忘れられない

 

 私はもう、自分の手の届かないところで、誰かを喪いたくはなかった。
 なのに。それなのに。

 

 

「……あら、起きたのね。うたた寝なんてしていると、風邪をひいてしまうわよ」

 不意に聞こえてきた朔の声に、はっとした。私はどこへ向かっていた?

「朔……ここ、どこ、だっけ?」

 なるべく、寝ぼけた自然な感じに聞こえますように。必死にそう念じながら、私はもっとも知りたいことで、もっとも恐れていることを尋ねた。

「まあ。疲れているの? 福原へ向かう途中よ、忘れてしまったかしら?」

 親友の笑顔はいつも通り、静かで落ち着いたものだった。それでも不安は拭えない。
 私はちゃんと、戻ってこれた?

「……九郎、さんは?」

「九郎殿なら、弁慶殿と兄上と、陣幕にいらっしゃると思うわよ」

 朔の言葉は耳に入ってきている、ちゃんと理解もできている。
 でも、だめなの。
 あなたの姿をこの目で見るまで、不安ばかりが募っていくの。

「……望美!?」

 後先を考えずに駆け出した。
 はやく、はやく、もっと速く。どうして私の足は、これだけの速さでしか走れない?
 陣幕に飛び込むと、驚いたように振り返る弁慶さん、景時さん。そして。

 ───九郎、さん。

「…………っ」

「どうした!? 怨霊の気配か!?」

 慌てた様子で大股に歩み寄る、その白地の笹竜胆。

「おい! 望美!?」

「…………っっ」

 ───全身から込み上げたものが、あっという間に目から溢れ出した。

 

 

「……どうしたんだ一体。お前がここまで取り乱すなど」

 私が大声で泣きながら九郎さんにしがみついて離れなかったので、話し合いは一時中断という形になった。いつの間にか、弁慶さんと景時さんはいなくなっていた。
 でもそのときの私にはそんなことすら気づけず、ただわぁわぁと泣き続けていた。

「くろ、さ……ッ、くろう、さん……!!」

 私の手は、夢を抱きしめている?
 このぬくもりは本当のもの?
 声にならない。もう何も考えることができない。

「望美」

 困ったように頭に置かれた手。私は必死に、そのおおきな掌を握り締めて引き寄せた。

「泣くな。俺が、困る」

 いや、だ。
 いやだいやだいやだ。あなたをうしないたくない。
 私にこんな思いをさせてるんだもの、九郎さんだって少しくらい困ればいい。

「……っふ、ぅ……っ」

 ぬくもりが、私をすっぽり包み込んだ。

「望美」

 九郎さん。もっと話して。あなたの声を聞かせて。

「お前がそんな風に泣いていると、俺も、つらい」

 九郎さん。九郎さん。九郎さん。

「望美……」

 無骨な指が、私の頬を撫でた。これって涙を拭ってくれてるつもりですか、九郎さん?
 強すぎて痛いよ。ほんとに不器用なひとなんだから。

「くろう、さん……しんじゃ、いやだ」

 泣き喚いていたせいでつっかえつっかえ言うと、九郎さんが身じろぐ気配が伝わる。

「……俺が死ぬ、夢でも見たのか?」

 夢じゃない。ゆめじゃない。そうならどんなに良かったか。
 あなたは死んだの。あなたの知らない、未来のあなたは、死んでしまったの。
 助けることすらできずに。

「ほら」

 九郎さんの胸に抱きこまれるかたちになっていたのが、ぐいと顎を持ち上げられた。

「俺を見ろ」

 ああ今私は、ひどい顔をしてるんだろうな。
 泣きすぎて麻痺した頭の片隅で、ぼんやりと、そんなどうでもいいことを思った。

「生きている」

 九郎さん。

「俺は、生きているだろう?」

 九郎、さん。

「大丈夫だ」

 なにを根拠にそんなこと言うの。
 そう言ってやりたいとは思うけど、それより先に安堵が広がってしまうのだから、本当に私ってどうしようもない。
 止まりかけた涙が、またこぼれた。

 ───まもるんだ、と思った。

 私がまもるんだ。優しくて不器用で、誰よりも純粋な、このひとを。
 そうじゃなければ死んでしまう。私が、つらくて死んでしまう。

 九郎さん。私、あなたに殺されかけました。

 

 

 私は弱くて愚かで、先を見通すこともできなくて。
 だから何度も何度もやり直す。あなたが生きている、現実を。
 でも、忘れない。忘れられる訳がない。あなたが辿った末路のすべてを。

 あなたの記憶に残らなくても、私はずっと、忘れない。

 

【5.忘れられない】了

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**反転コメンツ**
お題連作vol.5【忘れられない】語り手:望美。5章福原で腰越状入手→時空跳躍直後。
全キャラ攻略するとやっぱり思うけど、九郎ルートって一旦死亡時の他キャラのリアクション、うすい…。
掘り下げ不足でモッタイナイ。そのぶん、十六夜での爆発的萌えが待っていたワケですが(苦笑)。
単発作品の方で、牢屋イベントの補完SSも書いております。