| 一番に想うものは捨てられない。 だから捨てられる。一番じゃないものは全部、全部。 何より欲しいと思うのは、お前の笑顔、お前のぬくもり。 それを失うくらいなら、俺の負うべきものすべて、捨てても惜しいとは思わない。
「お嬢さん、大人しくしていてくださらないと、怪我をしますよ」 政子さまが微笑む。望美の喉元に刃を突きつけたまま。 「……望美っ!」 後頭部に当たる固い銃口の感触も、制止する弁慶の腕も、何もかも忘れて叫んだ。 ───兄上。 「九郎義経一味の捕縛、完了いたしました」 「そう。ご苦労様です」 刃はすっと離れていった。躊躇いのないその動きは、絶対的な優位。 「お嬢さんにはわたくしと共にいらしていただきますわ」 その言葉は、その場にいた誰にとっても意外だった。 「……どうして、わざわざあなたが?」 「それが鎌倉殿のお望みだからです」 望美の問いかけに、政子さまが答えた、その御名。 初めて、憎いと思った。 「本当に、可愛らしい子たちですこと。あなたも、九郎も」 政子さまは望美を見つめ、俺を振り返り、くすくすと声を立ててお笑いになった。 「あなたから見れば、そうかもしれません。でも、それでも、この気持ちを恥じたりはしない」 「まあ。わたくし、そんなつもりで申し上げたんじゃありませんわ」 潮風が流れた。その先にいる、望美。 「───九郎さん」 それでも俺の目は、お前に吸い付いて離れない。 「死が二人を、分かつとも」 「…………っ!」 その瞬間、望美は後ろ手に拘束されて、政子さまの船へと追い立てられていった。 『あなたのそばに。九郎さん』 そう言ったのは、お前ではなかったのか。 望美。俺は今まで、源氏もお前も手離したくないと、手離せないと思ってきた。 ───俺はお前のそばに居たい。 生まれて初めて、自分のためだけに抱いたその望みを、あきらめたくない。
一番に想うものは捨てられない。
「ですが九郎があなたを気にかけているなら、九郎はきっと、来るでしょう」 政子さんの声は歌うように、牢の中に響いた。私はぎゅっと唇を咬む。 「……九郎さんは、来ませんよ」 政子さんは私を見て、小首をかしげた。 「お嬢さんは、九郎の気持ちをご存知ないのかしら?」 「知っています。だから分かる、九郎さんはきっと、逃げてくれる」 「…………」 「もし万一、九郎さんが来るとしたら、それは」 ───あのひとが優しすぎるから。 九郎さんは優しいひとだ。一度仲間と認めた相手を、見捨てられないひとだ。 政子さんはじっと、私を見ていた。やがて朱色の唇を開く。 「───お嬢さんは、九郎を好いているのでしょう?」 「……はい」 「九郎に伝えられずとも良いのですか」 「…………」 「逃げて欲しいと思うなら、伝えなくては、九郎は来てしまうかもしれませんよ」 いつか、そのうち。九郎さんは来るかもしれない。 「だとしても、私には伝える手段なんて───」 くす、と空気が震えた。顔を上げると、政子さんは笑っていた。 「お嬢さん。明日あなたが舞えば、それは九郎に届きましょう」 明日。私が、舞えば。 「あなたの想いを歌に舞に織り込めば、それは噂となって、九郎の耳にも入りましょう」 九郎さんに、伝えられる? 「───明日を、楽しみにしていますわ。可愛らしいお嬢さん」 牢の中で、私は再びひとりになった。政子さんの言葉が頭をぐるぐると回る。 「……まだ、できることが、ある」 私は伝えなきゃいけない。来るなと、九郎さんに伝えなきゃいけない。 ───命だって、賭けられる。 あなたが生きる未来のため、私にできることが残されているなら、あきらめたくない。
たったひとつの贅沢なわがままを、叶えて欲しいと、思う。
『しづやしづ しづのをだまき くりかえし 昔を今に なすよしもがな』
『源九郎義経、白龍の神子を、迎えに参った』
言葉にすれば言い尽くせず、想いにすればただひとつの、その真実を。
【10.あきらめない】了 |
**反転コメンツ**
お題連作vol.10【あきらめない】語り手:九郎・望美。なんか政子さんが大活躍(笑)。
基本はゲーム沿いの展開で、つまらんと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、ここまで書いたのは自分のためなので満足。
じれったさの積み重ねがあってこそ、九望は恋愛感情以外の部分でも強く結びついてるな、と思いました。
ここまでお付き合いいただいてありがとうございます。補完SSも併せてお読みいただければ、望外の喜びです。