恋綴り

 

 今日はひと月前の返礼をする日なのだと、聞いた。
 だから、だ。貰っておいて何も返さぬなど、義理が立たない。かと言って、情けないことだが、俺はまだこの世界に在っては己の身すら立てられない暮らしをしていて、無意味に右往左往するのが関の山だ。お前に何かを贈ることなど、望むべくもない。

 その……嬉しかったんだ。お前が俺にくれた、その気持ちが。
 それならば同じように想いを返してやれば、それでいいのかもしれないが、それだけでは俺があまりにも不甲斐無さすぎるだろう。
 こういう時ばかりは、以前の己の間抜けさが身に染みる。その気になりさえすれば、お前に贈るべき良き品をさまざまに選ぶことだって出来た筈なのに、あの頃の俺はちらともそんなことを思い浮かべなかったのだから。

 けれど後悔はしない。することなど有り得ない。
 お前と共に、平穏の中にいられるのだから。

 俺はこんな性格だから、面と向かっては言えないかもしれない。分かってはいるんだが、どうにも気恥ずかしさに襲われると、思っているのとはまるで違う言葉が勝手に口をついて出てきてしまうんだ。尤も、それはお前も同じことらしいがな。
 今まで一体幾度、言い争ってきたんだろうな。それは俺の所為でもあるし、お前の所為でもあると思うぞ。まあ、そんなお前だからこそ、俺のような無骨者にも怯まず喰らいついてくる物好きなのだろうが。

 だから、こうして文に託す。

 望美。お前が、好きだ。
 お前が俺を選んでくれたことに、感謝する。
 お前を俺の持てる限りのすべてで───幸せにすると、誓う。

 

 

 別れ際の九郎に『絶対に家に戻ってから開けろ』と言い渡された手紙は、飾り気も素っ気もない茶封筒に無地の便箋で、人となりが知れようという情緒のなさだった。 仮にも公家との付き合いをこなしていた筈の元御曹司は、料紙も花も香も、恐らく自分で考えたことは一度もなかったのだろう。
 つらつらと書かれた文字を目で追い、望美は沈黙した。

 何度も何度もコール音を鳴らす。出ない。が、居留守(?)なのは分かっている。
 コール音が鳴るごとに羊を数え、それが優に二桁を超えた頃になって、ようやく観念したのか相手が携帯を取った。

「九郎さん」

『…………なんだ!』

 デジタル音として聞こえる恋人の声は、やはり普段と少し違う。
 離れていてもすぐにつながった時間を共有できるのは便利だが、やはりすぐ傍で顔を見てぬくもりを感じながら、その声を聴いているほうがいいな、と望美は思った。

「手紙、ありがとうございました」

『…………』

「あの、それでですね」

『ま、待てっ! みなまで言うな!!』

 

「いえ、私、あれ読めなかったんですけど」

 

『…………は?』

「だから。私、あんな達筆な崩し字、読めません」

『…………』

「もらっておいて悪いんですけど、なんて書いてあるのか読んでもらえません?」

『出来るか馬鹿!!』

 通話は一方的にぶち切られた。
 ツーツーと無機質な電子音を響かせる機械を眺めて、望美は悪戯っぽく、しかしとても幸せそうに、笑った。

 

 

 本当はね。
 なんて書いてあるのかは、分かるの。
 もちろん全部ちゃんと読める訳じゃないけど……むしろ大半は全然読めなくて、九郎さんに言ったこともまるっきりの嘘じゃないんだけど。
 ほんの少しだけ、間違いなく読めたって自信の持てる部分が、あったから。

『望美』『好』『幸』

 ───ねえ、これってラブレターだよね?

 望美はくすくすと笑いながら、手早くメールを打った。
 初めて彼から貰った手紙は、涙と痛みの記憶をもたらした。今はそれも懐かしく思い返しながら、少女の恋文が矢よりも早い電波にのって、彼の元へ届けられた。

『私も九郎さんが大好きです』

 

BACK


**反転コメンツ**
ホワイトデーは現代ネタで。電話かけるのもメールするのも神子からという攻め将棋(笑)。
そう言えば昔、遥か対応メールソフトでこういうタイトルのありましたっけね。私は興味なくて持ってなかったけど。
九郎は何しろオフィシャルで手紙に柿な人だから、そんな便箋を選ぶとかいう発想は絶対ないと思われ…!
こんなネタでもなきゃ九郎は死んでもラブレターなんてくれないと思うので、書いてて楽しかったです。