掌中の珠

 

 するり、と。
 梳くそばから指を逃れていく髪の手触りに、覚える心地はなんと言いあらわせばいいのか分からなかった。

 吐息が落ち着いていくのと入れ違い、少女は眠りに落ちていく。雫の残る睫毛がゆるりと伏せられた後は、やわらかな夢路を妨げるのが惜しくなるほどの満ち足りた寝顔になっていた。
 絡めていた指先の力がふっと抜けたのを合図に、九郎はゆっくりと身を起こした。重みを預けていた少女の上から退き、改めてその傍らに身を横たえる。床など敷く余裕はなかったから、二人分の乱れた衣だけが褥であり衾であった。幸い小柄な彼女のことだ、己の衣で十分に覆い包めるだろう。こうして寄り添っていれば尚のこと。

 頭のどこかが灼ききれるようなひとときが過ぎてみれば、去来するのはじわりと嵩を増す歓喜。

 想いをかけることさえこの上ない罪になる相手だった。
 目の前で咲くたおやかな華、ふるりと風に揺れて小首を傾げる無邪気な愛らしさ。けれど決して摘んではならない、手の中に納めることは赦されない。たとえそれらの制約が無かったとしても、意中の女人を振り向かせる自信など、九郎にある訳もなかった。血を目当てに言い寄られたことなら山ほどあるが、己の意思で欲したことなどなかったのだから。

 ───すべてを振り払い、こうして腕の中に捕らえてしまうまで。

 眠る少女を起こさないように、九郎はゆっくりと彼女の髪を梳く。こめかみから指を挿し入れ滑らせれば、つややかにしとりと流れる絹糸が惜しげもなく広がっている。少し湿り気を帯びているように感じられるのは、今までの余韻のためだろう。熱に浮かされたひととき、互いの肌に移り交じり合った汗、彼女の涙と蕩けた蜜。躯の内側に燻る欲が、水気を含むものに融け混じって流れ出てしまうようだった。

「…………、ん……」

 小さな呻きをひとつ、少女の細い喉がこぼす。その僅か下、衣に隠れる場所に己の唇で残した紅い痕。そっと指先を這わせてなぞる己がどんな顔を晒しているのか、九郎は露とも気づかない。

 誰も───九郎自身も知らない、彼女にだけ向けられる笑みを。

 少女の耳朶に唇を寄せ、九郎は囁く。
 吐息よりも微かな音に想いのすべてを込めるように。

「───望美……」

 好きだとか、愛しているだとか。
 この胸を満たすものを言いあらわすのに、そんな言葉では到底足りないことを悔しいとすら思う。
 掌の中にある至宝を慈しむように、己のすべてで彼女を包み込みたかった。

 

BACK


**反転コメンツ**
むっつりの本懐後なピロートークでした。(いくら何でもぶっちゃけすぎじゃね!?)
いや私の書く御曹司なんてこんなもんですから。脳内は常にデレてますから。
実際にこの展開に持ち込むまではそりゃあ山アリ谷アリだったんでしょうが、そのへんは盛大に割愛(^^;)。
着物でいちゃこいてるのがすごく好きなのです。洋服よりムードがある気がして…九望は特に。