っているか、神子。 俺はいつだって飽いていた。生くること、その全てに。 「無理───だな」 もう、いい。もう、十分だ。 血潮も死に様も厭と言うほどに見てきた───敵も味方も。 「俺は生きた」 なあ、そろそろ俺の番とさせてくれよ。 見送る側など面白くもない。これほど割りに合わない立場もない。 だったらお前が送ってくれよ、そのしたたかな剣で、俺を冥府の底へ。 「お前が生かした……十分に、な」 「知盛っ……」 血まみれの指で、神子の頬を汚すなど不敬か? そうだとするならば本望だ。万が一俺に浄土へ逝けなどと定められても、退屈すぎて反吐が出る。業火燃え盛る地獄こそ、俺の望む道行。 こうなることは熊野の折から決まっていた。最初から俺とお前の道は分かたれていた。ひとときの欺瞞はもう終わりだ、幾度繰り言を操ったとて戻りはしない。 お前の勝ちだ、源氏の神子。 ───だからこそ、お前のぬくもりは俺の指すらあたためる。 「じゃあ、な」 宴の仇花。平家は潰える。 いや、歪みきったこの一族を焼き尽くす、浄化の舞姫。その苛烈な美しさに黄泉路へと送られるのなら、それ以上の慈悲などないだろうさ。 「知盛っ!」 ああ。 なんて、いい天気だ。 晴れた空。 舞う海鳥。 平家の終焉。 お前の涙。 ───見る価値のあるものは、全て、見た。 遙かなる時空の中で3十六夜記『じゃあ、な』 ***** 6.それでもなお罪を重ね 源 九郎義経 「お前がその書状を渡してくれれば───きっと、兄上の誤解も解ける」 戦なき世を作るためとは言え、殺戮を重ねてきたこの身に染みついた罪業は、耳にこびりついた声無き怨嗟は、消えない。 けれど、どれほどの敵を斬り捨てて血まみれになった時よりも、きっと。 きっと今ほど、俺の罪深さに果てのない時は、あるまい。 「うん……そうだよね、私に任せて……」 偽りをそうと知っていてなおも口にする。 「早く誤解が解ければいいと思うのに……なぜ、俺は───」 突き放すべき神聖なる神子を己の欲に負けて引き留める。 「お前と別れがたく……思ってしまうんだろうか?」 手を伸ばし、触れる。血塗られた手で触れて、清らかな神子を穢す。 「この手を離したくないと、願ってしまうんだ……」 「……私も、離したくないよ───」 そしてお前の慈悲の言葉に、歓喜を覚えてしまう、厭になるほど愚かな己の心。 分かっているんだ。 お前がこんな場所まで来て、兄上に要らぬ疑いの目を向けられかねないこと。早く安心できる仲間のもとへ帰してやらねばならないこと。一刻も早くこの手を解き、突き放してでもお前を俺から遠ざけねばならないこと。 ───そうできない俺は、どれだけ罪を重ねてゆくのだろう。 俺は強くありたい。お前を護れるだけの強さを持つ俺でありたい。 なのに実際の俺はお前に縋り、お前を引き留め、お前に及ぶ危険を見て見ぬ振りしながらお前の優しいぬくもりに溺れている。 「九郎さん───」 吐息に乗せたお前の声には、涙の気配が溶け込んでいた。 そうして俺はまたひとつ、罪を背負って冥府へと歩むことになるのだろう。 この愚かしい生が潰える、その瞬間まで。 遙かなる時空の中で3十六夜記『この手を離したくない』 ***** 7.流すのは心なき泪 武蔵坊 弁慶 「僕は平家に寝返らせてもらいますね」 策を練るには、気取られるような表情も仕草も見せてはならない。たとえ生きたままこの身を裂かれようとも、眉ひとつ動かさないで立っていられなければ、軍師など到底務まらない。 袖ごと掴んだ細い腕は、ずっと、小刻みに震えていた。 ああ、その震えに感傷を覚えるようなひとらしい感情など、とうの昔に捨てたと思っていたのに。僕もまだまだ甘いということか。 ここで失敗する訳には、いかない。 「僕は早く戦を終わらせたいんです。源氏と平家のどちらが勝とうと、戦が終わるなら、それで構わない」 本懐のためなら何でもする、餓鬼道に堕ちた僕が、よりによって神聖なる神子を護る八葉だなどと、可笑しくて仕方が無い。八葉は宝玉が選ぶと聞いたけれど、だとしたら宝玉に見る目がなかったとしか言いようがない。 何でもする。この戦を終わらせるためならば。 たとえ───君の心を傷つけようとも。 「清盛殿への手土産に、彼女ほどうってつけの人はいない」 どうして。 どうして君は、そんな瞳で僕を見るのか。 憎んでください。恨んでください。僕を裏切り者だと詰ってください。 それでこそ、僕は心置きなく、我が身の全てを贖いのための贄に差し出せる。 「僕に同行していただきますよ───"神子殿"?」 「弁慶、さん……」 口に乗せるのが初めての、君の呼び名。 それは本当に君を指しているのか、とても不思議な気がした。それは君をひとりの生きた女性でなく、かつて過去にも幾人も存在した稀有な力の存在と同じにしてしまう。 ああ、きっと、それでいいのだ。 だってそうでしょう。 僕の罪深い手など届かぬほどに、君は遠く尊いひとなのだから。 ───心など、僕には要らない。 遙かなる時空の中で3『裏切り おとなしくしてもらえますか』 ***** 8.真実と虚実の狭間で 銀 「っ、あ……」 「神子様っ!」 奥州の雪は深く冷たい。その上になど、神子様がお倒れになられてはいけない。 支えようと私がお傍に寄るだけで、神子様はお辛そうな表情を浮かべられる。お気を怪しくしておられるのに、その優美な弧を描く眉宇が、曇り歪み苦しんでおられる。 私が神子様を、お苦しめ申し上げているのだろうか。 「神子様っ……?」 「───……」 ひく、と震える御身体は、あまりにも細くいとけなく。 このような麗しく尊い方が、我らのために、命をかけて戦っておられるのに。 「神子、様……」 私の声も届かない場所へ、神子様は行っておしまいになられる。 私の罪が、神子様に災いをもたらす。 そんなことは分かっていたのに、それでも貴女を請い求めるのを止められない愚かな私を、神子様はお許しくださるでしょうか。 ……ええ、存じ上げております。 貴女はお許しくださる。そんな、澄み切った光のようにお優しい方だ───十六夜の姫君。 だからこそ、私は。 「───神子様、ひとつだけ、お心に留め置きくださいますか……」 だからこそ私は、この穢れた想いを諦めることができなかった。 だからこそ私は、貴女のためなら幾度でもこの命を差し出そうと誓った。 神子様。 十六夜の君。 「私は、貴女を……愛しているのです───」 昔も、今も。蝶を愛でていた頃も、郎党の身となってからも。 永久に変わらぬ誓いを貴女に捧げましょう。お受け取りくださいますか。 私の最後にして最大の罪なる想いを、貴女に。 遙かなる時空の中で3十六夜記『凍れる魂』 ***** 9.望むのは救いかそれとも… 梶原 景時 「オレは……オレはもう、嫌なんだよ!」 跪いて縋って、ずっと溜め込んでいたものを吐き出した。 神仏なんて本当にこの世にいるんだろうか。だとしたらあんな恐ろしいバケモノみたいな存在が、オレみたいなちっぽけな人間にどうして目をつけるんだろうか。 もう嫌だ。嫌なんだ、ここに居るのがつらいんだ。 「お願いだ、オレと一緒に逃げてくれ……」 情けないと思われる? 大の男が見っともない? そんなの今更だ。彼女にはきっと、どんな偽りも欺瞞も通用しない。だからオレはありのままに、あまりにも薄っぺらで矮小な、それでも正直な願いを吐き出した。 「景時さん」 彼女がそっと、縋るオレの腕に触れた。 ああ、君は生きてる。生きてオレの全身に、あたたかいぬくもりをくれる。 そんな君を殺めろと───むごい命令をオレに受け取らせないで。 「オレのこと好きだって言ってくれただろ? だから」 「景時さん……」 ねえ、お願いだ。君がオレを少しでも気にかけているんだと、信じさせて。 この無間地獄からオレを救って。君とふたり、穏やかに笑って暮らせるような、そんな些細で大それた願いを、せめて祈らせて。 ……君が好きでいる男に相応しくあれるよう、オレを導いて。 「───私、景時さんを、信じてる」 「望美ちゃん……」 「逃げる前に、景時さんと私に出来ることがあるって、信じてる」 ああ。 君はどうしていつも、オレのすべてを暴き立ててしまうんだろう。 逃げたいんだ。すべてを投げ捨てて逃げ出したいんだ。 でもその先に、君の笑顔はない。心から自然と滲み出るような、オレが何よりいとおしいと思う、君の笑顔は見られない。 ───護りたいんだ、君の笑顔を。 遙かなる時空の中で3『逃げよう……』 ***** 10.咎人の贖罪 有川 将臣 「嫌だよっ……ここで分かれたら、次はもう……!!」 分かってる。 そんなこと、俺が一番分かってる。 「───ごめん、な……」 それしか言えない。 なんで俺たち、こんな風になっちまったんだろうな。 なんで俺はあの時、お前をもっとしっかり掴んでなかったんだろう。なんでお前から離れちまったんだろう。 なんで俺は、お前を泣かしてるんだろう。 望美。 のぞみ。 俺の、大事な……愛しい女。 「今だけ───だからな」 今だけだ。すぐに戻らなければ、還内府が戻らなければ、平家は総崩れになる。 それが分かっていても、目の前で泣き崩れる一歩手前のこいつを振り払っていくことなんて、俺には何回死んでも出来そうになかった。 お前のためじゃねえよ、望美。勘違いすんな。 俺自身が、ぶっ壊れるんじゃねえかと思うくらいに軋んで、動けないからだ。 「うん……今だけ、だよね……」 ごめんな。 何もかも捨ててお前だけを選べなくて、ごめんな。 お前のことが好きだった。物心ついた頃からずっと。それこそ自覚もないくらい自然に、俺とお前は死ぬまでずっと一緒なんだと思いこんでた。 けど、生き延びるために受けた恩を、忘れることも出来ない。あいつらがいなきゃ、俺はとっくにこの世界で野垂れ死んでた。そうじゃなくても、お前に二度と顔向けできねえような、盗賊まがいになってただろう。 望美。望美。望美。 「くるし……いよ、将臣くん」 「我慢しろ」 「うん───もっと強く、ぎゅってして……」 何も言わない。 何も言えない。 ただ腕の力に、降り積もるお前への想いを託した。 侘びの代わりにもならないと、そんなことは知っていたけれど。 遙かなる時空の中で3『夜が明けるまで…』 |