2006.04.15-2006.05.13のWeb拍手御礼

遙か3の九望で【受け身な君へ5つのお題2】+α
シリーズタイトルは「Kiss me Darling, so sweet 例えば5つのキスシーン」でした。
叩いてくださった皆様、本当にありがとうございました!

お題配布サイトさま【TV】

 

Scene.1 額に

 絶体絶命だった。
 周囲を見回しても縋れるものは何もなく、たとえあったところで、目の前の少女が突きつける要求を赤の他人に譲れようはずもなく。
 いや、そもそも望美が悪いのだ。いきなり突飛なことを強請るのだから。だいたいこいつは自分が女だということを忘れているのではないか、と、九郎の思考がついつい別方面に逸れた瞬間。

 業を煮やした望美は、九郎の頬を両手で挟んでぐいと自分に向けさせる、という(飽くまでも九郎主観の)暴挙に出た。

「九郎さん! 私、そんなに無理なこと言ってますか」

「言ってるだろうが!」

 やけになって九郎は怒鳴り返した。
 もちろん望美は怯まなかった。

「どうしてですか九郎さんのケチ!」

「そういう問題じゃないだろう!」

「私にとってはそういう問題なんですっ!!」

 語尾も荒く言い切った望美は、本当に年頃の娘なのだろうか。
 九郎は思わず、内心で額を押さえる。そんな彼女だからこそ、無骨者の自分であっても気兼ねなく接することができるのだ、ということは重々承知している。ぶつかり合い、言い合う中で、胸のうちにある想いが芽吹き育ったのだということも。

 けれどそれだけは、どうにもいただけない。

「できるか、そんなこと……」

「……なんでそんなに、嫌がるんですか」

 目じりまでほんのり染まった九郎がそっぽを向けば、望美はさらににじり寄って、意地でも顔をそむけさせない。

「───九郎さんは、私のこと、きらいなんですか」

 少女の声の色が、不意に沈んだ。たった今まで男顔負けの勢いで自分の意志を主張していたのが、今にも儚くなりそうな切ない響きを含む。
 九郎がはっとなって視線を自分から戻した時、望美はすっかり俯いてしまっていた。

「望美……」

「してほしいって言ってるんです。なのにどうしてだめなんですか」

 しおれてしまった神子の姿は、普段が溌剌としているだけに、とても痛々しかった。
 九郎の頬に添えられていた白い掌が、するりと落ちる。

「…………」

 入れ替わりに上がった、大きく自然に日灼けした、掌。
 流れ落ちる紫紺ごとに小さくやわらかな頬を支えて、くいと持ち上げた。

 額に、恐る恐る触れた、くちびる。

「…………」

「…………」

 その大きな瞳をいっぱいに見開いた望美と、真っ赤になって横を向く九郎は、どちらもしばらく言葉を発さなかった。
 やがてゆっくりと、望美の唇がひらかれる。

「───なんでおでこなんですか!」

「なっ……」

「ばかばかばか、九郎さんの意気地なしっ!!」

 許婚の曲がったご機嫌を即座に直すことは、源氏の大将にはいまだ難題のようである。


(これでもじゅうぶんゆうきをだしました)

受け身な君へ5つのお題2:迫り来るモラトリアム

*****

Scene.2 手の甲に

「……そして王子様とお姫様は幸せに暮らしました。おしまい」

 通りかかった梶原京邸の房で、聞き慣れた少女の声が、耳慣れない言葉をつむいでいた。九郎が何の気なしに覗き込むと、庭の見える縁側に座り込んだ望美と、その膝の上で甘える白龍の姿が視界に入る。

「あ、九郎」

「え? ああ、九郎さん」

 二対の瞳が九郎を捉える。真っ直ぐに見つめてくる姿がひどく似通っているな、と、どうでもいいことをふと考えながら、九郎は『失礼する』と中に入り込んだ。差し迫った用事ではないものの、望美に伝えておこうと思ったことがあったからだった。

「望美、夕刻の稽古の件だが……」

 そう切り出した九郎の声を、幼い龍神の明るい声がさえぎった。

「あのねあのね九郎、神子のものがたり、おもしろいんだよ!」

「は?」

「ねえ神子、私、もういちど聞きたいな」

 幼児の話し方に脈絡を求めてはいけないのは、神でも人でも変わらないらしい。
 白龍のきらきらした瞳を見ていると、すげなくあしらうのはどうにも後味の悪い心地にさせられる。話の腰を折られた形の九郎も、せがまれた望美も、白龍をたしなめようという気分にはならなかった。

「なんの話をしていたんだ」

 九郎の問いに、望美は笑って答える。

「おとぎ話です。えっと、こっちでは宇津保っていうんでしたっけ?」

 望美の答えは正確には間違っているのだが、古典日本史全滅の望美と、現代知識など皆無かつ勘のよろしくない九郎の組み合わせでは、その間違いにはどちらも気づかない。
 白龍が嬉しげに笑った。

「神子はおひめさまだね!」

「あはは……じゃあ王子様は誰なんだろね?」

 穏やかに笑う望美が、何故かとても綺麗に見えて。
 九郎は一瞬呆けたあと、ばっと横を向いて掌を口に当てた。

「九郎さん?」

「……なんでもない。その、おうじさま、とか言うのはなんだ」

 不器用な話題の逸らし方に首をかしげるものの、取りあえず望美は答えてやった。

「すごく偉い人の息子、みたいなものです。偉い人が王様で、その子供だから、王子様」

「おうじさまとおひめさまは、むすばれて、幸せになるんだよ」

 にこにこ顔の白龍が付け加える。九郎の眉が僅かにしかめられた。
 先ほど白龍は、望美が姫だと言っていなかったか。望美はそれに対して、おうじさまとやらが誰なのかを、楽しみにしているような素振りを見せなかったか。

 ───面白くない、と思った。

「おうじさま、とは、どんな奴なんだ?」

「え? うーん……レディファーストでフェミニストな感じの人」

「それでは分からん」

「あー、別に構いませんよ。九郎さんには絶対理解できない単語ですから」

 望美の軽い返事に、九郎はさらにむっとした。
 自分の頭上で飛び交う声に、白龍は聞いたばかりの話を思い出しながら、口をひらいた。

「おうじさまはね、おひめさまのね、手にくちづけるの」

「そうか、手に……、───っ!?」

 理解すると同時に口ごもった九郎を尻目に、神子とその神は『ああほら九郎さん真っ赤じゃない』『知りたいと言ったから答えたの、いけなかった?』などと平然と会話している。

「だいたい九郎さんには、そんなことできっこないんだから」

「なっ……」

「できるんですか? じゃあ、はい」

 望美が笑いながら、手を差し出した。もちろん九郎にそんな真似が絶対にできないだろう、と十分に分かった上での、確信犯だ。
 九郎は親の仇でも睨みつけるような形相で、じっとその白い手を見ていた。
 そろそろ引っ込めようか、と望美が考えた時、不意にがっしと捕まれる。

「へ?」

 ───引かれた望美の手の甲に、九郎の唇がそっと乗った。

「わあ! やっぱり神子はおひめさまだね」

 無邪気な白龍の声が響いた。


(むじかくにだいたん)

受け身な君へ5つのお題2:さしのべられる手

*****

Scene.3 指先に

「はっ!」

「やっ!」

 刃を交える瞬間の望美が、九郎には好ましかった。別に常の姿が好ましくない訳ではないが、何故かどうにも居心地の悪い動悸を持て余すことが多い。雑念をいだく余地がないので、こちらの方が九郎は安心して、少女を見ていることができた。
 望美は強くなった。いまだリズヴァーンや自分には及ばないものの、それは比較する相手に問題があるだけで、そこらの将にも簡単には打ち負けないだけの技量を身につけつつある。
 きぃん、と音を立てて、九郎の刃が望美の打ち込みを受け流した。

「……そろそろ終わるぞ」

 九郎の言葉に、望美はぶんぶんと首を振る。もちろん、横に。

「まだやれます」

「お前がもたん。無闇に打ち合うのが稽古ではないだろう」

 諭す声にも少女は頷かなかった。
 どこか痛いような色を浮かべたその瞳は、九郎のこころをひどく騒がせるもののひとつだった。凄まじい勢いで言い合っているさなかにも見せない揺らぎが、望美の闊達さを奪ってしまっている。

「だめ。……まだ、足りない」

 憑かれたように否定の言葉を繰り返す望美は、痛々しかった。

「強くなきゃ、守れないんです」

 そこまでして望美が何を守りたいのか、九郎は知らない。ただ、女の身でここまでの剣を磨き、さらに高みを目指そうとする以上は、生半可な覚悟ではないのだろうということだけが知れた。
 どうして彼女はいつも、ここまで自らを追い詰めるのだろう、と思う。

「私にしか、まもれない」

 正眼に構えた剣が、すいと動いた。
 九郎の意識よりも早く、九郎の身体がそれに応じた。自らに降りかかる攻撃を防ぎ、返す刀で牽制する。九郎にとってはさほど力を入れたつもりのない一撃だったが、望美の体勢を崩すには十分だったらしく、たたらを踏んで踏みとどまった。

「焦りは何も生まない。……先生から教わっているだろう」

 九郎の再度の言葉にも、望美は答えずに地を蹴った。
 打ち込んできた剣を受け止める。普段ならそのまま受け流すのだが、九郎はそうしなかった。そのまま鍔元にまで刃をすべらせ、一息に力を込める。

 跳ね飛ばされた剣が、望美の手から離れて宙を舞った。

「───あ……」

「今日はこれで仕舞いだ」

 九郎が刀を鞘に収めると、望美は空っぽの手を見つめて項垂れた。その姿に、九郎の内心の困惑は強くなる。

「そこまで焦らなくとも、鍛錬の分、お前は強くなっている」

「……ありがとう、ございます。でも」

「そうまでしてお前が守らねばならんものとは、なんなんだ?」

 望美の瞳が見開かれ、やがてゆるゆると閉じられる。
 ちいさな唇は、答えをつむぐことはなく。

「───まあ、いい」

 自分の言葉に気落ちした望美の表情を見ているのも不本意で、追求を諦めた九郎は、落ちたままになっている少女の剣を拾い上げた。
 柄を濡らす、血と汗。肉刺が潰れればこうなるものだ、現に自分だって幾度も、こんな有様の刀をこしらえてきた。

 なのにどうして、これほど胸が締め付けられるのだろう。

「……手を、見せてみろ」

「え? は、はい」

 白い掌だった。細い指は、元はしらうおのように傷ひとつなかっただろう。
 滲む血や肉刺があろうとも、それは紛れもなく、おんなの手だった。
 護るべき、護られるべき、ひと。

「九郎さん……?」

 無意識に引き寄せて、その指先にくちづけた。
 負った傷は消えない。贖罪になどならない。
 そうと知っていても───護りたいのだと願うこの心は、いま確かに息づいているから。

「───無理、するな」


(どうかきずつかないで)

受け身な君へ5つのお題2:どうしていつも

*****

Scene.4 頬に

 ほんとうは、彼女の望む場所に、贈るつもりだった。
 けれど九郎の唇はそこで一瞬ためらい、やがて、本来予定していた場所よりもわずかに横に逸れた位置に、軽く触れた。
 期待を滲ませて瞳を閉じていた望美には、当然面白くない。目を開けて真っ先に口をついたのは、九郎の度胸を詰る言葉だった。

「……九郎さんの意気地なし」

「なんとでも言え」

 極度に照れ屋のこの男は、少女らしい願望をちっとも叶えてくれようとはしない。想いが通じ合った者同士、二人きりの室内でふと沈黙が訪れたら、そこは恋人らしい触れ合いのひとつも期待するのがスジというものではないだろうか。それともこの朴念仁にそんな甘さを期待する自分が間違っているのだろうか、と望美は溜め息をつく。
 九郎を好きになったこと、それ自体には、望美は一片の後悔もしていない。ならばこれも彼らしさとして、我慢しなければならないことのようだった。

「もう。九郎さんてば」

 可愛らしい声が予測どおりの不満を並べ立てるのを、九郎はほろ苦い思いで聞いていた。
 まったく彼女は分かっていない。想い人と二人きり、しかも他者の目が届かない室内で、無闇に触れ合えば男がどうなるのかを。別に頭の中が年中それだけで一杯な訳ではないが、これだけお膳立てが整った状況では、いくら自分とて自然とその方面に欲が向かうのは、性ゆえに仕方ない。
 だからと言って望美にそれを強要するには、九郎の理性は固く、またそれだけ望美を大切にしたいと思っていた。

 それなのに本人は『九郎さんの馬鹿』ときたもんで、報われないことこの上ない。

「その……した、だろう」

「ほっぺたじゃないですか」

「ともかく、したことに変わりはない!」

「全然違いますよ!」

 些細なことで言い合いに発展するのはこの二人の常だが、話題があまりにも不毛すぎるせいか、舌戦は不完全燃焼のまま尻切れ蜻蛉になる。
 しばらく考え込んでいた望美は、意を決したように顔を上げた。じっと見上げてくる強い視線に、九郎も眼差しを返す。

「九郎さん、あの」

「なんだ?」

「私って、女として魅力ないですか」

 あ、九郎さんの目が点になってる、と望美は思った。珍しいと言えば珍しい光景だ。ああ写メ撮りたい、すごく撮りたい、みんなに見せびらかして歩きたい。
 望美がそんな不穏当なことを考えているとは露とも気づかず、九郎はしごく真面目くさった顔で、一言だけ答えた。

「逆だ」

 ───いちど触れたら、止まらなくなるくらい、想っている。


(はどめをかけるのはたいへんです)

受け身な君へ5つのお題2:本音を隠せ

*****

Scene.5 こめかみに

 鍛錬の後、濡れ縁に腰を降ろして、そのまま刀の手入れを始めた。折々の植物が美しく調和した梶原所有の庭は、九郎にとっても安らげる場所のひとつだった。晩秋の気配が忍び寄る中で、紅葉もだいぶ葉を落としている。

「九郎さーん、どこ?」

 間延びした声に呼ばれ、九郎は手を休めて内心で笑んだ。自分をそんな風に呼ぶ少女は、たったひとりしかいない。
 刀を傍らに置き、その鈴の声に答える。

「望美か。池向かいの濡れ縁だ」

「あ、いた」

 ひょいと回廊の端から顔を覗かせた望美は、九郎の姿を見て、しまったという顔つきをした。

「もう稽古、終わっちゃってたかぁ」

 自分に稽古をつけてほしかったらしい、と解釈し、九郎も悪い気はしなかった。剣を手に戦に出る以上、鍛錬と向上は常に欠かせないもの。その覚悟と習慣が妹弟子にきちんと備わっていることが、兄弟子としても微笑ましい心持ちになる。
 そこまで考えて、いやそれだけが理由でもないが、と訂正し、九郎はひとり赤くなった。

「九郎さん、最近すごく忙しいみたいだし。滅多にないチャンスだったのに」

 う〜、と唸る望美は、九郎の不自然に染まった頬には気づかなかった。
 ほっとしつつ、鷹揚な気分で九郎も答えてやる。

「手入れが終わるまで待てるか? 鍛錬用の刀は他にもあるからな、付き合ってやる」

「本当ですかっ? ……あ、でも、忙しいんじゃ」

 望美の指摘に、九郎はぐっと詰まった。確かに今は寸暇を惜しんで激務に明け暮れている身として、余計な時間を割く訳にもいかなかった。鍛錬の時間すら不規則になりがちなのに、このうえ彼女の稽古に付き合う余裕はないも同然だった。
 黙りこんだ九郎に、望美が慌てる。

「あの、稽古は私もちゃんとできますから。九郎さんは気にしないで」

「……済まない」

「もー、そこで謝らないでください!」

 にこっと微笑んだ望美は、なにを思ったのか、履物も履かずに濡れ縁から庭へと降りた。そのまま九郎の前に回りこむ。

「───!?」

 すとん、と。
 九郎の足の間に腰を降ろして、望美はえへへと笑った。

「稽古の余裕はなくても、こうして一緒に庭を見るくらいは、できるでしょ?」

 まるでこれでは背もたれではないか、と九郎は思った。しかしそれを指摘すれば、当然ながらいつもの口論になるのは目に見えている。最近の忙しさは九郎から望美との時間を奪っていた。せっかく久々のひとときを過ごしているのだから、わざわざ互いの機嫌を悪くすることもないだろう、と口をつぐんだ。

「……履物を履け。風邪をひくだろう」

「九郎さんがあったかいから平気ですー」

 ぷらぷら足を揺する姿は、まるで子どもだ。九郎はどうしたものかと思いながら、望美のつむじを眺めていた。
 不意に、望美が上を向いた。

「あ、雪!」

 白いちいさな結晶が、ふわふわと舞い始めていた。

「冷えると思ったら……お前、やはり履物が要るだろう」

「平気ったら平気です、探してくるの面倒だもん」

「───まったく」

 九郎は溜め息をついたが、望美の言葉を嬉しく感じてもいた。このまま彼女がこの場を離れていけば、戻ってくる頃には自分は立ち去らねばならないだろう。僅かでも共にいられる時間を、と願うのは、どちらも同じ。

「……え」

 望美の驚く声には構わず、腕を細腰に回して抱き込んだ。
 紫紺の髪が流れるこめかみに、舞い降りた雪を唇で摘む。ぴくり、と震えたのが、胸に預けられた背中から伝わってきた。

「……風邪でもひかれたら敵わん」

 ぶっきらぼうな言葉は、けれど確かに照れが混じっていた。


(ことばとたいどがちぐはぐで)

受け身な君へ5つのお題2:裏腹

*****

Last Scene. 唇に

 じゃれ合うように、触れては離れる。けれど完全に離れてしまうことはなく、吐息を互いの唇で受け止める、そんな近さのまま、交わす。

「望美」

 名前を呼ばれて閉じていた瞳を開けると、照れもせず真っ直ぐに見つめてくる九郎の顔が、望美の視界いっぱいに広がった。思わずまた閉じてしまった瞼に、今まで唇に触れていたぬくもりが、そっと押しつけられる。
 苦笑すら滲ませたその吐息は、なんて熱いのだろう。

「……少し、口を開いてくれないか」

 九郎の要求に、望美は頑固に瞳をつむったまま、ぷるぷると首を横に振った。

「望美」

 ずるい、と思う。そんな声でお願いしないでほしい。
 それがどんなことだとしても、なんでも聞いてしまいたくなるから。

 言葉で答えようとしない望美の姿は、九郎の瞳を緩ませるだけだった。想いが通じ合ったばかりの頃は、あれほど自分から唇にしろと強請っていたくせに、いざ交わした折にはひどく驚かれた。どうやら望美の予定では『唇同士を触れ合わせる』というだけのものだったらしく、割り入れた舌に噛みつかれた覚えがある。
 今ではさすがにそれはなくなったが、望美の拙さとぎこちなさは相変わらずだ。自分とて年齢の割に奥手だのなんのと言われてきたが、望美の初々しい愛らしさには負ける、と本気で思う。

「───っ……」

 望美の喉奥から、くぐもった悲鳴が上がった。
 九郎の唇は標的を変えて、赤く染まった少女の耳朶をゆっくりと食む。彼にしてみれば、別にいまさら望美の唇だけに固執する必要もなかったので、順番を変えただけの話だった。

 ───望美のすべてに、くちづけるつもりでいるから。

「くろう、さ……っ」

 開かずの扉が、切ない掠れ声と共にひらかれた。それはひどく甘い、蟲惑。
 その隙を見逃す九郎ではない。念入りに耳をねぶり、望美が弾む呼吸を抑えきれなくなったところで、再び唇をかさねた。

「んっ───」

 薄目を開けて九郎が伺えば、望美は微かに眉を歪めていた。けれどそれが拒絶ではないことは、互いの咥内を行き来する舌が物語る。角度を変えてより深く求めると、急な動きについていけなかったのか、華奢な少女の上体はぐらりと傾いだ。

 望美への衝撃を防ごうと、背に回した腕で後頭部を支えたが、くちづけの勢いのままに九郎も倒れこむ。押し倒した格好になったが、もとよりそのつもりだったので、さして気にも留めなかった。
 九郎の後ろにある天井をぼんやりと見やり、望美は熱にうかされたように、言葉をつむぐ。

「くろうさん……すき」

 九郎が微笑んだ。ひどく嬉しげに、やわらかく。
 返事は言葉ではなく、唇のぬくもりを確かめ合うかたちだった。


(ほしいのはくちびるの、そのさき)

 

BACK