2006.05.13-2006.07.01のWeb拍手御礼

遙か3八葉・銀・知盛で抜粋任意のお題10個
シリーズタイトルは「彼と彼女のひととき10題」でした。目標はビタースイート(甘々じゃないけど愛はある)。
叩いてくださった皆様、本当にありがとうございました!

お題配布サイトさま【憂星】

 

最終的メンテナンス  有川 譲

 先輩はもともと寝起きがそんなに良くはない。

「先輩、起きてますか。朝ですよ」

「んん……ぅん、…………」

 今日はどうだろう、と思いつつ、戸口の外から声をかけてみる。でもやっぱり、返ってくるのは夢見心地の生返事だけで、どうやらこれは昔からちっとも変わっていないようだ。
 いくら何でも寝ているところに入り込むのは気が引けるけど、そうでもしなきゃ先輩は絶対に起きない。声をかけるだけで起きたことなんて、俺が物心ついてからの十年以上のつきあいの中でも、ほんの数えるほどしかない。もっと小さい頃は、子供なんて理不尽なことを言うのが当然だから、『譲くんが起こしてくれなかったから、わたし寝過ごした!』と怒られたものだ。

 それにね、先輩。俺、本当は、少しだけほっとしてるんです。

 この世界に来てからというもの、訳の分からないことだらけで。そんな中にいきなり放り込まれて、あなたは時折、俺の知らない人のように見えることがある。
 だからこんな風に、以前と変わらないあなたの一面を確認できるたび、俺はあなたを見失わないでいられると思えるんです。

「先輩、お味噌汁、冷めますよ」

「…………くぅ」

 駄目だ、これは。今日もまた、部屋に入って起こす必要があるらしい。
 いろいろと問題があるとは思うんだけど、何しろ昔からの習慣なので先輩は一切気にしていない(それはそれで俺としても複雑だが)し、俺の方でもそれを心底嫌がっている訳ではないから。

「───失礼しますよ、先輩?」

「…………」

 ああ、また盛大に枕を飛ばして。確かにもとの世界での枕とは違って、妙に高いし硬いし、寝づらいのも分かるけど。
 それでももう少し、寝相をなおした方がいいんじゃないでしょうか、先輩。
 子供の頃から全然変わっていませんよ、その大の字。

「先輩……?」

 それでもやっぱり、俺は嬉しいんです。
 あなたの世話をきっちり全部焼けるのなんて、俺くらいしかいませんから。


maintenance:維持、管理

*****

直感的リハーサル  有川 将臣

 だいたいこいつは昔から、突拍子もないことを平気で言い出すヤツだった。

「そうだ将臣くんは、こっちの流儀にも詳しいんでしょ? だったら戦場での作法を教えて」

「はあ?」

 トドみたいにだらだら寝っ転がったまま言うセリフじゃねえだろ、それ。
 態度と要求のあまりのミスマッチに、俺はしばらく返事をしなかった。それがこいつの癇に障ったらしく、もそもそ起き上がってむーっとタコみたいに膨れる。
 おぅ、そいつは俺に、アレをしろってことだよな?

「い、いひゃいいひゃい! まひゃおみふん!!」

「相変わらず、よーく伸びるツラの皮だなあオイ」

 うにーっと左右に引いてやれば、面白いくらいに伸びる。はは、すげえツラ。
 つまんだ頬は、昔と同じに柔らかな手触りなのに。触れている方の俺の手は、もうあちこち傷だらけで汚れていて、普段はすとんと忘れている三年あまりの時間差を、ほんの少しだけ重たく感じた。
 っと、そろそろやべえな。こいつ涙目になってきた。

「〜〜〜!! 将臣くんっ!!」

「はいはい悪かったって。……でもな、お前、戦場にまで出てくる気でいるのか?」

 戦場。怨霊の調伏だけをしてりゃいいような、生易しい場所じゃない。そこにお前が立つということは、そのまま命を落としてもおかしくないということなんだ。俺が言うのもおかしな話なんだが、できればお前にだけは、そんな風にはなってほしくない。

 けど、お前はいつも、俺のそんなエゴを打ち砕くんだ。

「私だって無駄死にはできないよ。だったら相手を殺してしまうことだって有り得るもの」

 だからその時に失礼なことをしないよう、教えてもらって練習するの。
 自信満々なんだか謙虚なんだか分からないセリフを言いながら、それでもお前の目を見れば、本気かどうか、真剣なのかどうかくらい、すぐ分かる。

 分かっちまう、んだよ。俺にはな。

「───しゃあねえなあ……」

「お願いします!」


rehearsal:練習、下げいこ

*****

実務的サイレント  平 敦盛

 神子の声は鈴のようだと、私は思っている。
 高く澄んだ金物の音色を奏でると思えば、ひどく柔らかな響きは、素朴な土焼きの愛らしい鳴り物。そのどちらも神子で、私はそれを聴いていると、身の内に棲まう渇きが癒されていくように感じる。

「敦盛さんてほんと、静かな人ですよねー……」

 神子は源氏方に混じった形になる平家の私を気遣ってか、私の傍らでよく時を過ごしてくれる。そんな折にも、私は何を言うべきなのか思案するのだが結局どれも相応しくないように思えて、結局、言葉ではなく笛を奏でることが多い。

「済まない。私は神子を楽しませるような話題は持たないのだ」

 だからあなたがそう望むなら、何時でもここから立ち去ってくれ。
 むしろその方が、神子のためには良いのだとも思う。神子の清浄な力は見ていて眩しいほどに溢れているが、穢れた身の私が傍にいることで、僅かなりとも神子の負担になっているのやも知れない。

 だから、神子。私に構わないでくれ。
 私はそんな資格を持ったものではないのだから。

「そうですか? 私は敦盛さんといるだけで、十分ですけど」

 穢れたモノを前にそう言い切ることのできる神子の強さは、一体どこから生み出されるものなのだろうか。

 神子の声は鈴のようだ。けれど神子の心は、笛のようだと思う。
 まだ若い竹を削り出して生まれる名笛は、しなやかさと強靭さを同時に備えているものだ。得がたい資質をすべて調和させた奇跡の果てに、妙音が生まれる。

 神子、あなたそのもののように。

「……そうか」

 私と神子の間には、あまり言葉というものは交わされない。私が話すべきことを持たないということもあるが、神子もそんな私に対して、矢継ぎ早に捲くし立てるということはない。
 沈黙があってこそ、音はうつくしく生きる。

 それはこんな風に、静寂を破って時折響く、あなたの声。

「はい、そうですよ」

 身の程知らずとは理解していても、私はその声音に言葉に酔う。
 神子と過ごしていると、おぞましい力の衝動は収まってゆくのに、別のことろが渇いていくようだと、そんなことを取りとめもなく考えた。


silent:無口な、静かな

*****

幻想的ディファレンス  ヒノエ

 満月の名を持つ麗しの姫君は、くるりとこちらを振り向いた。

「───ヒノエくん、さっきから、なんでこっち見てるの?」

「ん? そりゃあ勿論、神子姫のことをいつでも瞳に映していたいからさ」

「もう! そんなにじろじろ見られてると、落ち着かないんだってば!」

 柳眉をしかめた姿も、これまたとびきりの愛らしさ。どうやったって魅力的なんだから、さすがは神子に選ばれし稀有なる乙女ってね。

 知ってるかい? 神様ってのはね、面食いなんだよ。一番いいものをほしがるのさ。
 贄として神に捧げるのはいつだって、年の最初の収穫だし、怒りを鎮めるために差し出されるのは、一番の器量良しと相場は決まってる。
 だけどオレはそんなのは御免だね。

 指をくわえて可愛い子を見送るなんて、殊勝な性根はしていない。

「ヒノエくんはいつもそうやってからかうんだから」

「ひどいな姫君、オレはいつだって本気だぜ。お前は輝くように魅力的だよ」

 閉じた瞼の裏側に、ふわりと浮かび上がる神の乙女。
 でもそのまとう白い光は、陽の光しか知らない巫女とは違う。お前の光はやわらかに陰の刻を照らす月光、悲哀も苦難も優しく包み込む。

 オレも多少は神がかりな仕事を任されちゃいるけど、神の存在を身近に感じたことはない。
 お前のそばにはいつも、顕現した龍神が侍っていて、それをお前はごく普通のことのように受け入れて振舞っている。神に仕える者同士なのに、オレとお前はそれくらい、神との距離が違っている。
 きっと望美があまりに奔放だから、龍神の方が引き寄せられたんだな。

 ───たとえ神子じゃないとしても、お前自身が特別なんだよ、望美。

 凛とした意思。理知を宿す瞳。安穏とした場所で大事に育てられてきたんだろう、基本的にはお人好しのくせに、時折触れれば切れそうな冷徹なことを口にする。
 神子だから、なんて生ぬるい理由じゃ納得できないほど、お前は不思議で魅力的だ。

「またそういうこと言う……」

 赤くなった頬のお前、溜め息をつくお前、髪をかきあげるお前。
 ねえ、もっともっとオレに見せてよ。オレの知らないお前を、すべて。


difference:違い、相違点

*****

圧倒的ページェント  梶原 景時

 君の表情はくるくる変わる。だからオレは目を離せない。

「すごいすごい景時さん! 本物そっくり〜!」

「へへ〜、そう? 喜んでもらえて良かったなあ」

 オレに出来ることなんて数少ない。その中でも君のこんな笑顔を引き出せるようなことなんて、本当に数えるくらいしか、ない。
 だからね、オレは一度でも多く一瞬でも長く、そんな君を見ていたい。

「あ、望美ちゃん、落ちそうだよ」

「え? あ〜〜〜!!」

 向かい合って持っていた小さな炎が、ちりちりと丸い玉になる。
 散らしていた火花はどんどんしょぼくれて、ぽとり、と砂浜に落ちた。

「うう、悔しい。私のほうが線香花火キャリア、長いのに」

「あははっ」

 金魚すくい、わたあめ、線香花火……君が力説する"夏のふうぶつし"の中で、オレができそうなのはこれくらいだった。知らない言葉を次々と並べる君が本当に楽しそうで、ちょっと寂しい思いもするけど、君が笑ってくれているからオレも嬉しかった。

「あ、景時さんのも、そろそろ終わりですね」

「うん……そうだね」

 ほんのひととき、炎の花を咲かせる、小さな玩具。でもそれだって、他を圧倒して目をくぎづけにするような派手さなんてなくて、最後には見る影もなくぽとりと落ちる。

 オレみたいだ、と思うと、なんか可笑しかった。

「私、昔から線香花火が一番、好きなんです」

「え?」

 落ちた玉を見ていた視線を上げた。
 オレの目の前で微笑む君が、この前みんなに見てもらった大がかりな術の花火よりも、すごく綺麗だと───思った。

「優しい光ですよね」

 目を奪われる美しさは、見た目じゃなくて内側からにじみ出るものだ。君の心が君の声が君のまなざしが、泣きたいほどに優しい。
 だからオレはいつも、君を見ているだけで、幸福という言葉を思い出す。


pageant:壮麗な行列、山車

*****

鋭角的アンビバレンス  銀

 私の中には何が棲んでいるのだろうか。

「……銀? どうしたの?」

 神子様。私のお仕えする、主。
 僕が主を煩わせることなどあってはならない、神子様をお待たせしてはいけない。
 それは十分に理解しているのに、私の足は時折、凍りついたように動かなくなってしまうのです。

 神子様、貴女のお傍に上がりたくて。
 神子様、貴女を傷つけまいと遠ざかりたくて。

「───いえ、何でも。申し訳ございません」

 神子様。貴女のお声を聞くと、愚かな私はいつも、相容れない願いにこの身を裂かれる心地がするのです。
 神子様のお傍に上がらねば、お守りしお仕えすることなど出来ない。そんな大義を振りかざし、その奥に巣食う私の浅ましい願いは、神子様のお傍に居たいだけなのだと、欺瞞を暴く。
 この浅ましさが神子様をいつ傷つけるかと思うと、私などがお傍にあってはいけないのだと思い、それでも御身をお守りすることは何にも増して優先したいと願っている。

 神子様は、ご存知でしょうか。
 私の中には何かが棲んでいて、それはいつも、私を酷く責めるのです。

「でも銀、顔色があんまり良くないよ」

 貴女はお優しいから、その白い御手をそっと伸ばされる。
 神子様、私に触れてはいけません。貴女がこれに喰われてしまわれる。

「お気遣いなく。私はいつも、こんなものですから」

 神子様。
 貴女が私を案じてくださるという、その事実だけで、私はこの上なく報われるのです。

「さ、参りましょう。お供いたします」

「───うん……でも、無理しないでね。今日は近くの探索にしよう?」

 神子様がゆっくりと、私の手を取られる。
 振り払わなかった私は、僕が主の行動を否定などしないという理に従ったのでしょうか、それともお傍にありたいという欲に従ったのでしょうか。

 神子様がお笑いになる。私の手を取って、嬉しげに。
 それだけで私は満たされるのです。
 そして、それ以外のことを思ってはならないのです。

 貴女にもっと近づきたいのだと、身の内の何かが私を酷く急きたてようとも。


ambivalence:両価性、両面感情

*****

本能的コミュニケーション  平 知盛

 生と死の狭間で、人は何を思うのか。

「剣を捨てて。もうどうにもならない、平家の負けは動かない」

 お前はいつも、いい瞳をする。
 生きることにどこまでも執着する、飼い慣らされていない獣の瞳だ。

「……さて、な」

 この世のすべてが所詮は夢に過ぎないというのに、それに気づかず寵を競うことには、何ひとつ意味を見出せなかった。朧夜に霞む花、夜空へ融ける歌舞音曲、一見は華美な世界での蹴落とし合い。それらのどれも、九泉まで抱えてゆけるはずもないものを。

 俺は、満足している。
 この無意味な抗いの中に身を置くこと。殺し殺される中で、己の生を感じること。
 お前と……闘える、こと。

「平家は負ける」

 ほんの僅か、足を踏み出す。お前はすぐにそれに気づく。
 今この瞬間、お前は俺を見ている。俺だけを、全身全霊で感じている。

 震えるような心持ちは、生死の境に居るからか。

「それは確かだろうさ。───だが」

 一息に間合いを詰めたつもりだったが、源氏の神子はあっさりと、俺の太刀を受け止める。
 悪くない。

「源氏が勝つと……決まった訳でも、ないだろう?」

 間近い場所で、獣の瞳が煌く。きらきらと、不釣合いな美しさで。
 血飛沫を何度も浴びてきただろうに、その煌きは染みも翳りも見せず、ただ真っ直ぐに俺を見つめている。

「お前を討てば───こちらには怨霊が居る」

 獣は怯む色も見せない。

「私はあなたを討ちたい訳じゃないし、死ぬ訳にもいかないの」

 鍔迫り合いに持ち込めば、腕力に勝るだけこちらが有利だ。
 だが、それではつまらんだろう?
 金属音を響かせて、再び間合いを取る。源氏の神子、お前はひどく面白い女だ。傲慢に純粋に、腑抜けた甘い言葉を口にする。敵将の首を獲らずに戦が終わると思っているのか。

「───来いよ」

 お前の真意を知るには、刃を交わすしか方法はない。
 来いよ。互いの生死を対価に賭け、刃の響きで睦言を交わそう。

 お前のすべてを、引きずり出してやるから。


communication:意思疎通、通信

*****

運命的コントラスト  リズヴァーン

 神子と私はあまりに違い、あまりに似通っている。

「神子、もう少し踏み込みなさい」

「はい!」

 神子の剣は私が導いたもの。そして私の剣は、神子に導かれたもの。
 神子は確たる意思をもって、時空を何度もなぞっている。口にすることはないが、私にはそれが分かる。それは私の内に疼痛を呼び起こし、同時に酷く甘美な錯覚を招く。

 神子の、己が願いを必死に掴もうとしている姿を、自分に重ねて。

「……神子、少し休みなさい」

「え? ───でも先生、まだ、やれます」

「息が上がっている。休みなさい」

 神子は戸惑ったように立ち尽くしていたが、やがて小さな声で諾の返事を呟き、構えていた剣を降ろした。
 神子、急いてはいけない。焦りが生むもので役立つものは無い。
 かつての私がそうだったように。

「どれだけ修行したら、先生くらい強くなれるんでしょう?」

 いっそ無邪気に首を傾げる神子は、私の重ねてきた年月を知らない。神子の命を生かすために、無事に生かしきるために、幾度神の力に手を伸ばしてきたのか、知らない。
 神子。お前は私にたどり着けない。
 たどり着かなくていい。

「……十年一剣を磨く」

 太刀筋の一振りに十年。それほどの年月をかけてようやく、一つの形になる。
 永劫とも呼べる時を過ごせば、身につくのやも知れぬな。

 これは私が背負う業だから、お前が目指す必要などない。

「先生、もう息、落ち着きました。続きをお願いします」

「分かった」

 神子が剣を構える。振りかぶったその上段の構えは、私と同じ構え。
 神子。お前は運命の無限の輪に、足を踏み入れてはいけない。私を追ってはいけない。

 なのに神子と私に似通う点を目にするたび、愚かな心は甘く痛む。


contrast:対照、対比

*****

忍耐的アプローチ  源 九郎義経

 こちらを見るなり、お前はふいと顔を背ける。

「……隣、いいか」

 問いかけても無言。仕方ないので、ひとが三人座れるほどの十分な間隔を空けて、勝手に腰を降ろした。
 その途端に返ってくる、むくれた声。

「いいなんて言ってません」

 顔は意地でも余所に向けたまま。
 むっとするものが込み上げてくるが、ここで怒鳴り返しては意味がないので、ぐいとそれを呑み下した。

「嫌なら立ち去って構わない」

「…………」

 しばし待ったが、立ち上がる気配はない。

「…………」

「…………」

 結局、お前も俺も、まだまだ未熟なのだろう。相手の意を汲むことも、たがえることなく己の意見を伝えることも、どちらかと言えば不得手なのかもしれない。特に俺は、お前を相手にするとどうも、思ってもいないことまで口にしてしまうきらいがある。
 それが何故なのかは分からんが、お前にしてみればいい迷惑だろう。

「……何しに来たんですか」

 何も言わない俺にしびれを切らしたのか、お前はむっつりと口に出す。
 なに、と言われてもな。

「俺にもよく分からん」

「なっ!」

「だが、お前をそのままにはしておけんと思った」

 だいたいこいつが怒り出すことなどしょっちゅうで、原因は些細なことがほとんどだ。どうも俺の言動に腹を立てることが多いらしいが、自分のどこに問題があるのか分からない。謝るべき点も分からぬのに謝罪を口にしても、そらぞらしいだけだろう。
 けれど、それでも。

 こんな風に空いた互いの距離を、そのままにはしておきたくなかった。
 だから。

「もう少し近くに行っても、いいか……?」

 まるで野良猫を懐けているようだ、と思いながら、膝立ちでゆっくりと間を詰める。
 お前は逃げなかった。


approach:近づく、接近

*****

個人的ライセンス  武蔵坊 弁慶

 君の瞳に、僕は一体どういう人間に映っているんでしょうね。
 知りたいとも思いますが、知らないままでもいいとも思います。だって君の中の僕は、飽くまでも君の想像している僕であって、僕本人ではないのですから。

「弁慶さん、これでいいですか」

「そうですね……ええ、大丈夫です」

 素人にも見分けのつき易い薬草を頼んでいたつもりですが、万一ということもあります。僕の返事を待っていた君が、ほっと安心したように笑ってくれるその顔を見ると、何故か酷く遠い昔のことが思い出されるんです。

 人と屈託なく触れ合っていたのは、一体何時のことなんでしょうか。

 望美さん、君のせいですよ。
 君の笑顔があまりに無邪気で赤子のようだから、僕は時々、とっくの昔に忘れたはずの後悔だとか罪悪感なんてものを、思い出してしまうんです。

「まだ足りませんか?」

「いえ、これでしばらくは困らないでしょう。手伝ってくれてありがとうございます」

「そんなの全然ですよ! いつも怪我してお世話になってるの、私のほうだし」

「ふふっ。でも望美さん、君の美しい肌に傷なんて作らないのが、本当は一番なんですよ」

「え、……っ」

 僕の些細な上辺だけの一言に、これほど可愛らしく頬を染める君。
 甘い言葉など、口にするのは簡単なこと。まことしやかに偽りを語ることができなければ、策を弄することなど不可能なのですから。
 本願のために利用できるものなら何でも利用しますよ。それが君であろうともね。

 こんな僕を、一体君は、どんな男だと思っているのでしょう。

「───弁慶さんは、ずるいです」

「そうですか?」

「だって大事なことは言ってくれない、いつもはぐらかす」

 君の言葉は、少し痛い。
 膨れる君と、笑う僕。ああどうか、僕はいつも通りに振舞えていますか。君を知る前と同じ僕で、いられていますか。
 君がいけないんです。僕を昔の僕に戻してしまうから。
 どうしようもなく幼かった、憂いのない日々を思い出すから。

 僕をそうしてしまうのは、君だけの特権にしておいてください。
 そうでなければ、僕は身が持ちません。


license:免許、認可

 

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