| 今は余計なことを考えている場合ではない。 あいつを見ていると、俺は途端におかしくなってしまうから。
平家との戦は大詰めを迎えている。海戦に備えて水軍の増強が急務だったが、西国に至るまでの海域を奪い返される心配はもはやなく、この先の戦だけに集中することが可能になっている。 そう分かっているのに、心はひどく騒ぐ。 船の上での戦よりも、俺はやはり駒を駆っているほうが性に合っている。だからこれほど潮風を受け続けているのも気分が落ち着かないし、目の前に見えているのに、近づけども遠ざかっていくような岸の風景もいまだ見慣れない。 そして何より───望美。 どうして俺は望美を従軍させたのか。鎌倉か、せめて京にでも置いてくれば、俺が今これほど悩む必要もないものを。平家が怨霊を持ち出してきたのは今に始まったことではないし、望美と俺が出逢う前だって、源氏は怨霊と戦ってきた。あいつの持つ封印の力は、あれば役に立つというものであって、無ければ勝てないという訳でもあるまい。 あいつをこれ以上、源氏の───俺の戦いに巻き込んでは、いけない。 ようやくその結論を出して、俺は大きく息を吐いた。岸はもう、ずいぶんと近い。
上陸して陣を張り、夜営を命じる。実際に将兵を指揮するのは景時や弁慶も同様だが、最終的には俺の一声が必要になる。それが将たるもの。仲間の命を背負うものだ。 駄目だ。これでは俺は戦えない。 「……本気ですか九郎」 望美を前線から下げて本陣に置いておく、と告げると、弁慶はしばらく黙り込んだのちにそう答えた。 「戦時に冗談など言わん」 「しかし敵も必死です。追い詰められた平家にまともな将はもはや少数、となれば怨霊の数は、今までとは比較になりませんよ」 分かっている。そんなことは分かっている。 「怨霊だったら、あいつと出逢う前だって、俺たちだけで戦ってきた」 「甚大な被害をこうむりながら、ね」 けれど、俺は、もう。 「……あいつを」 「九郎?」 「傷ついていくあいつを、見ていられない」 何故、あんな少女が。 あいつは、まだ若い、女なんだ。 身体に心に傷を負いながら戦場で生きる、それが幸せなことであるはずがない。戦場に立つ敵味方の将兵すべて、それを幸せだと感じる者などいるはずがない。決して悟られてはならないが、俺でさえ、時折やりきれない思いにかられるんだ。 弁慶はまたしても黙っていた。やがて首をかしげる。 「……では、望美さんに話してごらんなさい。僕は彼女の結論に従います」 「お前が説得してくれないのか?」 「甘ったれないでください九郎。僕を納得させることもできないのなら、彼女を説得できるはずがないでしょうに」 「…………」 弁慶の言いたいことも分かっている。奴は軍師だ。軍師という役目は、いかに味方の損害を小さくしながら敵に大きな打撃を与えるか、この目的を第一に策を考える。その弁慶からすれば、怨霊への切り札である『白龍の神子の封印の力』を考慮からはずすことなど有り得ない。 「望美さんとあなた自身が、きちんと話してきなさい」
弁慶にそう叩っ切られたものの、なんと声をかけたらいいものやら思い浮かばず、ぐずぐずと思い悩むうちに日没を迎えた。 止めていた足を再び踏み出そうとして、背中に有り得ない声を聞く。 「……九郎さん」 ずっと避けていた声。 「望美……?」 浜に打ち捨てられた流木の上。目を凝らすと、小さな影が座っていた。 「弁慶さんが、あの、九郎さんが私に話があるからって……」 篝火の幽かな灯りさえ、その大きな瞳には静かな輝きとなって照り映える。 「……ああ、いや。何と言ったものか」 俺は望美から顔をそむけた。 「いつからここにいたんだ? 西国とは言え、冬の寒さを甘く見るなよ」 「大丈夫です。朔に羽織るもの、借りてきてますから」 「そうか……いや、そういう訳にもいかんな」 「九郎さんの話って、なに?」 「気にするな。……お前はもう陣に戻れ」 俺の煮え切らない返事は、望美には当然、通用しなかった。 「話を聞くまでは戻りません。九郎さん、私に話したいことって、なんですか?」 このまま共に過ごしていては、またきっと、おかしくなる。 「望美。この先は平家との、存亡を賭けた激戦になる」 「……うん」 「だから」 言え。はやく。
「───お前は、連れていかない」
目を合わせずに、言い放った。
【7.目を合わせない】了 |
**反転コメンツ**
お題連作vol.7【目を合わせない】語り手:九郎。7章屋島の3部作1話目。置いてけぼり宣言の九郎。
一連のお題シリーズはゲーム沿いでやってきましたが、この3部作だけは7章の流れ自体を無視させていただきます。
しかしどうせなら八艘跳びやってほしかったな…せっかく義経なのに。遙かの戦闘はジャンプ力のパラないし。(無双と混同すな)
術使ってナンボなので、集中力増加が4までしか覚えられない九郎は、実は個人的には使い勝手にやや不満(笑)。