よくばり。

 

 何かを願い怖れる気持ちは、どこから生まれるんだろう。

 

 

 自分がねだることはそんなに我が侭なことなのだろうか、と望美は思う。
 もう少し一緒にいられる時間が増えるといいな(できれば剣の稽古以外で)とか、もう少しだけでもいいから特別らしい気遣いをしてほしいな(できれば神子というんじゃなくて女性扱いという意味で、でも男女差別は真っ平御免だ)とか、そもそもはっきりとした確定的な言葉をただの一度も言ってくれない相手が本当に恋人なんだろうか(こっちはもう数え忘れるほど言ってるのにずるい)とか。

「…………」

 はふ、と気の抜けた溜息が小さな唇から洩れた。

「うん、無理だよね、九郎さんに限っては」

 愚痴るそばから自己完結してしまった自分に、望美は苦笑した。
 友愛や人類愛の観点からすれば、九郎ほど愛すべき人間もそうそういないと思う。地位や身分を持つ割にそれを鼻にかける節がなく、他人に厳しいがそれ以上に自分に厳しく向上心豊かで、認めるべき部分はちゃんと認めてくれるし面倒見もいい部類に入る。その真っ直ぐな物言いに傷つくことも反感を覚えることもあるが、それをぶつけても九郎は逃げずにちゃんと向き合おうとしてくれる。間違いなく九郎は、一個人としての立派な資質を多く備えている。
 ただ、それ以外のものを求めると、とたんに九郎は落第の部類に入ってしまうのだった。

 望美はなにも、逆立ちしたって不可能なことを要求しているつもりはない。一緒に映画を見るとか遊園地で遊ぶとか、そうやって街を歩く中で友人にはち合わせて「この人、私の彼氏なの」と自慢したい───などと言うつもりはない。この異世界の中でだって十分に可能な、一般的に考えれば恋人同士の間ではごく普通に行われるであろうことを、もう少し期待したいというだけなのだ。恋人なら恋人らしい態度で接してほしい。多くの責任を背負うひとだからいつもとは言えないけれど、ほんのたまに、余暇を楽しむ時くらい。二人きりの時だけでなく、みんなの前でも。
 しかし、たったそれだけのことが、九郎を相手にすると途轍もなく難題になってしまう。 何度『離れろ』だの『慎みを持て』だのの小言を、馬鹿という枕詞と共に拝聴してきただろう。怒鳴りあいではなく、もっと落ち着いた語らいを期待しているだけなのに、望美の願いはいつも九郎を羞恥や混乱で苛立たせてしまうようだった。

「欲張り……なのかなぁ」

 胸元に手を当てて望美は悄然と呟いた。その下にある鱗の感触を、衣越しでも神子の手は既に間違えずに読み取れる。願うたびにちりりと熱を放つそれに触れるたび、受け取った日の熱さを思い出す。止めることのできなかった、運命。
 それよりもずっと───それこそ比較にならないほどに幸せな運命の只中に在るというのに、願いというものは尽きることを知らないものだ。

 九郎が生きていて。
 九郎が自分を好きだという意思表示をしてくれて。
 それでなにが足りない?

「…………うん」

 それだけでもういいや、と望美は思った。
 しつこい人間は男でも女でも嫌われる。まして九郎のようなガッチガチ頭の異世界武士に望美の現代乙女的思考回路を推し量れというのは、望美が考えても我ながら無茶苦茶な要求だ。人生観も価値観も恋愛観もまったく異なっているのだから、むしろ想いが通じただけで限りなく奇跡に近い。
 というか、九郎に恋愛観なんぞ無いんじゃないだろうか。彼は女性のことを「男より弱い」「子供を生む」生き物だとしか捉えてない節がある。軍の大将で血を遺すことが重要な武家だからという理由も大いに関係あるだろうけど。

「鬱陶しい女だって呆れられるのだけはやだし」

 

 

 日に日に柿頭の尻尾が萎れていく過程を眺めているのが、弁慶の最近の日課である。髪を束ねているだけの筈なのだが、あれは僅かなりとも当人の意思を宿しているのだろうか。だとしたら本当に犬の尾並みだ。
 ともかくこれ以上覇気が失せるのは、戦の気配がいまだ収まらぬ昨今にあっては好ましくない。仮にも一応、大将なのだ。外野としての好奇心を軍師としての正論でねじ伏せ、弁慶は湯呑みを持ったまま孫庇に足を進めた。足音も気配も殺していないから間違いなく接近が伝わったというのに、九郎はぼけっと孫庇に胡坐をかいて庭を眺めたままだった。
 視線すら寄越さない九郎に、弁慶はやれやれと水を向けてみた。

「で、心当たりはないんですか」

 九郎の返事は無い。
 これまでの事例から最も頻度の高い『喧嘩』を前提にしてはみたものの、それが今回の大将と神子の距離を作っているものの原因だとは、弁慶も考えていなかった。諍いらしき騒ぎも一切ないまま、神子は九郎の周囲で余暇を過ごすことをやめた。鍛錬などは平常通り行っているようだが。
 つい先日までは、あれほど用もないのにまとわりついていたのに。

「……女というものは、分からん」

「僕に言わせれば、君が望美さんの心を射止めた理由こそ分かりませんが」

 照れて怒鳴り散らすかと見守る弁慶の前で、九郎は肩を落とす。

「……そうだな。いい加減に愛想を尽かしたんだろう」

 おやこれは重症だ、と薬師は内心の帳面に患者の病状を書き付ける。

「俺は女人のあしらいなど分からんし、気の利いたことも思いつかない。もっとあいつのことを分かってやれる男のほうが、共に居て楽しいだろうし」

 自信喪失。まあ恋の病においてはこの男に自信など最初から皆無だが。
 弱気増大。まあ当初から神子のほうが熱烈に押して押して押しまくっていたので、本人が強く出たことなどないのだろうが。
 以上が複合的に作用した結果の、僻み存分な愚痴。

 病状を分析し終えると、弁慶は笑顔で手を軽く上げ、勢いをつけて振り下ろした。
 当然のことながらその手には湯呑みがあり、振り下ろした先は柿頭だった。

「……っ!」

「呆けすぎですよ。それでも大将ですか、情けない」

 がつんとかなりいい音がしたことに満足し、弁慶はようやく湯呑みを床に置いた。
 後頭部を抱えたままこちらを睨む九郎に一瞥をくれる。

「そうやって一人で拗ねるより先に、することはないんですか」

「……どういう意味だ」

「いつもいつも望美さんが来てくれるのを待つばかり、来なくなったら遠くから物欲しげに眺めるだけ。たまには自分から動いてみたらどうです」

「──────っ!」

 九郎の頬にさっと朱が走った。
 ようやく明らかな手ごたえを引き出せたことに、弁慶は嘆息する。まったく、世話のやける不器用者同士が恋仲になってくれたものだ。

「手を伸ばさなければ、欲しいものなど手には入りませんよ」

 

 

 会いたい。
 同じ時間を過ごしたい。
 他愛もないことで笑いあいたい。
 それから、それから───。

 でも、きらわれたらもう生きていけない。

 たった一人の相手にだけ、途方もなく欲張りで、途轍もなく臆病になれる。
 きっとそれは、恋の病。

 

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**反転コメンツ**
可愛らしい感じで…!と念じつつ書いたら当初のネタとは二転三転。(いつものことです)
いやもう萌えのおもむくままに放っとくといつも切ないモードが点灯するので、これはこれで貴重なノリかも@当サイト。
ゲームシナリオやルートは考えずに…というより敢えて無視して書きました。恋仲@異世界って九望じゃない(笑)。
九郎が無印ルートで自覚したのは壇ノ浦が終わってからだと思ってます。(遅すぎる)