| なにを。 なにを言ってるんだ、お前は。 どうしてお前はそんなにも、自分を傷つけてまでも前に進もうとする?
望美の叫びは夜の砂浜に響き、すぐに打ち寄せる波の合間にさらわれていった。言い放った内容の勇ましさにくらべ、その表情はあまりにも痛ましかった。見つめたその先で、必死に嗚咽をこらえているのか、時折小さな呻きが聞こえる。震える小さな肩。 たまらなかった。 「……っ!?」 引き寄せる。泣き顔を見ずに済むように、後頭部に掌を添えて胸に押し付けた。 「……放して」 「断る」 逆に拘束する力を強めると、やわらかな身体はあっけなく反り返った。 「っ!? い……ッ、や、くるし、九郎さっ……」 「───こんなに」 こんなに脆い身体をしているくせに。 ただ、俺が。 「く、ろ……?」 呆然と掠れる声をつむぐ唇の端に、血が滲んでいるのが見えた。 ───その瞬間、何もかも、脳裏から消えた。 「───っ!!」 詫びるより先に身体が動き、その血を拭うことしか思いつかなかった。 傷口は熱を持っていて、其処を舐めると痛みを覚えるのか、望美は暴れた。抱き込んだ身体はびくりびくりと、水から引き出された魚のように跳ねる。強張った全身が拒絶を示していると分かっていても、腕をほどけば逃げられると知っているから、放してやることはできなかった。 「ん、ん───っふ……」 甘い。
くったりと、抗うのを止めた望美を確認し、唇をはなした。 「……っんで、なんで、……ひどい……!」 酷いのは重々承知だ。最初から最後まで、これは俺の身勝手だから。 全部、俺の勝手な願望の所為だから。 「ひどいよ! 好きなひと、いるくせに、なんで九郎さん……!!」 「ああ、いる」 ───お前だ。 結局、認めない訳にはいかなかった。俺は情けなさに自嘲する。 「ひどい……ッ」 望美は酷い酷いと繰り返すばかりで、俺はそれを黙って聞いているだけで。 触れることすら避けてきたのは。 「───誓えるか」 「え……?」 「どんな乱戦になったとしても、俺のそばを離れないと、誓えるか」 傷ついてほしくない。誰の目にも触れないところに隠しておきたい。 もう一度、顔を寄せて。 「誓えるか、望美」 額が、触れた。 「…………」 ふるりと、やわい身体が震えた。ごく近い場所で潤む瞳を、じっと見つめる。 「───るい……」 「望美?」 「ずるい、こんな、九郎さんのばか……っ」 先刻の酷い酷いと繰り返した口調とは、微妙に異なるその響き。 一度閉じられた瞳は、次に開いたときには、ほんの僅かに笑みを乗せていた。 「……九郎さんの背中を守るために、私はここまで来たんです」 俺を真っ直ぐに射抜く、その美しいかがやき。 「誓い、ます。だから、どこまでも、ついて行かせて」 なんて。 ───いとしい、という言葉の意味を、俺はやっと知った。
「もし斃れるなら」 「ええ、一緒です」 「───そばにいろ。何があっても、離れるな」 「……死が二人を分かつまで」 「なんだ、それは?」 「私の世界での、誓いの言葉……」 「……そうか。ならば望美、死が二人を分かつとも」 「───とも?」 「ああ。どこまでも共に」 「───本当に、九郎さんて、ひどい人……。それを言うのは、私にじゃないでしょう?」 「……何を、言っている?」 「ううん……いいの、それでも嬉しい……」 「望美?」 「死が二人を分かつとも」 「…………」 「あなたのそばに。九郎さん」 「ああ。お前のそばに」
───お前のそばに居させてくれ。俺の、比売神。
【9.余裕なんてない】了 |
**反転コメンツ**
お題連作vol.9【余裕なんてない】語り手:九郎。7章屋島の3部作最終話。鈍感は鈍感なりに頑張った?
と言うか、頑張りすぎて暴走状態に陥るのを止めるのに手こずった(爆笑)。いやその九郎、ここ野外だから思いとどまって!
そしていまだにすれ違いカンチガイのまま屋島〜壇ノ浦を突っ走っていきますこのシリーズ。じれっ隊最高潮。
途中で額コッツンの動作は、九郎は覚えてないけど望美は覚えてる、あの例の牢屋イベント。やっぱり萌えですアレは。