ワリに合わない

 

 この先を知っているのは私だけで、みんなにとっては───九郎さんにとっては初めての出来事なんだってことくらい、頭では分かってるつもりだった。
 でも、それが悔しくなることもある。本当に私って覚悟が足りてない。

 

 

「この笛なら、熊野の神も宝と認めてくれるか?」

 田辺でヒノエくんと話をしていた私に、九郎さんはそう言った。
 熊野水軍への依頼が成功するように、この現熊野権現にお参りをしようかという話になっていたんだけど、奉納できるようなものが何もなかった。そこに降ってわいた九郎さんの一声で、私は思わず九郎さんを見上げた。

「へぇ……なんで九郎がこんないいもの持ってんのさ?」

 ヒノエくんが不思議そうな、面白がるような顔で覗き込む。私もふと、九郎さんの手に納まった笛に、目を落とした。
 なんて言うんだろう、見た目もすごく綺麗なんだけど、それ以上に。
 この笛が持っている空気はとても清浄で、とても気高い、と思った。持ち主である九郎さん自身のように。

「後白河院から賜ったものだが……俺には笛の心得はなくてな、持て余していた」

「…………」

 九郎さんらしい。なんかもう、この上なく九郎さんらしいよ、その理由。
 思わず噴出した私をじろっと睨んで、九郎さんはさっさと「奉納してくる」と行ってしまった。
なおも笑っていた私に、ヒノエくんは変なことを言う。

「お前が奉納したいって言ったから、九郎はなんとかしてやりたいって思った訳だ」

「え?」

 それは確かに、私の一言がきっかけだったとは思うけど……。
 そんな私に、妬けるね、と呟いて、ヒノエくんは弁慶さんの方を振り返った。

「なあ、あんたと九郎の馴れ初め話、姫君にはしたのかい?」

「いいえ。……ああ、そういうことですか」

 な、なに? なにを二人で意味深な会話をして納得しちゃってるの??
 追い討ちをかけるように、譲くんまで呟く。

「五条大橋、ですね」

「おや、譲くんはご存知なんですか? お恥ずかしい限りです」

「あの、譲くん……? ヒノエくんも弁慶さんも、なんの話してるの?」

 疑問だらけの私に、譲くんは苦笑を見せた。

「先輩。九郎さんは、多分ですけど、ちゃんと笛を吹けますよ」

「え」

 なに、それ。なにそれっ!
 じゃあ私の我侭で、九郎さんはあんなに立派な笛を、法皇様からもらったほど大事なものを、手放しちゃったっていうの!?

「なんで、そんな……私、九郎さん止めてくるっ!」

 駆け出そうとした私の手は、ヒノエくんに捕まっていた。

「待ちなよ姫君。九郎を道化にするつもりかい?」

「だって」

「ヒノエの言う通りですよ、望美さん。九郎が自ら言い出したことです、君が気に病むことはありません」

 でも、でも、でも!
 ああなんか、私ってもう最低だ。これじゃ九郎さんを利用してるだけじゃない。

「何を騒いでいるんだ。お前も神子を名乗るなら、神域で粗相をするな」

「……九郎さんっ!」

 遅かった。九郎さんはもう、あの笛を奉納して、戻ってきてしまった。
 一度納めたものを返せだなんてことは、いくらなんでも言えない。これから熊野水軍に話をつけに行くのなら、なおさらだ。
 私の表情で、大方の事情を察したのだろう。九郎さんはふと頬を緩めると、私の頭にぽんと手を置いた。

「───お前が気にすることじゃない。俺が、こうしたかったんだ」

 

 

 そのことが心に引っかかっていたから、私は九郎さんに非常に失礼なことを言われた時も、普段のような言い争いはしなかった。本当だったら横っ面のひとつも張って、怒鳴りたおしてやりたいくらいだ。

「お前、これからしばらく、しとやかな姫君で通せ」

 そりゃあね、おしとやかとはほど遠いってことは自覚してますよ。ふんだ。
 でも、元はと言えば、九郎さんが花断ちを身につけろって言ったんじゃない……。

「それなら望美、市で布地を見ていきましょう。簪や帯も、そろえないと」

 がぜん、朔がわくわくした様子で、私の袖を掴んだ。うぅ、朔、オーラがこわいよ。
 綺麗な衣装を着るのが嫌だってわけじゃないけど、普段がこのスカート姿だから、動きづらいことこの上ないのだ。実際、パジャマ代わりの単の着物だって、最近ようやく裾を踏まないようになってきたくらい。

「ああ、いいね。オレも姫君の艶姿、ぜひ拝んでみたいな」

 ヒノエくんがにやにやしながら言った。だから私は見世物じゃないんだってば!

「うん、私の神子だもの、装えばもっと美しくなるよ」

 白龍まで……。
 私はこの時、孤立無援の状態に陥っていることを知る。
 そのまま朔に引きずられ、トドメを刺してくれた白龍を荷物持ちに任命し、私たちは勝浦の市を見て回った。

「これなんか、どうかしら。あなたは明るい色がよく似合うと思うわ」

「うん、素敵だよ、神子。朔、合わせるなら帯はこれがいいと思う」

「あら! 白龍、あなた趣味がいいのねえ」

 私そっちのけできゃいきゃいはしゃぐ、朔と白龍。もうげんなりしてきた。

「お嬢さんがた、ずいぶん奮発するんだねぇ。色仕掛けでもするのかい?」

「えぇ? そんなんじゃないですよ」

 店主のおばさんに言われて、私は驚いて言い返した。おばさんは大きく笑う。

「まあまあ。でもあんたなら、ウチの絹地を着れば、本当にひとかどのお姫様になれるよ」

 なんだセールストークか、びっくりした……。
 でも、その一言で、気がついた。

 神泉苑での雨乞いのとき、私は法皇様に気に入られて、連れていかれそうになった。私にそんなつもりは全然なかったけど、もし法皇様に近づきたいと考える女の人なら、ああやって気を引く踊りをすればいい。
 じゃあ、熊野棟梁に気に入られるように着飾ったら、今度はどうなるの?

 ───九郎さんは、源氏の優勢を得るために、私を差し出すの?

「……望美? 疲れたの? 顔色が悪いわよ」

「え、あ、ううん大丈夫。大丈夫だから……」

「神子、無理をしないほうがいい。今日はもう戻ろう」

 九郎さんはどういうつもりで、姫君で通せと言ったんだろう。
 私はもう、源氏には……九郎さんには、要らないって意味なのかな。許婚とか、いろいろからかわれて、もう嫌気がさしたのかな。

「……そうだよ、何を勘違いしてたのかな、私ってば」

 九郎さんにとって一番大事なのは、源氏だ。源氏が、勝つことだ。そのためにはどんな努力も惜しまないし、理不尽だと感じる作戦でも黙って従うひとだ。
 九郎さんはそうやって、望まれればなんでも差し出してしまうんだ。笛も、私も。

 ───それだけの、こと、なんだ。

「望美……?」

「神子? 神子の気、急に沈んだよ。何があなたを哀しませるの?」

 朔と白龍、ついでにお店の人には悪いけど、私にはもう、返事をできる元気はなかった。様子を察してくれた朔に手を引かれ、白龍に肩を支えられながら、宿までの道のりをどうやって歩いたのか分からなかった。

 ───ばか、ばか、ばか。わたしのきもち、わかってない。

 私の気持ちってなに? そんなの私にも分からない。
 どうしてこんなに傷ついた、裏切られた気分になるのか、私にだって分からない。
 分からないから、ただ、歩いた。早く眠って、忘れてしまいたかった。

 

 

 ねえ九郎さん。あなたが知らないあなたを、私はたくさん知っている。
 あなたが私を知る以上に、私はあなたを知ってるんだよ。
 それがこんなに辛いことだなんて、今まで全然気づかなかった。馬鹿だね、私。

 ───九郎さん。今のあなたにとって、私は必要な存在ですか?

 

【4.ワリに合わない】了

BACK         INDEX         NEXT


**反転コメンツ**
お題連作vol.4【ワリに合わない】語り手:望美。4章熊野で笛奉納&着飾れ発言のイベント。
実はプレイ1周目ですでにヒノエのアジトを聞き出していたため、笛イベントの存在をまったく知りませんでした(笑)。
笛吹き牛若丸と薙刀弁慶の五条対決っちゃ有名どころだろ! 言い訳がお粗末すぎるよ九郎。
ちなみにこの話の神子はヒノエが熊野棟梁だとはまだ知らない状態。