むかしばなし・現在

 

「うあ〜〜〜サイアクだぁ」

 私は重い足を引きずりながら、家路を急いだ。
 気晴らしに友達とぱーっと遊んで帰ろうかと思ってたけど、朝の出掛けにお母さんに釘を刺されていたから、そういう訳にもいかなくて。

『お父さんがね、あなたに話があるそうよ。早く帰ってらっしゃいね』

 心当たりは……ある。ありすぎてヤバい。
 つい先日、先生から返された模試の結果。志望校に全然届いてなくって、勉強に手を抜いてる自覚はほんの少しあるだけに、どんなお小言を頂戴するか分からない。もう高2だっていう時期なのに、今からこんなんじゃお先真っ暗だよ。

 お母さんに恐る恐る見せた時は、困ったように『しょうがないわね』って言われただけで。
 お父さんからは、まだ、何のコメントももらっていないのだ。

「ううぅ……怖いよう……」

 お父さんが声を荒げて怒ることって、滅多にない。もちろん、娘の私に手を上げるような、家庭内暴力を起こしたこともない。
 けど、なんと言うか、迫力が段違いなのだ。普通に怒鳴られるよりよっぽど怖い。

『えー? べつに親の言う事なんて、テキトーに流しときゃいいじゃん』

 友達はそう言う。私も半分くらいはそう思う。
 思春期のコドモにとって、親というのはどうしても、煙たい存在だから。

 でも───それでもやっぱり、真面目な顔をしたお母さんとお父さんには、逆らえない。

「……もしかしてウチの両親って、すごく子供泣かせなのかな」

 夕焼けに照らされて伸びた影を追いながら、私はそんなことを考えた。

 

 

「ただいまぁ……」

 そーっと声をかけると、ダイニングキッチンからお母さんが振り返った。
 普段なら『今日のごはんなに?』とか気軽に聞けるのに、これから立ち向かわなきゃいけないお父さんのことで胃が痛い。あー、なんて言い訳しよう。

「あ、お帰りなさい。お父さん、和室にいるわよ」

「……はーい」

 お母さんは普段どおりの表情で、少し笑った。うーん、こっちの機嫌は悪くないみたい。
 よし、いざとなったらお母さんに泣きついて、援護射撃を頼もう。うちのお父さんは、お母さんにはすっごく甘いところがあるのだ。
 別に年中べたべたしてる訳じゃないんだけど、時々こっちがびっくりして目のやり場に困るくらいに、二人は今でも仲が良い。恋愛結婚だったのよ、なんて話をむかーしお母さんに聞いたことがあるけど、それが現在まで持続してるあたりが、ちょっと凄いよね。

「まずは鞄、自分の部屋に置いてきなさい。話が終わったらすぐごはんだし」

「はいはいー」

「返事は一回」

「お母さん、それ、お父さんのセリフ」

「いいでしょう別に。それと、ごはんの前に、全員連れてくること」

「了解しました〜」

 うちはお父さんとお母さんと、私と、弟の四人家族だ。どうも我が家の男性陣は、他に集中していることがあると、呼ばれてもなかなか食卓に揃わない傾向がある。いい加減に片付かないでしょう、とお母さんが雷を落とすたびに、すまん、と小さくなるお父さんと、だって夢中になると声なんて聴こえないんだもん、と口答えする弟。
 全員を強制的に追い立てて連行するのは、いつしか私の役目になっていた。

 部屋に鞄を置いて、ついでに着替える。制服は面倒になったので脱ぎ散らかしたけど、お母さんは別に怒らないんだよね、こういうこと……。大雑把なひとだ、我が母ながら。
 こういう細かいことにうるさいのは、かえってお父さんのほう。それでも年頃の娘の部屋に勝手に入ってくる危険性は、ないに等しいから別に構わないけど。

 和室の前で、深呼吸。おなかにぐっと力を入れる。
 すぅ。はぁ。
 よし! 臨戦態勢!!

「……お父さん、ただいま」

「ああ、お帰り」

 襖を開けた瞬間に厳しい声が飛んでくるのかと身構えていた私に、お父さんは拍子抜けするくらい、いつも通りの態度で出迎えた。

「休日も予備校とはな。体調を崩さないよう、注意しておけよ」

「───うん……?」

 あれ。なんだろ。模試の話題が出てこないんだけど。
 本題をぐずぐず引き伸ばすのって、お父さんらしくない。予備校の話をするくらいなら、直球勝負のお父さんは、すぐにあの悲惨な模試の話をしてくるはずなのに。
 突っ立ったままの私に、お父さんが首をかしげた。

「座らないのか?」

「あ、……うん」

 促されて座ったはいいものの、私はもちろんのこと、お父さんもしばらく黙っていた。
 呼びつけておいてそれはないんじゃないの、お父さん。
 だいたいなんでそんな、そっぽを向いてるのよ。こっちはお小言くらう覚悟で来てるんだから、さっさと済ませてほしいんだってば。

「お父さん、話ってなに?」

「…………」

 お父さんは口を開きかけ、また閉じて、それを何度か繰り返していた。指が落ち着かなくテーブルを叩き、横を向いてあー、だのうー、だの唸っている。
 お父さんとお母さんのやり取りを十七年間見てきた私には、はっきり分かる。

 お父さんは今、死ぬほど照れている。

「お父さん?」

 苛ついて再度問いかけると、お父さんはやっと観念したのか、私のほうを向いた。

「お前に、話しておきたいことがある。お前が十七歳になったら、話そうと思っていた」

「なに?」

「───俺と、母さんが、出逢ったときの話だ」

 

 

「…………は?」

 えーと。どういう脈絡でそんな話になるんだろう。
 頭上に疑問符を飛ばしまくっている私に構わず、お父さんは話を続ける。ただし、相変わらずひどく照れて、顔をだんだんと赤くしながら。

「幼い頃によく、聞かせろとせがんでいただろう?」

「…………」

 言われてみれば、遙か昔にはそんなこともあったのかもしれないけど。
 それにしたって保育園とかそのあたりだよ、お父さん、一体何を今更そんな話を。

「お前があの頃の母さんと同じ年になったら、話そうと、思っていた」

「……はぁ……」

 ……ええーと。取りあえずお父さん、そのシャイっぷりは反則です。
 そんな幼児の頃のおねだりを今叶えられてもな、と脱力する反面、だからお父さんって可愛いひとなのよ、とノロケるお母さんの言葉を思い出した。

「冬の日に、俺と母さんは出逢ったんだ───」

 そう前置きして語られる話は、ちょっと、と言うかかなり、頭のおかしい内容だったけど。
 お父さんの表情を見ていたら、お父さんが言うならそれが本当なんだろう、と思った。
 だって、お父さん。自分で気づいてる?

 瞳も、声も、仕草のひとつひとつまで。
 お母さんのことを大事に想ってるって、滲み出てるよ。

 私はアホらしいのと微笑ましいのがごっちゃになって、なんだかドッと疲れた。

「……お父さん、ラブコールはお母さんに直接やってほしいんだけど」

「なっ、そんなんじゃないっ! 茶化すな!!」

 真っ赤になってあわあわと怒鳴るお父さん。
 ふふふ。こういう状態のお父さんなら、怒鳴られても全然怖くないんだな、これが。
 お父さんは咳払いをすると、何とか体勢を立て直そうとした。

「───お前ももう、立派な一人の女性だ。本気で好いた男がいても、おかしくはない」

 あー。お気遣いはありがたいんだけど。
 残念ながら現在のところ、まだそういう相手はいないんですよねぇ……。

「だから、その……」

 お父さんは口ごもった。
 なんて言われるのかは見当がついたけど、私は黙って、続きを待った。
 親を茶化しちゃいけない、んだもんね。

「……本気、ならば。俺も、きっと母さんも、止めはしない。お前の選ぶ道だ」

「───うん、ありがと、お父さん」

 ノロケを聞かされただけか、と思ってたけど。
 私のことをお父さんなりにちゃんと考えてくれてた、そのことはすごく嬉しかった。
 でもやっぱり照れくさくて、ふと、悪戯心がむくむく湧いてくる。私相手に照れてるお父さんなんて、滅多に見られるもんじゃないしね。

「じゃー次のリクエストは、プロポーズねっ」

「───っ!」

「今の話とお母さんの年齢から逆算したら、結婚したの、知り合って一年くらいじゃない」

「ばっ、馬鹿者! 親をからかうなっ!!」

「えーケチー。いいもんお母さんに聞くから、お父さんが途中まで教えてくれたよって」

「やめろ!!」

「じゃあ、私が十八歳になったら、プロポーズの話。約束だよお父さん」

「……仕方ない。母さんには絶対に言うなよ」

「はいはいー」

「返事は一回だ」

「はい!」

 ちょうどいいタイミングで、ごはんよ、というお母さんの声がした。
 私はまだ顔の赤いお父さんを急きたてながら、ふと、我が弟にもこの話をする気なのかと気がついた。

「ね、お父さん。陽一にもいつかこんな風に、話すの?」

 お父さんはちょっと私を見つめると、くしゃっと掌を私の頭に置いた。

「ああ。あいつには、俺が母さんと出逢った時の、二十二になったら話すつもりでいる」

「……そっかぁ」

「お前、言うなよ」

「うん。あーもう、おなかすいた! 早くごはんにしよっ」

 私はお父さんの背中をキッチンへ向けて押しやると、弟を呼びに階段を駆け上がった。

 

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**反転コメンツ**
取りあえずどこから謝ったらいいのか不明なくらい捏造激しすぎてすいません。
オリキャラについてはどの辺でお気づきになられたのでしょうか…「お母さんに甘いお父さん」あたりかな(笑)。
今回ナレーション役のお嬢さんについても一応名前の設定はありまして、続編では出せる予定。
次はちゃんとマトモに九望です。しかし相変わらず捏造ワールド炸裂中です。