| なんなんだこの女は。 それしか頭に思い浮かばなかった。
平家の連中がこの隙を見て京へと戻るかもしれないということは、分かっていた。だからこそ木曾殿との決着を一刻も早くつけねばならず、従って行軍を遅らせる訳にはいかなかったのだ。それは出陣以前に、全軍に通達していたはずのことだった。 「お前が戦う、だと?」 「はい」 俺の言葉にはっきりと頷いて、女は手にした刀をこちらへ示した。ずいぶんと変わった形をしているな、と思う。わざものを見るとつい目が引き寄せられてしまうのは、武士の本分から考えれば致し方ないことだ。両刃の剣、か。この女の体格から考えればいささか持て余すくらいの長さだが、何故かそれを佩いて立つ姿に違和感はない。 ここは戦場。足りぬ力の代償に、己の命を支払う場所だ。 「白龍の神子が持つ封印の力は、源氏には必要なものですね……」 おい弁慶、お前まで何を言い出すんだ。こんなのを連れて戦えるか。だいたいようやく朔殿を保護できたと思ったのに、兄上の仰せでは怨霊の出る場にまで伴わないといかんではないか。景時が朔殿に関しては煩いこと、お前だって知っているだろうに。 ふと、女は口を開いた。 「平家は小手調べで、数はそれほどいないでしょ? 絶対、皆には迷惑かけません」 ……その通りでは、あるが。 「神子と八葉は、ともに在る方がいい。神子の意思を妨げてはいけない」 やたらと小さい子供がそう言った瞬間。 ───左肩のあたりが、ふっと熱を帯びた。 神子。八葉。幾百年も前から語り継がれる、伝承の中の存在。 「もう一度、訊く。お前は本当に、ついて来る気でいるのか」 その瞬間、望美と名乗った女は、にこりと笑った。 「九郎さんは真っ直ぐ前を見るのが役目でしょ? 私はその後ろを守るために行くの」
冬の行軍は、積雪の上を進む分、足跡が残りやすい。それはあちらもこちらも同じだが、敗れて追われる立場には不利でしかなく、なれば一度で決着をつけねばならない。 「平家の陣はどこに?」 「宇治上神社だ。斥候を出してあるが、そろそろ合流できるだろう」 望美は何故か、俺の斜め後ろの位置に収まり、時折戦場の様子を尋ねてくる。その内容は無駄がなく、戦える、と言ったその言葉に偽りはなさそうだった。 「……九郎さん。来るよ」 なにが、と問う前に、聞き慣れた───聞き慣れてしまった、金属の擦れあうような叫びが耳に入った。怨霊の発する奇声に馬はおびえ、立ちすくんで動かなくなる。川を渡っている最中でなくて助かった、と考える反面、迅速な撤退も難しい状況であることに内心舌打ちをする。 「他の人たちは下がってて! 無闇に立ち向かっても、怨霊は消えない」 言うと同時に駆けていく。身のこなしはどこまでも軽く、飛天もかくやの───舞。 「望美、危ないわ!」 朔殿の叫びを背後に聞きながら、刀を抜いて駆け寄った。まったくこいつは何を考えているんだ、怨霊の前に我先に飛び出して勝算があるとでも……。 ───変わった形の剣の切っ先が、うつくしい軌跡をえがいて怨霊を断ち切った。 「…………」 「九郎さん、ぼっとしてないで。危ないよ」 なんなんだこの女は。怨霊を一撃で斃すなど、どこの荒武者だお前は。そんな豪傑は源氏の陣にもいなかったぞ。 「望美! 九郎殿!」 朔殿まで駆けつけてきた。おい、俺一人で二人を守るのは無理があるぞ。せめてもっと後方に下がっていてくれ。 「朔、九郎さん。力を貸して」 澄んだ瞳が俺を見つめた、その刹那。 左肩に宿った熱が、全身に広がる。やわらかな葉ずれの音、吹き抜ける風、ああこれは林だ、なつかしい鞍馬の林だ。雨の後の林はおだやかで、鳥の声は静まり、ただ梢から落ちる影を追いかけて走り抜けた記憶。お前のその光が、俺のこころを引き出すのか。 もはや左肩は灼けるように熱く、鼓動が耳を聾する。 「……静…林、旋!!」 まばゆい光のかたまりが怨霊の間に落ち、ぶわりと広がった。くずれ落ちた鎧姿の怨霊は、普段であればすぐに立ち上がってくるのに、かたりとも動かない。 「めぐれ、天の声!」 「響け、地の声!」 凛とつむがれる言霊。 「───かの者を、封ぜよ!!」
「……驚きましたね。あれが神子の、封印の力……」 「うわっ、いきなり話しかけるな! 驚くだろうが」 いつの間に近づいてきていたのか、隣で弁慶が出し抜けに呟いた。ちろりと俺を見る弁慶の目は、何を今更と言っているのが透けて見えたが、腹立たしいので気づかなかったことにした。 「ついて来てもらって良かったじゃありませんか、九郎」 「……結果論だろう、それは」 「おや、あんなに見とれていたくせに」 「弁慶っ!」 「何はともあれ、お礼を言わねばなりませんね」 そう言って弁慶は、望美と朔殿の方へ歩いていった。またいつもの調子で、俺には訳の分からんこっ恥ずかしい言葉でもかけているんだろう。高く細い声が、ころころと笑っているのがこちらまで届く。 あんなにうつくしいものを見たのは、初めてだ。 「───、っ!?」 ぼんやりと考えた後で、自分にぎょっとする。 「九郎さーん、先に行かないんですかー?」 遠くから呼ばれて、はっと我に返った。そうだ、まだ平家の陣はこの先だ。 「さっき、どうしたんですか? 考え事してたみたいだけど」 行軍を再開しても、怨霊が出る前と変わらず、俺の斜め後ろについた望美。 「気にしなくていいんですよ、望美さん。九郎は気持ちを素直に言えない人ですから」
【1.素直に言えない】了 |
**反転コメンツ**
お題連作vol.1【素直に言えない】語り手:九郎。1章宇治川で九郎に同行、景時合流前。
九郎って初対面時の印象はやたら悪いのに、実は一皮むけばフェミニスト思考もちゃんとできるのが意外。
ピンチの姫を助ける王子ってのは定番ですが、普通に九郎より神子の方が強いよ(爆笑)。特に1周目4章あたりまでは。
花断ちなんて使えなくても肉弾戦で怨霊昇天してるよ! 1周目2章で延々戦闘しまくってたから。