値千金

 

 その口からそんな言葉を聞くだなんて、ほんとうに不意打ちすぎて。

 

 

「……え……?」

 望美の頭はいま何を言われたのか、咄嗟に理解できなかった。

 帰りたいと願っていた仲間たちがその願いを叶えられるのは喜ばしく、けれど離れたくはないと軋む自分の我侭な想いを持て余して、ひとり庭に逃げ出していたのに。
 わざわざ追いかけてきたのは、よりによって今一番顔を合わせるのがつらい相手。

 分が悪い、と思う。
 対人関係における遠慮や曖昧さ、気遣いゆえの嘘とそれに誤魔化されるふり、といったクッションの一切を、彼は持たない性格だから。一度おかしいと感じれば、それこそ本人が納得するまで絶対に引き下がらない。加えて自分だって、それほどこなれた嘘がすらすら出てくる訳ではないから、結局は吐かされる羽目に陥るのだ。
 案の定、問い詰められて別離の寂寥を白状し、ついでにじわりと目頭が潤む。この状況で泣くなんて卑怯だと分かっていたから、だからひとりになりたかったのに、残酷なまでの優しさで、彼はそれを許してはくれなかった。

「……ごめんなさい、泣くなんてずるいですよね」

 だからもう放っておいてくれ、と言外に匂わせた望美の葛藤にも気づかない様子で、目の前に仁王立ちになっている相手は。

 九郎は言い放ったのだ。

「お前が好きだ、一人の女性として」

 

 

 二人して黙りこくったまま、有川家の夜の庭にて見つめ合う。
 望美は静かにパニック状態に陥っていた。

 ええと。九郎さんが好きって言った。
 私と話してる時に、お前が好きだって言った。
 ……ええと。ああ、うん、そうそう仲間だからだよね、やだな私ったら早とちりして。
 ───じゃなくて!
 え、じょ、女性って言った? 聞き間違いだよねたぶん?
 だって九郎さんがそんなこと言うなんて、何度も上書きしてきた運命でも一度もないよ。
 うん、聞き間違い、空耳! そうそう、私の剣筋が好きだとか、そういう話だよ!

 意中の相手に嬉しい言葉をかけてもらった時の、この見事なまでの自己防衛に徹した反応は、実は彼女の幼馴染みの片方とよく似ている。因果応報という言葉どおり、鈍い相手を好いた困難というものは、望美もこれまでにお釣りがくるほど味わっていた。

 何も言わないままの望美をどう解釈したのか。
 九郎はふと息を吐くと、何気ない所作で片手を上げ、前髪をくしゃりとかき上げながら横を向いた。望美からは隠された表情の端に、ほんの微かな自嘲と落胆の色を押し隠して。

「……それだけ、お前に伝えておきたかった。悪かったな、急に」

「あ……」

 そのまま踵を返される。
 九郎の背が、望美に向けられる。

 ───また、置いていかれる。

「…………っ!!」

 どん、と九郎の背に衝撃が加わった。しがみついてきたぬくもりと柔らかさに、九郎の眉がきつく歪む。
 望美のためを想うなら、すぐに引き剥がして、忠告してやらねばならない。夜半に男に向かって自分から抱きつくなど、不用意もいいところだ。好いた男相手だとしてもそれは言えているのに、まして何とも思っていない男になど、そう容易く触れてはならない。そう諭してやらねばならない、それは分かっているのに。

 自分から振り払える、訳がないのだ。

 迷いに迷った挙句、結局九郎の手は望美の腕を引き剥がすことをせず、自分の腰の辺りに回っている小さな掌に、そっと重ねられただけだった。
 肌が直接触れ合うだけで、途端に跳ね上がる自分の心の臓を疎ましく思う。

「───どうした」

 九郎の声は静かに響いたが、望美にほんの少しだけでも余裕があれば、その奥に隠しきれない動揺と苦悶を感じ取れただろう。
 けれど実際には望美も自分の感情で手一杯であり、そんな男心までは気づけない。
 九郎の性格がどういったものかは、望美にもだいぶ分かっている。こんなことを気軽に口に出す人では絶対になく、その上で敢えて言ってくれた、その想いの深さに気づかない訳にはいかなかった。

 滅多にもらえぬ、至上の言葉。
 値千金の、その告白。

「九郎さん……っ」

「……望美?」

 落ち着かせるように、合わせた小さな掌を、大きな掌がきゅうと握りこむ。
 そして、九郎の耳に届くのは。
 ちいさなちいさな声の、ただひとこと。
 そのたったの一言が、九郎の心をもののみごとに震わせ、狂わせた。

 ───すき、です。

 

 

 飾った言葉などなくていい。理由なんてつけなくていい。
 ただ耳元で教えてくれればいい、その想いを。

 

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**反転コメンツ**
迷宮九郎EDのあのトドメ台詞に関しての衝撃を神子視点で(笑)。いろいろな意味で度肝を抜かれた。
いや、あの状態でアレ言っちまうのは反則だろ九郎。無印EDでも十六夜EDでもまともに言えなかったくせに!
九郎限定禁句として(神子本人に対して口に出して)「好き」「愛してる」があったんですが、もう解禁でいいってことですか御曹司。
ヒノエ辺りなら無印の初対面で言えるような台詞、ゲームソフト3本丸々かけてよく言えたな九郎(爆笑)!!