こころ、かたち

 

 そこに確かにあるのに、見るのも触れるのも無理だから。

 

 

「神子。みこ」

 舌足らずな呼び声と腰に伝わった軽い衝撃に、望美は視線を下に向けた。予測どおり、陣羽織の裾をしっかと握っていたのは、真っ白な色彩を持つ幼子だった。片手はそうして神子をつかまえ、もう片方の手には小さな布袋を握っている。

「なあに? 白龍」

 何故だかこの龍神は、騒ぎが収まった後、いきなり幼い姿に戻ってしまった。鎌倉との戦に力を使いすぎたのかもしれず、平泉に撒かれた呪詛の残滓が今になって影響を及ぼしたのかもしれなかった。望美を始めとする周囲は原因と対策に首をひねらざるを得なかったのだが、当の龍神は少しも慌てなかった。

『だいじょうぶ。とどまっていた五行が急にめぐっているだけ』

 少しすれば落ち着くから───と幼い笑みで言われてしまえば、周囲はそういうものかと納得するしかない。
 成長した姿で長い旅路を共にしたこともあるのだが、見た目がこれでは、自然と扱いも変わってくる。

『また神子といっしょに寝ていい?』

 望美がいいよと答える寸前に、他の面々から制止が入ったのは言うまでもない。
 その点については白龍の希望は叶わなかったが、譲が甘味を作っては望美だけでなく白龍に与える光景も復活したし、敦盛やリズヴァーンの脇で日がな一日空を眺めている光景も見られるようになったし、将臣に軽々と振り回されては大層はしゃいでいる光景も見かけるようになった。(その後「うるとらまんてなあに、神子」と質問してきた)

「譲がね、神子にって。私にもくれたよ、とても甘い」

 得意げに差し出された布袋の中身は、どうやら恒例のおやつらしい。

「ありがと、白龍」

 受け取って、望美はふと、考えた。

「……白龍。これもらったの、白龍と私だけ?」

「え? えーっとね、うん。みんなのぶんはないから、ないしょだって」

「ふーん……」

 普段だったら我先に食べ始めるにも関わらず、考え込んでしまった望美を見て、白龍はちょこんと小首をかしげた。

「神子、うれしくない? これ、すきじゃない?」

「え、あ、ううん違うよ。じゃあ白龍、こっそり一緒に食べようか」

「うん!」

 

 

 夜半になって高館に戻ってきた九郎は、自室にと割り当てられた房から仄かに明かりがこぼれてきていることに気づいた。ここに住み始めたばかりの頃ならともかく、秋からこの冬を超し、やがてじきに平泉にも遅い春を待つばかりという今になって、仲間うちの誰かが自室を間違えたとは考えにくかった。
 考えられるのは自分へ緊急の話がある者がいることだが、戦の事後処理に追われている昨今、その可能性が最も高い相手は、今も九郎の隣に立っていた。

「───おや、待ち人ですか」

「……そうらしいな。こんな夜分に、何か問題が起きたのか?」

 そういう方面でしか物事を考えることができない九郎に、弁慶はくすりと笑った。

「可愛い許婚が君の帰りを待ち焦がれているんでしょう、きっと」

 松明を消してしまったのが残念だな、と弁慶は思った。隣の気配が明らかに動揺し、うろたえているのが暗くても伝わってくる。明るければきっと、面白いように染まった顔をからかうこともできただろう。

「───……っな! べ、弁慶っ!!」

「それでは失礼して、僕はもう休ませてもらいますね」

 背後のがなり声を綺麗に無視したまま去ろうと思ったが、ふと心づいて足を止めた。
 振り向いて、はっきりと聴こえるように、言ってやる。

「夜這いのひとつもしてあげないから、望美さん、きっと焦れたんでしょう」

 その途端、がなり声すら止んだ。しばらく続きを待ってみても、返るのは沈黙のみ。
 やがてようやく、どすどすと荒い足音が響いてきた。弁慶の立つのとは反対の方向に。

「〜〜〜〜〜〜ふざけるのも大概にしろっ!!」

「九郎、そのように大声を出しては、皆に迷惑ですよ」

 

 

 怒りと照れに任せてずんずん進んできたはいいものの、中に居るのが望美と決まった訳でもない。
 道々それに思い当たった九郎は、務めて平静な態度で、からりと引き戸を引いた。

「あ、お帰りなさい、九郎さん!」

 しかしながら室内に居たのはやはりと言うかなんと言うか、その配慮も木っ端微塵に打ち砕く笑顔を浮かべた白龍の神子だった。
 途端にがっくりと肩を落とした九郎を見遣り、望美は慌てて駆け寄る。

「え、どうしたんですか!? なにか困ったことでも?」

「……強いて言うなら、お前が何故かここに居るのが困ったことだ」

 夜更けに年若い娘が夫でもない男の房に入り込むな。
 ───と言えたらいいのだが、そんなことをわざわざ言ったら、まるで自分がいかにも彼女に不埒な真似を働こうとしているようではないか。しかも己の本心を顧みれば、それがまるきり冤罪でもないのだから、ますますもって口にしたくはない。いずれは、と考えているのは事実だが、はっきりと告げてもいないのに、そうしてしまうのは矜持が許さなかった。
 さまざまな思惑を何ひとつ口に出せずに眉をしかめる九郎に構わず、駆け寄った望美は手にしていたものを差し出した。

「はい。外、寒かったでしょ。お疲れ様でした」

 反射的に受け取ってしまってから、九郎は手の中のぬくみに気づく。
 温石(おんじゃく)だった。焼いた石を綿や布でくるんだ暖具は、冷えた身に快い熱をもたらしてくれる。

「葛湯もありますよ。火を埋けてありますから、こっちどうぞ」

 ぐいぐいと腕を引っ張られ、炉辺の脇に連れてこられる。

「お、おい……?」

「あ、座る場所、ありませんでしたね。円座(わろうだ)は寒いから、じゃあ毛皮の上に」

「望美!? お前、さっきから一体、なんのつもりだ!?」

 ようやく出た九郎の問いかけは、望美の笑顔に迎えられた。

「お出迎えですよ? 今日も一日、一生懸命頑張ってきた九郎さんに、ご苦労様って」

「───出迎え?」

 望美は頷いた。その間にもぱたぱたと動き回り、暖を取るための布を九郎に着せ掛けたり土瓶から湯呑みに湯をついだり、その世話の焼き方は甲斐甲斐しいと言ってもいいほどだった。
 一瞬、自分たちが既にめおとであるかのような───錯覚が、した。

「本当は何か差し入れでも作りたかったんですけどね、朔に止められて」

 朔殿感謝する、と心の底から九郎は思った。

「じゃあ私が九郎さんのためにできることって何かなーと」

「……それで、出迎えなのか。しかし何故、いきなり」

「だってかたちにしないと、気持ちってなかなか伝わらないものでしょう?」

 火の前に胡座をかいた九郎の顔を覗き込み、少女はやわらかく微笑む。

「九郎さんが疲れて帰ってきた時、部屋が真っ暗で寒かったら寂しいかなって。だから、起きてあったかくして、待っていたかったの」

 ───あなたを待っているひとが居るって、知っていてほしかったの。

「望美……」

 じんわりと広がるぬくもりは、膝の上に置いた温石よりも手渡された湯呑みよりも、少女の言葉がこころに与えてくれたもののほうが、より強く感じられた。
 照れ隠しに湯呑みを口に運ぶと、とろみのついた葛湯は、何故かほんのり甘かった。

「蜂蜜入り。疲れた時は甘いものがいいんですよ」

「……そうか。済まないな、気を遣わせた」

「ここは謝るとこじゃないでしょ?」

「───そうだな。ありがとう、望美」

 

 

 そこに確かにあるのに、見るのも触れるのも無理だから。
 だからこころを示すとき、ひとはかたちに託すのです。

 

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**反転コメンツ**
和風世界でバレンタインネタをやりつつ甘くするには、出会い直後じゃなくてどうしても一年後になってしまう。
無印一年後はすれ違いとか壇ノ浦とかでそれどころじゃないので、じゃあ十六夜でなんとか。
ちんまい白龍にお菓子あげて餌付けしてえ!!
以上三点(最後が明らかに異質かつ余計)をふまえた上でのこんな捏造SSになってしまいました…すみません(笑)。