カウントダウン

 

「今日だけは絶対、一人で出かけちゃやだって言ったのに!!」

 そう叫ぶ望美の責める言葉よりも、その悲痛な声と潤んだ瞳のほうが、九郎にとっては絶大な威力があった。

 

 

 確かに十日ほど前からしつこく言われていたことではあった。そのたびに「急なことが何も起きなかったらな」と返してきた。草原暮らしもまる一年を越え、どうにかその日の暮らしにこと欠かない程度にはなってきたが、何せ異国だけに勝手が違う部分も多い。笑って許されるような失敗はともかく、命の危険に関わる場合も無いとは言えない。そんな時は勢い、生まれ育った世界で培った技量を各人が振るうことで、どうにか凌いでいた。
 九郎はもとより、己には力仕事しか取り得がないと思っている。有害な草木と食べられる木の実を見分けることもできないし、それらを滋養ある食事へと生まれ変わらせることもできない。木彫りの応用で身の回りのものを作ることはできるが、何よりも己にそれを教えてくれた師が共に在る以上、積極的にやらなくともいつの間にか品物が増えている。
 己のせいで───と口に出そうものなら仲間たちから揃って非難や苦言や場合によっては鉄拳制裁を浴びることになるので内心に留めておくが───無用の労を負うことになった者たちに対して、果たして何かを返せているのだろうかと九郎は思う。だからせめて、武が必要とされる事柄はすべて引き受けようと決めていた。

 決して望美の願いを忘れていた訳ではない。
 しかしその願いを優先するあまり彼女を危険に晒しては、それこそ本末転倒だ。
 冬も間近。蓄えた食料と薪で、次の春を迎えられるか否かが決する。獣の群れが家畜を襲うという事態に、九郎が真っ先に馬で飛び出していったのは、彼にとっては自然なことだったのだ。一報を受けた時そばにいなかった望美に伝えなかったのも、たとえいたところでついてくるのは許さなかったであろうことも。

「九郎さんのばかー!!」

 そんな声と共に、何かが九郎に向かって投げつけられた。
 咄嗟に受け止めた九郎が我に返った時、望美は赤い布地の裾をひるがえして戸外へ駆け去っていってしまった。

「っ、おい!」

 九郎が声を上げたのは、人に向かって一方的にものを投げつけるという望美の無礼な態度に立腹したのではなく、既に暗くなりかけているのに外へ向かうなど───という心配からだった。日々寒くなる中の夜間にろくな備えもなく外出するなど、風邪でもひいたらどうするのだ。
 けれどすぐに追おうにも、己の馬は今日まる一日を走らせてきたばかりだ。少し休ませてやらなければならない。仕方なく溜め息をついた九郎は、何とはなしに手の中のものに目を落とした。

 

 

『九郎さん、こういうの作ってください』

 それは一年ほど前になろうか、望美が笑顔でねだった木彫りの品だった。箸や椀や櫛といった実用品ではなく、九郎にはさっぱり用途が分からない。適当な大きさの木切れに、一から十二までの数を彫ってくれと言う。それだけでいいのだと。
 久方ぶりに目にしたそれは、九郎が作って渡してやった時とは異なる外見だった。九郎が彫り込んだ数の下に、恐らく望美が刻んだのであろう単純な線の跡がある。やたら数が多いのが印象的だった。一から順にびっしりと埋まった望美の線は、十一の途中で止まっていた。
 不可解さに九郎が首を捻った時、入り口の布がばさりと動いて将臣が顔を覗かせた。

「お、まだ追っかけてねえのかよ。珍しい」

「……馬も休ませてやらんといかんしな。飯時も近いし、いずれ戻ってくるとは思うんだが」

「ばーか。お前が動かない限り、あいつだって振り上げた拳の降ろしようがねえよ」

 将臣はそこで、九郎の持っているものに目を留めたようだった。

「ん? 何持ってんだ、お前」

「これか。先ほど望美に投げつけられた。もとは俺が請われて彫ったんだが」

 ほれ、と九郎が示してみせると、将臣が近寄ってきてしげしげと眺める。

「なんだこりゃ。数字……ん、いや、ちょい待て」

「これが何か分かるのか? 俺はあいつに言われるまま、数しか彫ってないんだが」

 ひいふうみい、と何かを数える将臣は、やがて顔を上げてにやりと笑った。

「へえ。愛されてんなあ、九郎」

「は?」

 ものを投げつけるのが彼らの世界では愛情表現に当たるのだろうか。いやそんな馬鹿なことはさすがに無いだろう。
 怪訝な空気が伝わったのか、将臣は特に焦らすこともなく口を開いた。恐らくそれは、さっさと九郎の尻を叩いて望美を探させないと、後々更に厄介な騒ぎが持ち上がりそうだという自己防衛の観点からだった。食事が遅れるのは有り難くない。

「暦の代わりだな。ニシムクサムライなとこを見ると、これ、望美がやったんだろ」

「暦……? にしむくさむらい、とはなんだ」

「あーあーまあそこはいいから。ほれ、ここ見てみろよ、十一んとこの線」

 言われて九郎は改めて木彫りを眺めた。十まではびっしりと線が刻まれているのに比べると、十一と十二は様子が違っていた。将臣いわく暦ということだから、一から十二というのは恐らく睦月から師走までの月のことを指すのだろう。十は神無月、十一は霜月、十二は師走。十二の下が無傷なのは、まだ師走には至っていないということか。霜月を示す十一の下に、掻き傷のように刻まれた線───。

「…………」

 九郎の頬が徐々に赤らんでくる。
 木彫りを将臣に押し付けて足早に外へ向かう九郎の背に、頼りがいのある幼馴染みからのんびりとした声がかけられた。

「望美な、飛び出してったんじゃなくて、馬のそばで不貞てるぜ」

 

 

『みんなの誕生日っていつ頃なんですか?』

 そう彼女が仲間たちに訊いて回っていたのは、まだあの島国にいる頃のことだった。
 彼女たちの世界では『生まれた日』に大きな意味を持たせるものらしく、齢を重ねるのも元日ではなく当人の生まれた日なのだと言っていた。こちらの風習では生まれた日にさほどの意味は無いから、忘れたかそもそも知らない者がほとんどだ。けれど彼女があまり熱心に訊ねてくるので、皆がそれぞれに、周囲から聞かされた断片的な情報から『このあたりの時期』と答えていた。

『俺は冬のさなか、年が改まる前だ。新年になれば暦では春と数える』

『じゃあ年末?』

『そこまで遅くはない。……そうだな、紅葉が散ってひと月ほどの頃、と聞いた覚えがある』

『紅葉が散るのって? 暦ではいつ頃ですか?』

『神無月に入った頃だな。そのひと月後だから、霜月の頃ということになるか』

 そんな問答をした後の秋、息せき切って彼女が駆け込んできたものだから、すわ一大事かと腰を浮かした九郎に。

『九郎さん九郎さん! 紅葉が散りましたよ!! 今日は何日ですか!?』

『九日だ、それよりどうした!? 呪詛でも見つけたか、それとも鎌倉方の動きでも!?』

『じゃあ九郎さんのお誕生日は霜月の九日ってことにします!!』

 言い放った望美の笑顔があまりに眩しくて、怒るに怒れなかったことを覚えている。

 

 

「約束してたのに」

「済まん」

「せっかくのお誕生日なのに」

「返す言葉もない」

「……あけましておめでとうって言ってから、ずーっと指折り数えて待ってたのに」

「お前、それだけのために、あれを作れと言ったのか?」

 座り込んで休む馬がぶるると嘶いた。腹の左右にそれぞれ背を預けられ、迷惑千万とでも訴えたいのかもしれない。
 将臣の言葉どおり、馬の横に赤い布地を見つけた。どう声をかけようか悩む前に、向こうが九郎を見つけてふいと顔を逸らす。編み込まれた長い髪が揺れるさまは変わらずに愛らしく、仕草のいとけなさと相まって九郎の心をあたためた。

「それだけ、じゃないですよ。とっても大事なことです」

 望美の声がそれまでよりも近くなった。
 九郎が顔を上げると、馬の背に上半身を乗り出している望美と目が合った。

「お誕生日ってね、きっと本人のためだけじゃなくて、その人を大切に想ってる周りの人にこそ大事なものなんです。祝福と感謝と、これからもたくさんの幸せがその人にありますようにって、改めて願うために」

 だからね、と望美が微笑む。
 そこに在るだけで九郎をこの上なく満たす、その笑顔。

「───おめでとう、九郎さん」

 

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**反転コメンツ**
2008年九郎ハピバ記念の十六夜ED後設定。ネタがわいてから書き上げるまで3時間の突貫作業。
今回は都合により誕生日当日の更新ができないので、前倒しか後延ばししかないんですよね。根性で前倒し。
現代シチュじゃないと誕生日は無理だと思ってたのですが、現代はネタが尽きてきた感があり(^^;)。
ぎりぎりですが間に合ってよかったです〜。九郎さんお誕生日おめでとう!