ありふれた言葉

 

 たまには何かしようと思っても、上手くいかないことばかり。
 要領の悪い自分が本当にイヤになる。

 

 

「……う〜」

 自室のベッドに仰向けに寝転がり、望美は唸っていた。
 視線の先に転がっているのは携帯電話で、たった今、恋人───今でも些細な触れ合いで茹でダコになるし、第一人前で恋人とさえ呼ばせてくれず、当然そういった紹介だってしてくれない、本当に胸を張ってそう名乗れるのか甚だ怪しいのだが、まあ一応───恋人に、約束キャンセルのメールを送信したばかりだった。

「いっぱい、考えてたのに……私のバカ」

 どう考えてもこちらに馴染むのに素晴らしく手間隙かかりそうな彼を、なかば強引に拉致ってきたのが去年の冬。
 それから幾つかの季節を過ごしていく中で、相変わらずケンカしながら時には誤解しながら時には落ち込みながら、互いの距離は少しずつ埋まっていく。少なくとも望美はそう信じているし、彼が頻繁に見せるようになった屈託のない笑顔を見ていると、あながちそれが自分の思い上がりだけではないように思う。

 できればもう少し進展したいなぁ、と可愛らしい欲が出るのは、年頃の乙女と呼ばれる年代であれば、望美にとっても無理からぬ願いではあった。

 何しろテキは普通の人間ではない。こちらの常識が通じない。いろいろな意味で。
 まず第一に、すぐ沸騰する。特に顔面のあたりが。見ていて楽しいし可愛いなあと思うのも事実だが、いい加減に人前で手くらいつないでくれてもバチは当たらないと思う。向こうでは混んでいる市で袖くらい掴ませてくれていたのに、と思い出すと少々恨めしい。
 人の顔を見れば二言目には馬鹿と言うのもいただけない。真剣に怒りながらその言葉を口にすることは激減したが、それにしたって気分のいいものではない。大体、真剣でなければ笑いながらの発言で、子ども扱いされているようで面白くない。
 何より不満なのは、気持ちをなかなか口にしてくれないところだ。不快感は黙っていてもそのまま顔に出るくせに、逆の感情は滅多に素直に出そうとしない。自分と時間を過ごすことを厭うていないのは分かるのだが、それならそうと、きちんと言葉で教えてほしいのだ。

 嬉しいのなら、そう言ってほしい。
 好きなら、そう言ってほしい。
 自分への気持ちを問いかけたら───答えてほしいのだ、逃げるのではなく。

 そのためにも今日は、絶好の口実……もとい、機会だったのに。

「なんで、こういう時に限って風邪ひいちゃうかなあ」

 秋から冬へ移り変わる季節。暦の上ではもう冬になった時期。
 そんな中、忙しい学校生活の合い間を縫ってデートプランを練り上げ、手持ちの服とアクセサリを取っ替え引っ替えしては薄着で悩んでいれば、少しの油断で万病の元を招き入れやすくなる。
 つまり、望美はものの見事に風邪でダウンしたのだった。遠足当日に熱を出す幼稚園児ではあるまいし、と思うものの、頭痛発熱喉の痛み、とくれば、事実は無視できなかった。

「……九郎さん、ちゃんとメール、気づくかな」

 電話ならば直接口頭で伝えられるから、行き違いの心配がないのは分かっている。
 けれどその口頭というのがまさに曲者で、普段とは違う声や咳き込みの気配を、誤魔化しきれる自信がなかった。肝心のところでは鈍いくせに、九郎はそういう部分だけは無駄に敏いから厄介だった。

「───ほんとなら、ちゃんと言いたかったのに……」

 病で気弱くなっているせいか、望美の思考は沈みがちだった。
 瞳が潤む。自分一人なのをいいことに、ついでに鼻水もすする。スン、と音がして、まるで本当に子どもだなぁと我ながら思った。

 

 

 うとうとと、いつの間にか浅い眠りに落ちていたらしい。
 熱のある額には、冷却シートもすっかりぬるくなっている。ぼーっとしていると、誰かの影がふと動いて、シートに伸ばしかけた望美の指を包み込んだ。

「……ぉか、さん?」

 言ったはしから、望美は違和感を覚える。
 お母さんの指って、こんなにごつごつしてて、長かったっけ?

「誰が母御だ」

「───!!??」

 聴こえてきた声に、望美の意識にかかった霞は一気に消えた。
 醒めた視界を慌てて巡らせれば、望美の手を掴んでいるのはまさしく、眠る前に予定のキャンセルを伝えた相手であるはずの、九郎だった。

「な、な───九郎さんっ!? なんでここにっ……って言うか、お母さーん!?」

 パニック状態で身を起こそうとする望美を、九郎はやんわりと押し留める。
 優しいが抗えない力のこもったその腕に、望美はベッドから動くことができない。

「落ち着け。母御は買い出しに行かれているゆえ、俺が留守居を仰せつかった」

「はあ……じゃなくて、なんで九郎さんがうちに来てるんですかっ!!」

「お前が連絡を寄越したんだろう。めーるで、出かけられない、と」

 確かにそうだが、理由など書かなかったはずだ。心配させてしまうのがイヤだから。
 口ごもった望美に小さく笑い、九郎は種あかしをしてみせる。

「……一目だけでも、と思い、こちらまで来たんだ。母御にお会いして、理由が分かった」

「……九郎さん」

「そう重い病でははなさそうだが───大事ないか?」

 ああ。
 なんでこのひとは、こんなにやさしくわらうんだろう。

 望美は泣きたくなった。
 不平不満は山とある。普通の恋人らしい願いをちっとも叶えてくれない九郎に対して、あれもこれもと要求しようと思っていたことはキリがなかった。
 でも、ちっとも分かっていなかったのは、自分のほうだ。

 九郎はちゃんと、一番大事な部分を間違えることなく、自分を想ってくれている。
 そんなことも見えなくなっていた自分が、望美は悔しくて情けない。

「う〜〜〜……」

 ぐずり始めた望美を、九郎は熱の所為で身体がきついのだろうと思った。
 階下で鍵の開く音と、お留守番ありがとうねー、という母親の間延びした声が響いた。暇乞いの刻限が訪れたことを知り、ゆっくりと腰を上げる。
 彼女のもとを去りがたい心情は、悟られないように押し隠して。

「戻られたな。喉越しのよいものでも出していただくといい」

 踵を返そうとして、ぐんと何かに引っ張られ、九郎はたたらを踏んだ。
 振り向けばシャツの袖口に、呆れるほど細い指が絡んで引き留めていた。

「望美?」

「あの……もう、帰っちゃう……んですか?」

 舌のよく回っていない声は鼻にかかり、聴いたことのない甘さを含んで。
 跳ねた鼓動がそのまま、九郎の顔を染めていく。

「……る、留守居だからな。お前の顔を見られたし、長居も無礼だろう」

「…………」

 九郎は言い出したら聞かない律儀なひとだ。望美もそれはよく知っている。
 帰ると言った以上は、どんなに引き留めても、それを覆すことはないのだろう。

 だったら言えるのは、今しかなかった。

「あのね……九郎さん、ちょっと、耳貸してください」

「耳? 何故だ?」

「おねがい」

 

 

 考えて考えて、たくさん計画していたことはあったの。
 それがダメになって、すごく落ち込んだ。要領の悪い自分がイヤになった。
 でも、伝えたい気持ちの大きさだけは、ずっとずっと変わらないから。

 だから、ね。
 お見舞いまでしてもらっちゃって、なんだか私が九郎さんにしてもらってばっかりだけど。
 それはあとで改めて、九郎さんが納得するようなプレゼント、用意するから。

 だから今は、このことばを。

 

「───ハッピーバースデー、九郎さん」

 

 あなたの上にたくさんのしあわせがふりそそぎますように。

 

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**反転コメンツ**
2006年九郎ハピバ記念の無印ED後設定。とにかくお約束で甘い話にしたかった。
神子はさんざん一人で空回って、挙句にとても不器用だったりすると非常に萌えます。ドジっ子大好き。
…実はこれは後日談を某ページにて書く予定なんですが(爆笑)。こ、このままほのぼので終わらせたほうがイイですか?
まあとにかく九郎さんお誕生日おめでとー! この愛すべき史上最強のヘタレ大魔神め!!(祝ってないよ)