| 手持ち無沙汰だったと言えば、それまでだった。 通されたその部屋は、九郎にとっては妙に落ち着かない明るさがあった。ここに供をして以来、これほど惜しみなく灯りをつけている部屋に、彼は入っていったことなどない。いつも望美と共に時間を過ごす部屋は、ぎりぎりまで切り詰めた行灯の仄かな火が灯されているだけで、その暗さにもう目が慣れてしまっていた。 そんな曖昧な光の中に浮かび上がる娘の姿や仕草は、それでも九郎にはよく見えた。 金で春を売り買いするような真似を、九郎は苦々しく思っていた。 心を通わせず、誰にでも己のすべてを明け渡して平気なのか。 九郎とて武家の男子であるから、当然今までに一通りの経験は積まされた。元服を経ればその後は多少の無茶も許される家柄に生まれて、しかし九郎はどうしても、己の躯を鎮めるためだけに浮かれ女を呼ぶ気にはなれなかった。 気鬱を晴らすように、自然と杯に手を伸ばしていた。 ───あいつも、ああなるのか? それだけが最前から、九郎の脳裏を巡って離れなかった。 「…………っ」 腹の底から何か熱いものが込み上げてくるのを、九郎は自覚した。けれどそれがどんな名をつけるべき感情であり、どんな理由があるのかまでは、分からなかった。 軽い足音と共にからりと襖が開けられたのは、そのときだった。
「……!?」 視線を上げて望美の姿を視界に入れた九郎は、瞬間、固まった。 「お待たせをいたしまして申し訳ございません」 鮮やかな錦の帯、派手な刺繍の絹地の裳裾。ほどこされた薄化粧は元来の肌の白さを際立たせ、唇に引かれた紅が瑞々しい。いつもはただ流しているだけの髪は、丁寧に結い上げられて何本もの簪で彩られ、大きく襟足の開いた着崩しのせいでうなじが剥き出しになっていた。 あまりにも艶めかしい、その姿。 「九郎さま?」 声を失ったまま見つめてくる九郎に、望美は首をかしげた。 「…………、あ、ああ」 置くことを忘れていた杯をようやく下ろし、九郎はひとつ首を振った。 ───躯の芯が、どくりと疼いて熱を持ったなどと。 「どう……したんだ? 仕事とやらは、もういいのか?」 黙って見つめていてはそれ以上妙な気分になるかもしれない、と九郎は不安になり、ともかく他愛ない話題を引き出そうと必死に考えた。 「はい。お座敷でお姉さまがたのお手伝いをしておりましたので」 「手伝い?」 「お姉さまの三味線で、舞わせていただきました」 にこりと望美が笑って答える。 「…………」 「───あ、御酒、召し上がってらしたのですね。代わりをお持ちいたしましょうか」 望美が九郎の前に膝をつき、空になった徳利などを片づけ始める。 「片づけて参りますね」 器をまとめた盆を手に、立ち上がろうとした少女の袖を、男の手が引いた。 「九郎さま? どうかなさったのですか?」 「……お前、舞うのか」 「え、あ、まだまだ未熟ではございますが。多少は嗜んでおります」 「見せてくれないか」 「……え?」 「見たい」 「九郎さま……?」 いつもと違うような九郎の様子に、望美は内心で疑問を覚えた。が、すぐに、酒が入っているせいだろうと結論づける。 「望美」 言葉少なに要求だけを並べていく九郎の眼差しは、どこか熱を帯びていた。
ひらり、ふわり。 けれど、確実に。 それは密やかに、しかし歩みを止めることなく、ふとした瞬間にまとう少女の色を塗り替えていく。生きとし生けるものは皆そうだ、生命ある限り熟し、実り、そうして次へと託す。それは子を為す女という生きものの宿す、逃れること叶わぬ定めのように、九郎には思えた。 ならば、彼女は。
ほとんど無意識のうちに、九郎の手は、顔の脇を掠めた帯の端を捉えていた。
「───きゃっ」 いきなりぐんと何かに引っかかったような感覚を覚えて、望美は小さく声を上げた。 「……九郎、さま?」 「…………」 更に強く引かれ、今度こそ微かな悲鳴を上げて、少女は男の腕の中に倒れこんだ。 気づいたときには、ぬめる熱に唇を塞がれていた。 「───っ!?」 酒の匂いがする。真っ先に思ったのは、そんなことだった。
───瑠璃や、覚えておおき。遊女はね……
「ん……っ」 組み敷かれた華奢な躯から、ずっと続いていた小刻みな震えが、止まった。 「───九郎、さま」 「…………」 小さく肩を揺すっても、九郎はその瞳を閉じたまま、寝息を立てていた。 「お休みになられたのですね……御酒、お弱いのかしら?」 そうひとりごちて、褥を作ってやるべく少女は立ち上がり、部屋を後にした。 「…………」 その音が聞こえなくなったところで、九郎はようやく目を開けた。 酔った、と思わせておきたかった。 熱に任せて一方的に、あの娘を手折ろうとした、などと。
続 |
**反転コメンツ**
はいお約束〜〜〜(爆笑)!! 手を出しかけて、でも土壇場で踏みとどまる九郎と、それに気づかない神子!
語句説明:添い伏しというのは、武家の男子が元服の儀を迎えた際にワンセットとなっている、ぶっちゃけ夜伽のこと。
単なる通過儀礼の一環なので、それほど深い意味はないです。相手はやっぱそれなりの家柄の娘さんで、正妻候補になるのかな?
カラダから入る関係しか知らなかったから、ココロから入る関係に思いっきりドギマギしてうろたえてればいい。