冗談じゃない

 

 そりゃあ今までだって、目の前のこの人と衝突したことは数え切れないくらい。
 でも、ここまで。
 ここまで訳が分からなくなるほど腹が立ったことなんて、あっただろうか。

 

 

 九郎さんの言葉の意味は最初、よく分からなかった。
 連れていかない。誰が、誰を?
 話しているのは九郎さんなんだから、誰がっていうのは当然、九郎さん自身のことだ。
 それで九郎さんは、今、私に向かって話していて。

 ───私、を。

「……え、なに言って……。九郎、さん?」

 間抜けな話し方をしているな、と自分で思った。ぽかんと口を開けて、妙なところでつっかえて、ただじっと相手を見上げることしかできていない、まるで子どもだ。

「本陣に残れ。これは総大将としての命令だ」

 九郎さんはもう一度、はっきりとそう言った。誤解する余地もないくらい、はっきりと。
 その時になってようやく、言われていることの意味が、意識にすべり込んだ。

 私を。怨霊を封じる、白龍の神子の力を。
 要らないと言ったのだ、このひとは。
 おまえなんて要らない。後ろに引っ込んでいろ、足手まといだ。
 そう言ったのだ、このひとは。

 全身がふるえた。やっと込み上げてきた怒りにすべてがさらわれた。

「どう、いう……ことですか」

 言葉までふるえる。うまく口がまわらない。
 せめて手が動けばいいのに、足をこのひとに向けて踏み出せればいいのに。そうしたらこの心底腹の立つことを言い放った相手を、殴ってやることくらいはできるのに。
 あまりの怒りに私自身が混乱して、自分がどうしたいのか、何から手を着ければいいのか、全然判断をくだせずに、馬鹿みたいに突っ立ったまま。手を振り上げるにはどう力を入れればいいんだっけ、足を踏み出すのってどうすればよかったんだっけ。

 ふざけないでよ。

 私が今まで何のために、剣を取ってきたのか知りもしないで。
 だって死ぬの、死んでしまうの。私が何もできなかったせいで。私の仲間が、私の龍が、私の大切な人が───ひとり残らず消えてしまったの、私の目の前で!
 守れなかったの、何ひとつ。
 私に力がなかったせいで、だから力が欲しくて、だからだからだから。
 それなのにあなたが、それを否定するの。
 あなたが、いまさら。

「…………っ」

 ああ、どう言えばいい?
 こんな理不尽なことを今更言い出したこの馬鹿男に、どう罵声を浴びせてやればいい?

 ぶるぶると震えながら立ち尽くす私は、自分の感情に手一杯で、九郎さんの様子なんかちっとも目に入っていなかった。見えてはいたけど、その意味なんて考えなかった。
 九郎さんは相変わらず私の目を見ようとはしなかったけど、言いたいことだけを言って立ち去ることもしなかった。暴言の理由を説明する訳でもなく、かと言って謝って取り下げる素振りも見せなかった。
 九郎さんは源氏の総大将だから、頭ごなしに命じることに慣れている。だけど少なくとも私は今まで、九郎さんに本気でなにかを命令されたことはなかった。食い下がれば理由を教えてくれたし、それは九郎さんなりに私のことを考えてくれた結果だったから、それさえ理解することができれば、私も無闇に意地を張ることはしてこなかった。それがこれまでの私たちのやり取りだったし、それくらい九郎さんも知っているはず。こんな風に理由も明かさずに断定されて、私がおとなしく従うわけないってことくらい、知っているはずだ。
 埒が明かない。ともかくなにか言わなければと、必死に空気を吸い込んだ。

 

 

「……どうして」

 ようやく押し出した声は、我ながら面白いくらい掠れていた。
 それでもとにかく声が出たことで弾みがついて、私はぎっと九郎さんを睨み据えた。

「どうしてですかっ! 理由くらい言ってくださいっ!!」

「言えば従うのか」

 返事があまりに冷静だったものだから、私はもう、怒りで視界が歪むかと思った。
 こ、この、馬鹿。鈍感。横暴大将。

「聞かないうちから従えっこないでしょ!?」

「言ったところでお前が従うとは思えん」

 視線で人を傷つけることができるなら、今の私は九郎さんを軽くひねり倒せると思った。
 なんで私はこんなところで、守りたいと思ったひとを親の仇みたいに睨みつけているんだろう。そう思う気持ちもない訳じゃないけど、だってこれは九郎さんが絶対に悪い。

 認めてくれたと思ったのに、ここまで馬鹿にされて舐められるなんて。

「ふざけないでっ! 九郎さんなんか何も、なんにも知らないくせに」

 わたしが

 どれほど

 あなたをまもりたいと思っているか。

 悔しい、悔しい、悔しい。なんで分かってくれないの。
 私にはあなたを守る意思がある。ほんの僅かだけど、あなたのためになる力もある。
 なのにそれを使うこと、どうして今になってあなたは認めてくれないの。
 黙って見てろって言うんですか。あなたが危険にさらされていくのを。
 冗談じゃない、そんなこと絶対に、できる訳がない。

「……っぅ」

 泣くのは卑怯だと分かっている。でも、止められない。
 唇を咬みしめすぎて血の味がしたけど、嗚咽がこぼれるのを止められなかった。
 大体これは、断じて泣き落としのために涙が出てるんじゃない。れっきとした悔し涙だ。
 九郎さんがあんまりにも私のすべてを否定するから。

 私の好きな人が、私をこれ以上ないってくらい、一方的に否定するから。

「咬むな」

 九郎さんが初めて、困ったように声を揺らした。節くれだった指がすっと私の顎をひと撫でして、唇を這う。咬みついてやろうかと一瞬思ったけど、決戦前の総大将なんだから怪我させるのはさすがに不味いだろう、と考え直してやめた。

「怨霊は、どうする、気ですか」

「どうとでもできる。今までだって、お前が戦場の全ての怨霊を封じてきた訳じゃない」

「私は、自分を守れないほど、弱いですか」

「……いや、そういうことじゃない」

「だったら」

 もう何を言ってもムダだ、と悟った。この人はハナから、私の話を聞く気なんてないのだ。
 だったら、私は。

「九郎さんが総大将として私に命じるなら」

 私、は。

「私は龍神の神子として、八葉に命じます」

 私に与えられた、唯一の権威。

 

「神子として八葉と共に在ります。止めたいなら、私を斬ってでも止めればいい!」

 

 ───あなたが逆らえない役割を持ち出してでも、引き下がる訳にはいかない。

 

【8.冗談じゃない】了

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**反転コメンツ**
お題連作vol.8【冗談じゃない】語り手:望美。7章屋島の3部作2話目。本気でキレる望美。
相変わらずゲーム本編の流れを完全無視で突っ走っておりますので、ご了承願います。
あれー本当はもう少し甘いとこまで進めるハズだったのに、望美の怒りが激しすぎてそこまでいかなかったぞ(笑)。
まあいいや、九郎、頑張って挽回せいよ。決めるとこはビシッと決めろ。やればできる子だって信じてるからね!