| 「まあ。源さまの弟君とあらば、お望みのままに選り取りみどりですのに」 遊郭の女主人はそう言ってほほほと笑った。 「いや、私は……」 「存じておりますわ。弟君の身持ちの固さ、とっくにこの界隈に知れておりますもの」 「…………」 遊郭に足繁く通う兄に付き添っていれば、嫌でも九郎にも声はかかる。年若く見目のよいだけ、余計にその客引き攻勢はすさまじかった。兄が女遊びではなく機密のやり取りを目的として動いていること、よって警護を派手に増やす訳にはいかないこと、そういった事情がなければ、とっくの昔に同行を辞退していた。 女とはなんとしたたかな生きものか、と、ふと九郎は思った。 「───よろしいですわよ。見習いですから、夜は空いております」 「感謝する」 居心地の悪さを腹の底に押し殺しながら、九郎は立ち上がった。裾さばきもきびきびとした仕草に、女主人の笑みは深くなった。 「ほんに、似ておいでですこと」 「は?」 「いえ、何でもありませんわ。ごゆるりと楽しまれませ……あら、違ったのでしたわね」 「───っ……失礼する」 瞬時に頬を染め上げ、少しばかり足元がおぼつかなくなりつつ、やや乱雑な足音が去っていくのを見送る女主人は、くすくすと遠慮なく笑い声を立てた。 「わたくしには少々、幼すぎますけれどね」 女主人はひとりごちて、奥へと続く襖の向こうを透かし見るように眺めた。
「瑠璃という娘を知らないか」 「あれは見習い。どうか源さま、私にお慈悲をくださいまし」 そんなやり取りを何度となく繰り返した末に、ようやく九郎は目当ての少女を見つけた。 「瑠璃!」 見習いというのは、早い話が雑用だった。客を取る遊女たちの世話を焼き、炊事や繕いといった細々とした仕事の一切を任され、その合い間に客引きを覚えさせられる。そして、いずれは自らも客を取るようになる。 今は繕いをしている最中のようで、九郎が歩み寄っても、顔を上げる気配がなかった。 「───はい。何用でございましょう」 「承諾は取った。付き合え」 「え……」 瑠璃───望美はその意味をはかりかねて、瞬いた。 「あ、あの、源さま?」 問われた側の九郎は、一体なんだと言わんばかりにその場に膝をつき、布地を持ったままの望美の腕を取って引き寄せた。 「付き合えと、以前に言い置いただろう」 「で、でもっ……」 彼ならばなにも自分のような見習いを相手にせずとも、他に買われたいと願う遊女は山ほどいる。買った客が望むことの相手をするのが遊郭の女なのだから、本物の遊女を買ったところで、必ずしも肌を合わせる必要はないのだ。 「……いや、お前が嫌がるのなら、無理にとは言わんが」 「そんなことありませんっ!」 九郎の言葉を遮って、望美の必死な声が響いた。 瞳の美しい娘だ、と九郎は思った。 「───ぁ、も、申し訳ありません。お客人に向かって声を荒げるなど」 「それは構わない。……その、嫌ではない、のか?」 ずいぶんと年下の娘に対して、何を躊躇しているのだろう、と九郎はふと感じる。 望美がおずおずと顔を上げて、小さく頷いた。
「あの……何をお話すればよいのでしょう?」 「なに、構えることもないさ。ところで、望美」 「はい、源さま」 九郎の呼びかけに、望美は少しはにかむように微笑んだ。此処へ来てから、その名で彼女を呼んでくれる者など、ひとりもいなかったから。 「それだ。どうにも兄上の呼び名のようで、俺には気が引ける」 「え……でも、源さまには違いありません」 「九郎でいい」 「そんな。お武家さまをお名前でお呼びするなど、恐れ多い」 九郎は小さく笑うと、戸惑った望美の頭を撫でる。 「武家と誇れるほど一人前でもないさ。俺もお前と同じ、まだまだ見習いのようなものだ」 「……でも……」 なおも俯いて否やを唱える望美が、九郎には不意に、愛らしくも小憎らしく思えた。 「───!?」 己の思考に気づき、慌てて触れていた手を離す。 「……九郎、さま」 ちいさくちいさく、そっと呟かれた、声。
続 |
**反転コメンツ**
ちょ…しょっぱなから政子さん登場だよ!? 展開早いよ自分、もっと落ち着いてじっくり書こうよせっかくのコラボ企画なんだから!!
ちなみに時代考証とかは一切考えてません(頭の悪さ炸裂しまくりの断言)。遊郭という場所のムードだけで突っ走れ!
んーまあ、時期としては鎌倉時代よりはもっと後だろな、くらい。その程度その程度、気にしたら負け。
神子がずいぶん大人しいですが(笑)、この設定ではこういう感じでずっと続行だと思います。たまには良いよねしおらしげな神子も。