目を合わせない

 

 今は余計なことを考えている場合ではない。
 あいつを見ていると、俺は途端におかしくなってしまうから。

 

 

 平家との戦は大詰めを迎えている。海戦に備えて水軍の増強が急務だったが、西国に至るまでの海域を奪い返される心配はもはやなく、この先の戦だけに集中することが可能になっている。
 いや、そうでなければならない。俺が揺れれば、勝てる戦も勝てなくなる。追い詰められた側が土壇場で敵を破ったためしなど山ほどあり、そうなればひとたび源氏有利と与した者たちまで、どう転ぶか油断はできないのだ。味方が勢いづいている今のうちに、平家との決着をつけておかねばならない。

 そう分かっているのに、心はひどく騒ぐ。

 船の上での戦よりも、俺はやはり駒を駆っているほうが性に合っている。だからこれほど潮風を受け続けているのも気分が落ち着かないし、目の前に見えているのに、近づけども遠ざかっていくような岸の風景もいまだ見慣れない。

 そして何より───望美。
 互いに逢うのを避け、軍議の折も顔を直視できず、声すらまともに聞いていない。何よりもあいつに申し訳ないという考えが先に立ち、かと言って謝罪しようにも、そもそも俺が何を仕出かしたのかを説明しなければならなくなる。そんなことはできない。俺がいかに卑怯で恥知らずな男なのかを知られるのも苦痛だが、何より望美自身が、好いてもいない男にそんなことをされたと知ったら傷つくだろう。

 どうして俺は望美を従軍させたのか。鎌倉か、せめて京にでも置いてくれば、俺が今これほど悩む必要もないものを。平家が怨霊を持ち出してきたのは今に始まったことではないし、望美と俺が出逢う前だって、源氏は怨霊と戦ってきた。あいつの持つ封印の力は、あれば役に立つというものであって、無ければ勝てないという訳でもあるまい。

 あいつをこれ以上、源氏の───俺の戦いに巻き込んでは、いけない。

 ようやくその結論を出して、俺は大きく息を吐いた。岸はもう、ずいぶんと近い。
 胃の腑がなにか得体の知れないものに炙られるような感覚を覚えたが、それには気づかないふりをした。

 

 

 上陸して陣を張り、夜営を命じる。実際に将兵を指揮するのは景時や弁慶も同様だが、最終的には俺の一声が必要になる。それが将たるもの。仲間の命を背負うものだ。
 けれど俺は……今の俺は、果たして『将』と言えるのだろうか?
 俺が考えているのは、真っ先に考えてしまうのは、戦うべき敵でも守るべき兵でもなく、ただひたすらに望美のことだけで。お前にどう伝えればいいのか、きっとお前は食ってかかるのだろうな、とか、本当に俺はお前のことしか考えられなくなっている。

 駄目だ。これでは俺は戦えない。

「……本気ですか九郎」

 望美を前線から下げて本陣に置いておく、と告げると、弁慶はしばらく黙り込んだのちにそう答えた。

「戦時に冗談など言わん」

「しかし敵も必死です。追い詰められた平家にまともな将はもはや少数、となれば怨霊の数は、今までとは比較になりませんよ」

 分かっている。そんなことは分かっている。
 けれど。

「怨霊だったら、あいつと出逢う前だって、俺たちだけで戦ってきた」

「甚大な被害をこうむりながら、ね」

 けれど、俺は、もう。

「……あいつを」

「九郎?」

「傷ついていくあいつを、見ていられない」

 何故、あんな少女が。
 武門の出でもないあんな娘が、花をまとって舞うのが誰より似合う娘が、時に泣き崩れるほどに苦しみながら、どうして先陣を戦い抜かねばならない?
 いくら気が強く威勢がよく見えても、戦に臨む覚悟を持っていても。

 あいつは、まだ若い、女なんだ。

 身体に心に傷を負いながら戦場で生きる、それが幸せなことであるはずがない。戦場に立つ敵味方の将兵すべて、それを幸せだと感じる者などいるはずがない。決して悟られてはならないが、俺でさえ、時折やりきれない思いにかられるんだ。
 望美、お前がこんな苦しみをこれ以上味わうなんて、俺はもう堪えられない。

 弁慶はまたしても黙っていた。やがて首をかしげる。

「……では、望美さんに話してごらんなさい。僕は彼女の結論に従います」

「お前が説得してくれないのか?」

「甘ったれないでください九郎。僕を納得させることもできないのなら、彼女を説得できるはずがないでしょうに」

「…………」

 弁慶の言いたいことも分かっている。奴は軍師だ。軍師という役目は、いかに味方の損害を小さくしながら敵に大きな打撃を与えるか、この目的を第一に策を考える。その弁慶からすれば、怨霊への切り札である『白龍の神子の封印の力』を考慮からはずすことなど有り得ない。

「望美さんとあなた自身が、きちんと話してきなさい」

 

 

 弁慶にそう叩っ切られたものの、なんと声をかけたらいいものやら思い浮かばず、ぐずぐずと思い悩むうちに日没を迎えた。
 じっとしていても妙案が浮かぶはずもなく、浜を歩く。篝火が浜を照らし、茫洋とした薄明かりが白い陣幕を包んでいた。夜営の灯りを見ると、そこには確かに命の営みがあるのだと安堵する反面、戦が終わるまでにどれほどの命が喪われていくのかと思うと、焦燥感に捕らわれた。勝っても負けても死ぬ者が出る、それが戦というものだ。
 俺はこの命の焔を、戦のあと、どれだけ無事に連れ帰ることができる?
 消えてしまう焔の中に万一お前がいたならば、俺はきっと正気ではいられまい。

 止めていた足を再び踏み出そうとして、背中に有り得ない声を聞く。

「……九郎さん」

 ずっと避けていた声。
 ずっと聞きたかった響き。

「望美……?」

 浜に打ち捨てられた流木の上。目を凝らすと、小さな影が座っていた。
 ついまじまじと顔を見つめてしまってから、眼差しを交わすのが久方ぶりだったということを思い出した。

「弁慶さんが、あの、九郎さんが私に話があるからって……」

 篝火の幽かな灯りさえ、その大きな瞳には静かな輝きとなって照り映える。
 ああ。やはりお前は望月の名に相応しいな。
 闇の中でも白く穏やかに、やわらかい輝きを放っている。

「……ああ、いや。何と言ったものか」

 俺は望美から顔をそむけた。

「いつからここにいたんだ? 西国とは言え、冬の寒さを甘く見るなよ」

「大丈夫です。朔に羽織るもの、借りてきてますから」

「そうか……いや、そういう訳にもいかんな」

「九郎さんの話って、なに?」

「気にするな。……お前はもう陣に戻れ」

 俺の煮え切らない返事は、望美には当然、通用しなかった。

「話を聞くまでは戻りません。九郎さん、私に話したいことって、なんですか?」

 このまま共に過ごしていては、またきっと、おかしくなる。
 だから訳の分からない発作が起こる前に、決めたことを告げねばならない。
 だから、早く。
 そう思うのに、こわばった俺の口は、なかなか言葉をつむぎ出そうとしなかった。

「望美。この先は平家との、存亡を賭けた激戦になる」

「……うん」

「だから」

 言え。はやく。
 深く息を吸い込み、ぐっと腹に力を入れる。
 武士たるもの男たるもの、決めたことを覆す道はない。

 

「───お前は、連れていかない」

 

 目を合わせずに、言い放った。

 

【7.目を合わせない】了

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**反転コメンツ**
お題連作vol.7【目を合わせない】語り手:九郎。7章屋島の3部作1話目。置いてけぼり宣言の九郎。
一連のお題シリーズはゲーム沿いでやってきましたが、この3部作だけは7章の流れ自体を無視させていただきます。
しかしどうせなら八艘跳びやってほしかったな…せっかく義経なのに。遙かの戦闘はジャンプ力のパラないし。(無双と混同すな)
術使ってナンボなので、集中力増加が4までしか覚えられない九郎は、実は個人的には使い勝手にやや不満(笑)。