| 「しばしこの娘を借り受けたい」 九郎の言葉に、女主人は何度か瞬いた。 「源さまは今日いっぱいのご滞在とお伝えするよう、申し付けたのですけれど」 「聞き及んでいる。……昼の間は、外を歩きたい」 「───兄君を放っておかれると仰るのですか?」 ふと、自嘲の笑みが口元にほころんだ。 「兄上ならば心配はない───元から、私など頼ってはおられぬ御方だ」 「…………」 「それに、こういった場所で兄上を最大限に護れるのは、私ではなく貴女だろう」 若武者の視線を受けて、女主人は内心で軽い驚きを覚えた。 けれどこの若武者は、知らぬ訳ではない。 幼稚だ、と斬り捨てることはできる。 どちらが正しいという問題ではない。 「……承知いたしました。見習いですので、夕までにはお返しくださいませね」 「分かっている」 九郎は背後を振り返り、『行くぞ』と望美に声をかけた。 手首を掴まれ引かれたことで、少女の葛藤は店の中に置き去りにされた。 「あっあの───い、行って参ります」 やや乱れがちな足音は、若武者の歩調についていけなかった娘が、時折躓いているせいだろう。それが消えてからようやく、女主人は頭を上げた。 「……危険、かしら」
「九郎さま、あの」 「許しを得たのだから構わんさ。外に出る機会など、そうはないのだろう?」 理由を問おうとする声が上がっても、無造作に返す。返事になっていないことは自覚していたが、理由など問われても九郎とて答えられない。 ───あのまま室内で共に過ごせば、衝動を抑えきれる自信がない。 蕾のような娘は日増しにやわらかく膨らんでいく。じきに熟れて花ひらく。 「折角だ、どこか行きたい場所があるなら、連れて行くが」 そう言われて、望美は僅かに俯いた。 「……いえ、ございません」 言っても詮無いことだった。だから望美は微かに、首を横に振った。 「っ!」 手を伸ばし、俯いている小さな顔をぐいと上げさせた。 「どこへ行きたい?」 「…………、ございません」 「どこでも構わん。どこへ行きたい?」 「…………」 頬に添わせていた手を下げ、太刀を振るう指がそっと、細い喉をすべっていく。 「望美、どこへ行きたいんだ?」 喉を這う指先の動きは、強張ってその場所に留まっていた嗚咽を優しく促した。隠し通すことの不可能を悟った瞬間、それは音となって望美の唇からこぼれ、瞳からはあたたかく濡れた雫となって溢れる。 きれいだ、と九郎は思った。 「……村へ……」 九郎の指に涙を拭われながら、望美がようやく口をひらいた。 「弔いを……せめて、しとうございます……」
その場所を一望できる小高い丘に立った瞬間、九郎は思わず眉をしかめた。 無言のままに歩む望美の背を、やはり黙ったままに追った。 「……とうさん、かあさん。遅くなって、ごめんね……」 ああ、それではここが、彼女の生まれ育った家なのか。 「ごめんね……ごめんね、私……私だけ……っ」 堪えきれないように、その場に崩れ落ちて泣く望美を、呆然と九郎は見つめていた。 伸ばしかけた手を引き、かたく拳を握って激情を握り潰した。 ───これが、生きるすべを失くした民。 白いものがちらつき始めたのに気づき、九郎は視線を空へと向けた。 何も、変わらない。 望美の髪に肩に、白いものが少しずつ彩られていく。 ほんの僅かな距離が、永遠に埋まらない深い溝のように、九郎には思えた。
続 |
**反転コメンツ**
神子につきあってお墓参り。ついでに社会勉強ですよ御曹司(笑)!
前にも書きましたけど、このパラレル連載の九郎は基本的にボンボンという設定なので…いろいろと甘ちゃんです。
本当はもう少しあっさりまとめる予定だったんですが、シリアスな部分はやはり筆がのって長くなった。
そのため、書こうと思ってた展開は次回に回しました。ゆっくりじっくりいきます。