| 「あっ、おかあさーん!」 その公園は、病院のすぐ前にある。 「ばか、母さんは今、大事な身体なんだぞ。飛びつくな」 幼女はぷうと膨れるが、父親にそっと降ろされると、微笑む母親のもとにゆっくりと近寄っていく。母親が笑顔のままに両手を広げたのを見てから、やっと安心したように、ぽすんと頭をくっつけて寄り添った。 「迎えに来てくれたのね、ありがとう。お留守番のあいだ、変わったことはなかった?」 「うん! おとうさんもいっしょだったから、あけみ、おとうさんとあそんであげてたの」 「なっ……こら、明美」 「ふふふっ」 年の割には口達者な愛娘に、九郎が勝てる訳がない。望美は屈託なく笑った。 「───医師は、なんと?」 「大丈夫。経過は順調だって」 瞬間、九郎の表情がゆるゆるとほぐれていった。 どこにでもありそうな、平凡な家族の姿。 九郎が何よりも欲していたものがそれだということを、望美は知っていた。いや、知っているつもりだった。血のえにしに幸薄い彼に、それを与えるのは自分でありたいのだと、彼我の世界の差に目を回す九郎を見ながら、望美は願いを噛みしめていた。 「もう、少しは慣れてくださいよ。二人目なんだから」 「慣れるものか」 拘束する腕が僅かに強さを増した。 「幾度味わったとしても……こんな、幸福、慣れるものか……」 声の微かな震えを、九郎は隠そうとはしなかった。
血塗られた栄光をなげうった九郎の掌に残ったのは、望美という存在だけだった。 ───それさえあれば幸せなのだと、微笑む望美をただ抱き締める。 「いつ頃だ?」 「半年先くらい。ふふ、九郎さんの誕生日あたりですよ?」 「そうか……」 注意して見なければ分からないほど、まだ僅かな徴候しかない膨らみ。それでも、そこに確かに存在しているいのちが、幸せの意味を九郎に教えてくれる。 「明美もおねえちゃんよ。弟と妹、どっちがいい?」 「おにいちゃんがいい!」 「あら……それは、無理ねぇ」 「えー。おとうさんおとうさん、あけみ、おにいちゃんがいいよう」 ふくれた愛娘に、九郎は苦笑する。掌を頭に乗せて、少し強く撫でてやった。 そのすべてを与えてくれた、望美と共に。 「……母さんの言うとおりだぞ。それは無理だ」 「え〜〜〜」 大好きな両親から兄は無理と言われて、幼女はすっかりしょげ返ってしまった。 「仕方ないだろう。明美が、父さんと母さんの、最初の子供なんだから」 「きゃっ、おとうさん、かたぐるまかたぐるま!」 視界が一気に高くなると、それまでの不機嫌の原因をすこんと忘れて、幼女ははしゃぎながら九郎にねだる。 「ああ、いいぞ。───望美、お前は座ってろ」 「はいはい、ごゆっくり」 ベンチに腰を落ち着けた望美から、無理なく見える範囲内で。 「ねえねえ、おとうさん」 「なんだ?」 「さいしょのこどもって、あけみがいちばんってこと?」 「そういうことだな」 「なんでもっとはやく、おとうさんとおかあさんのこども、いなかったの?」 「っ!」 「そしたらあけみ、おにいちゃんがいたのに」 「…………っ」 「ねえねえ、なんで?」 畳み掛けるように問われても、どれもこれも九郎には難題だった。 「ねえねえ、おとうさんてばぁ」 「……お前が、もっと大きくなってから、な」 「大きくなったら? なあに?」 「───ちゃんと、教えてやるから。今はまだ、秘密、な」 「え〜、いつ〜〜〜?」 いつだと問われて、いつなら適切なのだろう、と九郎は考えた。 「おとうさん?」
『九郎さん』
その瞬間、娘の声が、望美の声に重なって聴こえた。 「……そうだな、明美がもっともっと大きくなって、大人になったら、だな」 出逢った頃の彼女と同じ年頃に、成長したときに。 「だから、いつなのぉ?」 「秘密、だ」 どうかそれまで、愛しい者たちを、自分のちっぽけな力でも護ってゆけるように。 彼の幸せが微笑む場所へ。
了 |
**反転コメンツ**
捏造Maxですが、一応、前編よりはまともな九望です。ちゃんと二人とも出演してるしね(笑)。
子供の名前を出さずに書けないか考えてはみたのですが、どうしても、出したほうがすっきり書けるので、やむなく設定。
女の子は望美から一字もらう形で『明美』、男の子は九郎と同じく漢数字を入れる形で『陽一』でした。
もっと子だくさんでもいいんだけど、これ以上名前考えるのがイヤだったので省略(爆)。