優しくできない

 

  6-1.揶揄 ヒノエ

 さて、どうしてやろうか。オレは格好のオモチャを前に、思案する。
 そのオモチャは普段なら、自分の方からのこのこ近づいてきたりはしない。オレはオレで野郎をからかうよりもっと有意義なことに時間を使いたいから、必然的にこのオモチャで遊ぶことは、あんま無かったってこと。
 でもさ。向こうがわざわざのご指名だし、何より可愛い神子姫がらみの要件だからね。

「……つまり、九郎はなんで姫君が泣き出したのか、分かんないワケだ」

 オモチャ、もとい九郎は頷いた。

「別段、何か言い争いをしていた訳でもない。あいつが理由もなしに、あれほど取り乱すとは、どうしても思えない」

 馬鹿だねぇ。オレの感想は、その一言に尽きる。
 姫君が男の前で泣き出したのなら、そりゃどう考えたってそいつのせいじゃん。

「どうせあんたのことだ、また何か余計なことでも口走ったんじゃないの?」

「…………」

 反論できないんだ。青いねぇ……。自覚症状があるだけまだ救いがあるってか?
 最近の神子姫───望美は、オレが見ても時折ゾクゾクするような冴えを見せる。不可能だと思われるほど急峻な崖からの奇襲を成功させ、その後のタヌキとのやり取りでも、結果的に九郎の首がつながったのは望美のおかげだ。オレはこれでも神職だからね、そういう預言めいた存在には弱いのさ。もちろん理由はそれだけじゃなくて、望美自身がすこぶる魅力的だから、だけど。

「何か知ってんのかもね。オレやあんたの知らない何かを」

「……そうかもしれん」

 望美があんなに必死の表情で九郎の意思を否定するとこなんて、オレは初めて見た。たぶんオレだけじゃない、あの喰えない叔父貴も同様だったんだろう。いつもは滅多に表面に出さない驚き、オレなら見破れるから。形振り構わずにむしゃぶりつく女の顔があんなに綺麗だなんて、ホント、あの姫君はこの戦馬鹿には勿体ないよ。
 それに、九郎はさして気にしなかったようだけど、望美の持ってたあの書状。見せてもらったけど、あれは確かに九郎の字だ。なんで望美がそんなものを持っていたのか、訊こうと思ったけどやめた。あんなに儚い笑顔を見るくらいなら、そんな疑問は些細なことだから。
 好きな女を泣かせるなんて、最低な男のすることだぜ。なあ、九郎?

「あーあ、しっかし姫君も趣味が良くないよね。こんな朴念仁に泣きつくなんて」

「どういう意味だ」

「そのまんま。だって九郎なんて、気の利いた慰めひとつ言えないじゃん」

 こうしてオレに相談するあたり、ほんと鈍い。まあ譲んとこに行かないだけマシだけど。
 奪られる隙を与えてるのに気づいてないのか、それともそんなことでは動じないほど、神子姫の心を離さないのに自信があるのか……おいおい前者だろどう考えても。
 性格のねじくれ曲がったあの叔父が、どうしてこいつを見限らないのか、少し分かった気がする。見限らなくても墓穴を掘っていくもんだから、つい情が移ったんだな。むしろ、この直情馬鹿をうまく導いてこそ、自分にも箔がつくとか何とか考えたに違いない。

 九郎はむっと眉をしかめたけど、やっぱり反論はしてこなかった。

「……だから、訊いている。あいつだって、お前や弁慶にこぼす方が、もっと気持ちを汲み取ってもらえるだろうに、なぜ俺なのかと」

 九郎。それ、イヤミで言ってるつもりなら、最上級の逸品だぜ。望美はあんたに伝えたいんだ、あんたじゃなきゃ意味がないんだ。あんなにはっきり態度に出てるのに、どうしてこいつは優しい言葉の一つも咄嗟にかけてやれないのか。
 ああ、なんかアホらしくなってきた。惚気られてるのなんか性に合わない。

「……原因は分かんないけどさ。気になるんなら、ご機嫌が直るようなこと、してやれば?」

 これ以上、こんな無意味な相談に、貴重な時間を潰されてたまるか。立ち上がったオレの背に、九郎の慌てたような声が飛ぶ。

「おいっ、ヒノエ!」

「何をすればいいかなんて訊くなよ。それくらい自分で考えな」

 退くと決めたら、ためらわずに迅速に。それが戦の掟ってもんだろ?
 それすらできないほど困難な戦なんて、恋路くらいしかオレは知らない。ましてあの九郎じゃ、到底そんな芸当は無理だろうね。
 まったく、なんて不器用な奴なんだ。オレはかみ殺しきれない笑いを口元に浮かべた。
 さて、お手並み拝見といこうか? じゃなきゃ望美はオレがもらうよ。

 

 

  6-2.発見 有川 将臣

 まったく、こいつらは。
 すぐ隣と、三歩遅れたあたりからついてくる足音に、俺は内心で愚痴をこぼす。喧嘩ならお前らの好きなだけやってくれ、けどな、俺を巻き込むなよ。

「おい、こっちの世界の朝夷奈っちゃ、この辺なのか?」

「……そう、だな。もうじき山道に入るが、その付近だ」

 三歩後ろから声が返る。そのつど、隣の気配がびくつく。
 九郎がこないだ望美を誘ったってのは、どうも壊滅的な失敗に終わったらしい。それは別にどうでもいいんだけどよ、こいつらにしては珍しく、いつまでもずるずる引きずっている。今だって正直、後ろからの視線が痛てぇっての。だから、俺に当たるなよ。
 ちらりと脇を見やる。望美の表情は少し俯いてて見えにくいが、顔を上げないで黙り込んでるんなら、そりゃヘコんでるってことだろ。

「結構、遠いな。あーあっと……どうせなら譲に弁当でも作らせりゃよかったか?」

「将臣くんてば、譲くんが聞いたら怒るよ、それ」

 あー心配すんな、あいつが怒るのはお前以外の奴だけだから。
 ……うお、後ろの視線に殺気がこもったぞ。勘弁してくれよ、こんなところで仮にも相方の八葉に殺られるなんて、報われねぇ。

「あれ……なにこれ、花がいっぱい……枯れてる?」

 腹減ったな、やっぱ弁当持ってくるんだった、なんて考えてたもんで、望美がそう声を上げるまで、俺は周囲の光景に無頓着だった。言われてみれば確かにこの場所だけ、やたらと立ち枯れた植物が目立つ。
 こっちの人間である九郎にも、この状態は意外だったようで、ひとしきり首を傾げたあとに『とにかく呪詛を探そう』という話に落ち着く。ちなみに譲たちと望美で、既に一つは呪詛を払ったらしく、得体の知れない紙人形みたいな形をしているそうだ。ったく、あいつも面倒なことばっかしやがって……。

 俺はこれ幸いと、こいつらの元を離れようとした。触らぬ神にたたり無し、ってやつだ。外野がいると話しづらいってこともあるだろうしな。
 だのに九郎のアホは、自分まで望美のそばを離れていこうとする。

「藪に入る気でいるのか? 馬鹿、お前が行ったら怪我するだけだろう、俺が行く」

「あ、九郎さん……」

「ここにいろ。将臣、こいつを見ていてくれ」

 なんつーか、アレだ。つくづく機微ってのに疎い奴だな、俺の相方は。望美を気遣っての行動であることは間違いないんだが、あれじゃこいつには伝わんねぇぞ。
 道端に取り残されて二人、何となく微妙な沈黙。

「言いたいんなら、話くらいは聞くぜ?」

「……ううん、いいよ。でもありがとう、将臣くん」

 望美が俺を見上げた。こいつは、こんな顔して笑う奴だっただろうか。
 俺の知っているこいつの笑顔は、もっと屈託がなくて、幼い印象しか残っていない。目の前にある笑顔は、初めて見るものだった。

「……わっ!」

「っと、あ、悪りぃ!」

 急に強い風が通り過ぎて、望美の髪が俺の篭手に絡まった。ブチ切っちまえば楽だけどな、女の髪じゃそういうワケにもいかない。仕方なく解き始めたはいいものの、利き手のほうに絡まってるから、なかなか上手い具合にいかなかった。
 そうこうするうちに、案の定。

「これか? ……っ!」

 戻ってきた九郎が、俺たちを見て固まった。
 ……ばーか。お前、なんてツラしてんだよ、九郎。

「おー助かった。おい九郎、解いてくれよ、コレ」

「まっ、将臣くん!? いいよ、切っちゃえばすぐでしょ!?」

「なっ何をしてるんだ、お前ら!!」

 密着状態の俺たちに、九郎が怒鳴る。なんでこいつはすぐに真っ赤になるんだ?

「こいつの髪が篭手に絡まっちまってな。利き手が使えないんで、俺にゃ解けない」

 九郎はしばらく逡巡しているようだったが、やがて近づいてきて、解くのを手伝い始めた。奴の手が動くたびに、幼馴染みの身体がびくりと震えているのが伝わってきて、俺は不憫な弟に、思わず心の中で合掌した。

 

 

  6-3.予感 平 敦盛

 鎌倉での怪異の元凶は、惟盛殿の仕掛けた呪詛だった。それを解決した以上、将臣殿がこの地に留まる理由はもはやなく、神子のもとを辞していかれた。譲殿は怒っていたようだが、神子はいつも通りに笑って見送り、だがやはり寂しげな目をしていたと思う。
 将臣殿のことを、神子に言わずにおいていること。それが正しいのか正しくないのか、私には分からない。ただ、将臣殿の存在は、平家にとって唯一の希望だ。血のつらなりが無いからこそ、取れる手も選べる道もあり、そしてそれを掴み取るだけの力を持つ。神子、あなたが源氏に身を置き、それでいて時に九郎殿を叱咤するのと、同じことだ。

「敦盛さん、笛を聴かせてもらえませんか」

 神子は時折、私の笛を所望することがある。それは大抵、神子にとって何か心を揺らす出来事があったときで、あれほど凛とした意思で戦の中を進むあなたでも、やはり親しい者との別れはつらいのだな、と思い当たった。
 そこまで考えて、ふと気づく。あなたは神子だが、その前に一人の女人で、武門の生まれでもない。そのあなたが、幼馴染みとの別れをつらく思わない訳がない。私も遠い昔、熊野を去る折には涙した覚えがある。もっと早く神子の哀しみに気づけたはずなのに、こうしてあなたから言い出すまで何もしない自分が歯がゆかった。

「神子、あなたが望むなら」

 ままにならない言葉より、音色のほうが、神子と通じ合える気がする。この身はすでに腐り果てたむくろ、それでもこの笛は、かつてと変わらない響きをうたう。それはこの笛のおかげか、それとも聴いてくれるあなたの力か。
 一曲を終えて目を開けると、神子は静かに笑っていた。

「敦盛さんの笛は、優しい気持ちになれますね」

「そうだろうか。私にはよく分からないが、神子の心が安らうなら、嬉しい」

「うん。きっと敦盛さんが優しいから」

 神子に真っ直ぐにそう言われると、私はどう返事をしたものか、困る。そんな風に言ってもらう資格のないことは、自分が一番よく知っている。けれど神子の言葉に嘘がないことも分かるから、神子の意思を真っ向から否定するような言葉を返すのも躊躇われた。

「……いや、やはり神子がそういう気持ちで聴いてくれているから、だろう」

 だから私の力ではない。
 私の言葉にも、神子は笑ったままだった。

「神子の言葉を疑うんですか?」

「そ、そういう訳ではないが……」

 ふふふと声を立てて、冗談ですごめんなさい、と神子がつぶやいた。神子、あなたがそうやって笑っていられれば、ずっと笑顔が絶えることがなければいいと、そう思う。有り得ないことだと分かっていたけれど。
 分かっている。神子はこの先きっと、哀しむことになるだろう。将臣殿の平家での立場だけではない、そもそもあなたは戦に身を置くには優しすぎる。別離に、慣れていない。現に今だって、儚い笑顔の奥に透けて見えるのは、深い悲嘆。
 九郎殿となにかあったらしい、ということは、あまり他者と関わらない私でも知っている。知らざるを得ないほど、神子と九郎殿が並んでいる姿は自然で、だからこそ今のそうではない状況に違和感を覚える。

「神子……その、差し出がましいことを言うようだが」

「敦盛さんはいつも控えめすぎるんだもの、差し出がましいくらいでちょうどいいですよ」

 神子。あなたの言葉はいつも、私の救いになる。
 いつかこの世界の五行に還る日が来るなら、あなたの言霊で眠らせてほしい。

「伝えたいことがあるなら、後悔することのないよう、伝えておくほうが良いと思う」

「……やだなぁ、敦盛さんまで。私そんなに変ですか」

「今日言葉を交わせても、明日には今生の別れが来るかもしれないのだから」

 神子から笑顔が消えた。裏に隠されていた悲嘆が浮かび上がる。
 これ以上、神子の心が傷つかなければいいと思う。けれどそれは叶わないことなのだ、という予感が私の内には宿っていた。
 私は再び笛を奏でた。神子のしのび泣く声が、誰にも届かないように。

 

【6.優しくできない】了

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**反転コメンツ**
お題連作vol.6【優しくできない】語り手:ヒノエ・将臣・敦盛。6章鎌倉オムニバス。
いきなり鎌倉案内とか言われて「どうした悪いもんでも食ったのか」と思った。なので誰かにアドバイスもらったのかな、と。
朝夷奈の呪詛探しは、ゲームでは里の童女が出たり全員その場にいたりするけど、都合により捏造して神子と青龍のみ(笑)。
将臣エピソードの後日談を単発作品の方で補足しております。