笑ってくれない

 

  2-1.依頼 梶原 景時

 オレの前で書状を繰っていた九郎が顔を上げたのは、もう夕刻になってからだった。

「もうこんな刻限か。では俺は六条堀川へ戻る」

「あ、うん、分かった。雨乞い頑張ってね九郎〜」

 九郎とはしばらくの間、別行動になる。法住寺殿のご命令で、大がかりな雨乞いをやることになったから、頼朝様の名代として九郎が出席しなきゃならない。オレなんかはさして位もない下っ端武士だから気楽なもんだけど、九郎はそうもいかないんだよね。ああほら、また眉間にシワが寄ってるよ……オレより若いのに。

「俺がやる訳じゃない。院の御意向だからな」

 言いながら九郎は溜め息をついた。うわ、今のソレ、いかにも『疲れきってます〜』って感じだったよ。えぇと、このあいだ望美ちゃんが言ってたな、なんだったっけ……。

「九郎、今の、"りすとらに怯えるさらりぃまん"みたいだよ」

「……景時、あいつの言うことをいちいち復唱するな」

 ははは。褒め言葉じゃないってのは、意味が分からなくても何となく通じるんだよね。
 あれ。今、九郎の眉間のシワ、ちょっと減ったぞ?

「だって面白いんだよ、望美ちゃんたちの話って。九郎も聞けばいいのに」

「そんな暇があるか」

 言いながら九郎は立ち上がった。でも、その声には確かに、苛立ちの代わりに僅かな笑みが含まれてた。
 ふーん……。

「───望美のこと、よろしく頼む」

「御意〜」

 ひらひら手を振って見送りながら、オレは今の九郎の変化について考え、ついでに望美ちゃんのことも考えてみた。なんで九郎は、望美ちゃんのことだけを名指しで頼んでいったんだろう、って。
 『ついで』扱いになっちゃったのは、この時はまだ、この先あの二人にどんなことが起こっていくのか、全然予想もつかなかったからだ。仕方ないよね、オレは千里眼でもなんでもない、ただのしがない陰陽師兼武士だもん。
 九郎はたいがい不器用な奴だから、ひとつのことにキリキリし始めると、それが首尾よく終わるまで、顔がぴきぴき強張るんだ。だから、雨乞いなんていう一大行事の前に、あんなふうにふっと緩んだ表情を見せるなんて、少なくともオレはすごく驚いた。
 九郎は自分で分かってるのかな。望美ちゃんの話をする時の自分が、どんなくつろいだ顔をしているのか。

 九郎は、とても危険だ。いろいろな意味で。それをオレは知ってる。
 でもオレは同時に、素顔の九郎がどんなにいい奴かも、才能や手柄を鼻にかけたりは絶対にしないことも知ってる。九郎は否応なしに、それこそ九郎自身の意思など関係ないところで、人を惹きつけるんだ。そしてそれこそが───脅威となる。

 九郎の味方は弁慶くらいしかいない。いないんだ、本当に。源氏の忠誠はすべてが鎌倉へ向かっていて───それは当の九郎でさえも───、九郎自身のために動く御家人など、誰ひとり、いない。九郎は常に、味方の振りをした敵に囲まれているんだ。そしてそれを分かろうともしない九郎に、オレは時々、全てをかなぐり捨てて叫び出したくなる。だってオレはできることなら、九郎の味方でいてやりたいと思うから。

 九郎。オレがこんなこと言えた義理じゃないけど。
 味方を見つけてほしいんだ。たった一人でもいい、心の底からの、自分の味方を。
 望美ちゃん。オレが頼むのは筋違いだって分かってるけど。
 できれば君だけは、九郎を九郎のままで見てやってほしいんだ。

 九郎に微笑みをもたらした、君だから。

 

 

  2-2.証言 梶原 朔

「信じらんない、人がお礼言ってるのになによあの態度!」

 ……まだ腹立ちが収まらないみたいね。神泉苑から帰ってきて、もう夕餉も終えたというのに、望美の口からは勢いのある言葉が時折飛び出してきてる。

「だいたいあの場で笑顔のひとつも見せないで、なにが許婚よ。猿芝居って言われたって文句言えないんだからねっ」

 いけないとは思うのだけど、つい笑ってしまう。
 だって望美、あなた、自分で気づいていないのかしら。

「……なに、朔まで笑うの?」

 途端に望美の眉尻が下がる。慌てて笑いをかみ殺した。

「そ、そんなことじゃないわ。ただ、どうしても微笑ましいものだから……」

 笑顔を向けて、ほしいのでしょう?
 向かい合って見つめ合って、やさしく笑いかけてほしいのでしょう?
 そんな気持ちをあらわす言葉、私はひとつしか知らないわ。

「あんなに喧嘩腰なのに、微笑ましいってどういうこと?」

 首を傾げた望美は、とても無邪気で愛らしい。この顔をそのまま九郎殿に見せれば、いくら朴念仁の九郎殿でも、気づいてくださると思うのだけれど。そう思うかたわら、兄上にからかわれて断固否定していた九郎殿の、真っ赤なお顔を思い出す。
 どうやら、負けず劣らずの照れ屋というところかしら。望美も、九郎殿も。

「ふふ……。笑いかけることだけが、許婚らしいお芝居じゃないでしょう?」

「だって朔、お芝居のことは抜きにしても、私、九郎さんの笑った顔なんて見てないよ」

「兄上や弁慶殿とは違うわよ。九郎殿は、人前ではあまり表情を崩さないかただし」

「そうかなぁ。私だけだと思う」

 私は望美に気づかれないようにそっと、息をついた。
 望美は近づきすぎていて、分からなかったようだけれど。
 『許婚です』と高らかに言い放った九郎殿の、その誇らしげなお顔。さりげなく院の視線から望美をかばう位置にずらされた姿勢。あなたの着物さえ丈の長い装いであれば、まるでいにしえの恋絵巻を見ているように、凛々しい若武者と姫の姿だったわよ。

「忍ぶれど色に出りけり……ということね」

「? なにそれ?」

 まあ。望美、あなた、九郎殿のことを非難できないのではないかしら。
 私に言わせてもらえば、どちらもどちらといったところよ、その鈍さは。可愛らしい年頃の女性なのに、今までそういうお相手は誰もいなかったのかしら。……譲殿もお気の毒ね、あれだけ一途に想っているというのに、望美は気づいてもいないなんて。
 望美。やっぱりあなた、九郎殿といい勝負だと思うわよ。

 微笑ましい気持ちで、私は年齢の割に幼いこころの親友に、一つの証言をした。

「京の実力者である九郎殿に言い寄る姫は多いけれど、九郎殿がご自身でお認めになられた方は、ひとりもいらっしゃらないわよ?」

 その九郎殿にそう言わせたということの重さ、まだあなたには分からないかしらね。

 

 

  2-3.疑問 白龍

 神子と九郎が、また言いあらそいをしている。私はとても、さびしい。
 どうして人は諍うのかな。神子は九郎がきらいなのかな。九郎は神子がきらいなのかな。
 神子と八葉はつながっている。だから、仲良くした方が力がつよまる。

「ねえ、神子。神子はどうして、九郎と言いあらそうの?」

 神子。私はそんなにおかしなことを訊いた?
 神子はびっくりしたような顔をして、それからちょっとさびしそうに笑った。
 神子、おかしいよ。人は、うれしいから笑うのでしょう? "うれしい"と"さびしい"は、とてもとても遠いきもちだよ。

「別に喧嘩したい訳じゃないんだよ……ただ、つい、ね」

 つい、ってなんだろう。えっと、神子はほんとうは、九郎とあらそいたくないの?
 人の言の葉はむずかしい。でも、人のきもちはもっとむずかしい。

「神子は九郎がきらいなの?」

 神子はさっきより、もっとびっくりした顔をして、頭をなでてくれた。

「違うよ! ……ごめん、白龍を不安にさせちゃってたんだね」

 ううん、神子。私のことはいいんだよ。神子のことが、とても心配。
 神子、気づいてない? 九郎とあらそった後の神子の気、とても沈んでいる。私はあなたの龍だから、あなたのこころがそのまま伝わってくるんだよ。

「ちゃんと九郎さんと仲直りするから、白龍が不安になることなんか、何もないんだよ?」

 神子、神子、神子。ちがうよ、私の訊きたいのはそうじゃなくてね。
 うまく言えなくて、おなかのあたりがむずむずする。私がもっと力を得られれば、もっとちゃんと、神子に伝えられるのかな。

 神子にうまく言えなくて、九郎のところに行ってみた。

「九郎は神子のことがきらい?」

「なっ……何を馬鹿な!」

 九郎がおおきな声を出すと、私は今でも、すこしびっくりしてしまう。それを見ると九郎はいつも、すまんと言って私の頭をくしゃくしゃとする。神子とはちがうやり方だけど、九郎の手も、私はすきだよ。

「そんなことは……ないぞ」

 ねえ、九郎。神子ほどはっきりじゃないけど、八葉のこころも私には伝わるんだよ。
 九郎の気も、神子とあらそった後、とても沈んでいる。神子も九郎も、いつもはとても明るくかがやく陽の気だから、沈んでいるとすぐに分かる。ひとにだって、中天を駆ける日輪の存在は、照るも翳るも、すぐに分かるでしょう? それとおなじことだよ。

「じゃあ、九郎は神子のことがすき?」

「…………っ」

「きらいじゃないと、すきは、同じじゃないの?」

 九郎の気、急に乱れだしたね。私はまた、おかしなことを訊いた?
 ええと、でも、たぶん、私の訊きたいことは、この言の葉でいいはずなの。
 待ってるよ。九郎が答えをくれるまで。

 

【2.笑ってくれない】了

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**反転コメンツ**
お題連作vol.2【笑ってくれない】語り手:景時・朔・白龍。2章春の京オムニバス。
朔は今までにもちょくちょく登場させてた&白龍は言語不自由なため、必然的に景時が一番長くなった。
他キャラ視点のカップリング創作という形態は、実は初めてです。こんな感じでいいのかな?
白龍にすら気持ちを言えない九郎(笑)。お前、神子より乙女だぞ。