素直に言えない

 

 なんなんだこの女は。
 それしか頭に思い浮かばなかった。

 

 

 平家の連中がこの隙を見て京へと戻るかもしれないということは、分かっていた。だからこそ木曾殿との決着を一刻も早くつけねばならず、従って行軍を遅らせる訳にはいかなかったのだ。それは出陣以前に、全軍に通達していたはずのことだった。
 なのにこの女はついて来るのだと言う。

「お前が戦う、だと?」

「はい」

 俺の言葉にはっきりと頷いて、女は手にした刀をこちらへ示した。ずいぶんと変わった形をしているな、と思う。わざものを見るとつい目が引き寄せられてしまうのは、武士の本分から考えれば致し方ないことだ。両刃の剣、か。この女の体格から考えればいささか持て余すくらいの長さだが、何故かそれを佩いて立つ姿に違和感はない。
 けれど、どの程度まで扱えるのかは知らないが、足手まといは要らん。

 ここは戦場。足りぬ力の代償に、己の命を支払う場所だ。
 いや、己だけで済めばまだましなほど、多くの命が消えていく場所だ。

「白龍の神子が持つ封印の力は、源氏には必要なものですね……」

 おい弁慶、お前まで何を言い出すんだ。こんなのを連れて戦えるか。だいたいようやく朔殿を保護できたと思ったのに、兄上の仰せでは怨霊の出る場にまで伴わないといかんではないか。景時が朔殿に関しては煩いこと、お前だって知っているだろうに。
 つい先刻知り合った女は、相変わらず、じっと俺を見上げている。睨むという訳ではないが、逸らさないその瞳に宿る光は、澄み切って強く輝いていた。この輝きが何かに似ている気がして、少し記憶をさぐってみた。
 ああそうか。この輝きは、やいばの色だ。すべてを断つ、そのするどいひかりだ。

 ふと、女は口を開いた。

「平家は小手調べで、数はそれほどいないでしょ? 絶対、皆には迷惑かけません」

 ……その通りでは、あるが。
 ちょっと待て、俺は平家の数など口にしていたか? 朔殿が道すがら教えたのか?

「神子と八葉は、ともに在る方がいい。神子の意思を妨げてはいけない」

 やたらと小さい子供がそう言った瞬間。

 ───左肩のあたりが、ふっと熱を帯びた。

 神子。八葉。幾百年も前から語り継がれる、伝承の中の存在。
 だから先ほどから言っているだろう、今はそんなおとぎ話を真に受けている場合じゃないんだと。しかしここでこれ以上言い争っていても、時間はどんどん過ぎていくだけだ。先手を打てるものなら打っておくほうが、格段に有利に戦えるのは確かだった。

「もう一度、訊く。お前は本当に、ついて来る気でいるのか」

 その瞬間、望美と名乗った女は、にこりと笑った。

「九郎さんは真っ直ぐ前を見るのが役目でしょ? 私はその後ろを守るために行くの」

 

 

 冬の行軍は、積雪の上を進む分、足跡が残りやすい。それはあちらもこちらも同じだが、敗れて追われる立場には不利でしかなく、なれば一度で決着をつけねばならない。

「平家の陣はどこに?」

「宇治上神社だ。斥候を出してあるが、そろそろ合流できるだろう」

 望美は何故か、俺の斜め後ろの位置に収まり、時折戦場の様子を尋ねてくる。その内容は無駄がなく、戦える、と言ったその言葉に偽りはなさそうだった。
 ふと、望美が自分の騎馬の手綱を引いた。じっと宙を見つめ、ひらりと鞍から飛び降りて剣を構える。

「……九郎さん。来るよ」

 なにが、と問う前に、聞き慣れた───聞き慣れてしまった、金属の擦れあうような叫びが耳に入った。怨霊の発する奇声に馬はおびえ、立ちすくんで動かなくなる。川を渡っている最中でなくて助かった、と考える反面、迅速な撤退も難しい状況であることに内心舌打ちをする。

「他の人たちは下がってて! 無闇に立ち向かっても、怨霊は消えない」

 言うと同時に駆けていく。身のこなしはどこまでも軽く、飛天もかくやの───舞。

「望美、危ないわ!」

 朔殿の叫びを背後に聞きながら、刀を抜いて駆け寄った。まったくこいつは何を考えているんだ、怨霊の前に我先に飛び出して勝算があるとでも……。

 ───変わった形の剣の切っ先が、うつくしい軌跡をえがいて怨霊を断ち切った。

「…………」

「九郎さん、ぼっとしてないで。危ないよ」

 なんなんだこの女は。怨霊を一撃で斃すなど、どこの荒武者だお前は。そんな豪傑は源氏の陣にもいなかったぞ。
 望美の剣が淡く光を帯びている。その光に、再び左肩がうずいた。

「望美! 九郎殿!」

 朔殿まで駆けつけてきた。おい、俺一人で二人を守るのは無理があるぞ。せめてもっと後方に下がっていてくれ。
 望美が笑った。今しがたの軌跡に勝るとも劣らない、うつくしくつよい笑顔だった。

「朔、九郎さん。力を貸して」

 澄んだ瞳が俺を見つめた、その刹那。
 周囲の空気が、一面の碧みどりに塗り替えられた。

 左肩に宿った熱が、全身に広がる。やわらかな葉ずれの音、吹き抜ける風、ああこれは林だ、なつかしい鞍馬の林だ。雨の後の林はおだやかで、鳥の声は静まり、ただ梢から落ちる影を追いかけて走り抜けた記憶。お前のその光が、俺のこころを引き出すのか。
 水を帯びた木々。その息吹。その力。しぶといほどの、生命のちから。

 もはや左肩は灼けるように熱く、鼓動が耳を聾する。
 なにものかが俺の口を借り、ひとつの言葉が生まれる。

「……静…林、旋!!」

 まばゆい光のかたまりが怨霊の間に落ち、ぶわりと広がった。くずれ落ちた鎧姿の怨霊は、普段であればすぐに立ち上がってくるのに、かたりとも動かない。
 呆然とする俺の目の前で、望美と朔殿が走りより、手を取り合った。

「めぐれ、天の声!」

「響け、地の声!」

 凛とつむがれる言霊。
 かのじょはなんて、うつくしいのだろう。

「───かの者を、封ぜよ!!」

 

 

「……驚きましたね。あれが神子の、封印の力……」

「うわっ、いきなり話しかけるな! 驚くだろうが」

 いつの間に近づいてきていたのか、隣で弁慶が出し抜けに呟いた。ちろりと俺を見る弁慶の目は、何を今更と言っているのが透けて見えたが、腹立たしいので気づかなかったことにした。

「ついて来てもらって良かったじゃありませんか、九郎」

「……結果論だろう、それは」

「おや、あんなに見とれていたくせに」

「弁慶っ!」

「何はともあれ、お礼を言わねばなりませんね」

 そう言って弁慶は、望美と朔殿の方へ歩いていった。またいつもの調子で、俺には訳の分からんこっ恥ずかしい言葉でもかけているんだろう。高く細い声が、ころころと笑っているのがこちらまで届く。
 まったく、ああしていると先刻の姿が嘘のようだな。戦場であれほど総気立つ覚えなど、ついぞなかったというのに。

 あんなにうつくしいものを見たのは、初めてだ。

「───、っ!?」

 ぼんやりと考えた後で、自分にぎょっとする。
 俺はいま、なにを……?

「九郎さーん、先に行かないんですかー?」

 遠くから呼ばれて、はっと我に返った。そうだ、まだ平家の陣はこの先だ。
 これではいかん。兄上の名代として、気合いを入れ直さねば。
 ああ、くそ。こいつを見ていると、どうも調子が狂う。

「さっき、どうしたんですか? 考え事してたみたいだけど」

 行軍を再開しても、怨霊が出る前と変わらず、俺の斜め後ろについた望美。
 ……言えるか、こんなこと。
 黙り込んだ俺に、望美の隣で馬を進めていた弁慶がこう抜かした。

「気にしなくていいんですよ、望美さん。九郎は気持ちを素直に言えない人ですから」

 

【1.素直に言えない】了

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**反転コメンツ**
お題連作vol.1【素直に言えない】語り手:九郎。1章宇治川で九郎に同行、景時合流前。
九郎って初対面時の印象はやたら悪いのに、実は一皮むけばフェミニスト思考もちゃんとできるのが意外。
ピンチの姫を助ける王子ってのは定番ですが、普通に九郎より神子の方が強いよ(爆笑)。特に1周目4章あたりまでは。
花断ちなんて使えなくても肉弾戦で怨霊昇天してるよ! 1周目2章で延々戦闘しまくってたから。