| 幾百の、幾千のことばをつらねても、きっと語りつくせない。 それだけの想いが今、苦しいほどに身体中を駆け巡って、息が詰まった。
鎌倉の大路を、九郎は望美を抱えたまま疾走する。 「……くろう、さん」 呆然と、望美は呟いた。 「怪我はないか、望美」 地面に降ろされて、ようやく自分の足で立つことを許されても。 『ならば俺は源氏を捨てる』 『俺の許婚だけは、返してもらう』 頼朝と敵対することが九郎にできるとは、望美は思わない。いつだってこのひとは、肉親の情愛を全身で求めていた。たとえ自分があの場でそのまま斬られていても、哀しみはすれど、彼に頼朝を恨むことはできまい。人質という枷がなくなれば、九郎は自由に逃げられたはず。 ───嬉しいと思ってしまう私を、どうか許してください。 「望美?」 訝しげにかけられた声を、俯いて聞いた。とても、顔を見る勇気はなかった。 「……ありがとう、ございます。もう、大丈夫……」 もう、十分。あなたの優しさは、もう十分、与えてもらったから。 「もう、いいから。別々の方向に逃げれば、少しでも追っ手、減らせます」 「───望美?」 「大事なひと、いるでしょ? 九郎さんが幸せにしなきゃいけない、ひとが」 「お前、何を言っているんだ?」 「私のことはもう大丈夫だから。だから、そのひとと、早く」 九郎の声が段々と低くなっていったことに、余裕のない望美は気づかなかった。 「逃げて」 だから、望美にとっては、いきなりのことだった。
九郎は面白くなかった。ありていに言えば怒っていた。激怒していたと言ってもいい。 ───ふざけるな、と思った。 自分があの場で何を詠ったのか、分かっていないのか。 その想いに、震えるほどの歓喜を覚えたこの心を、捨てろと言うのか。 「っ───」 板塀に抗う身体を押し付けて貪った。 背中に回りかけた小さな手は、しかし自分の袂を掴んで必死に押し返し、この期に及んでなおも拒もうとする。 「───お前を」 唇は触れ合わせたまま、言葉を交わせるだけの隙間を許す。こぼれる言葉は激情をくっきりと浮き上がらせて、怯えさせたい訳ではないのだ、と必死に自分を戒めた。 「お前を手離せと言うのなら、いっそ死ねと言ってくれ」 「……くろ、さ……?」 「俺の顔を見たくないなら、いっそお前に斬られて果てる方がまだ幸せだ」 「な、なに言って……!」 「そばに、居たい」 触れ合ったままの唇が、びくりと震えた。なんて愛しい、その柔らかさ。 「───だって。だって九郎さんは、結婚したいひとが、いるんでしょ?」 「……は?」 「好きなひとがいるって、言ってたじゃない!」 混乱の極みにある望美は、もはややけっぱちで叫んだ。追っ手を撒いている最中に大声を上げられ、九郎は慌てて掌を望美の口に押しつける。 「馬鹿、見つかるだろ。……だからお前、さっきから何を言ってるんだ」 だいたい自分は、望美に伝えたはずだ。お前が好きだと。 「…………」 はた、と九郎の動きが止まった。ついでに思考回路も停止した。 ───望美のことだと、言っていなかった……? 「…………ッ」 今度は一転して真っ赤になっていく九郎に、望美もさすがに首をかしげる。 「九郎さん?」 駄目だ。とてもではないが、顔を見られない。目を合わせたら羞恥で死にそうだ。 「九郎さん!?」 「あれは……お前の、ことだ」 「───え」 二人の脳裏に、あの夜のやり取りが蘇った。
『好きなひと、いるくせに』 『ああ、いる』 『それを言うのは、私にじゃないでしょう?』 『お前のそばに』
「…………」 望美の頭にも、徐々に血が昇っていく。 「わ、わたし……っ、あの、その、九郎さ、」 「───望美」 ぎゅ、と。九郎の腕に力が加わって、望美は思わず言葉を途切らせた。
「俺はお前のそばに居たい。どこまでも共に在りたい」 「……九郎さん」 「だから、離れろなんて、言わないでくれ」 見交わした、本当に久しぶりに胸のつかえもなく見交わした瞳。そこに浮かぶ複雑な色とこころは、互いの心に深く沁みた。 想う、ということの、そのぬくもり。 「───うん」
了 |
**反転コメンツ**
お題vol.10直後で、やっとこさ神子が『九郎のお姫様の恋人』についての誤解を解くシーン。遅すぎやねん!
書いてみてつくづく一言、「このバカップルー!!」。九郎だけじゃないよ神子も鈍すぎるよこのシリーズ。
ところで逃亡中ですよ。のんびり告白ぶっちゃけタイムを満喫してていいのかお二人さん。
「好き」という言葉を九郎に言わせずに(ゲームで一度も言ってない)誤解を解くのにこだわりました。