仲直りの合図

 

 Q:ご機嫌を損ねてしまったお姫様への対処法は?
 A:喜びそうなものを贈りましょう。そして誠心誠意、謝りましょう。

 

 

 九郎はむすっと眉をしかめたまま、都路を行き交う人々を眺めていた。
 急がなければならない仕事は山のようにあり、それでなくてもいつ何時、鎌倉からの緊急の使者が訪ねてくるか知れない。なのに自分は何故こうして、市の立っている京の街中に締め出されているのだろうか。

「まったく……」

 締め出し、とは不穏当な言い方であるが、今回に限っては何ら誇張ではない。
 梶原の京邸どころか六条堀川でさえ、自分が戻っても門を開けぬように、と周知徹底がなされている。それを命じた声は、呆然とする自分に向かってはこう言ったのだ。

『君の責任ですからね。天の岩戸は自分で開けてください』

 顔も声も笑みを含んでいるが、目がそれを完全に裏切っている。
 救いを求めて見やった邸の主は、苦笑しながらこう言った。

『これ以上ぐずぐず言うなら、銃と弓の的になるかもね?』

 オレたち金属性だよ忘れてないよね飛び道具だし、と立て板に水で口も挟めない。
 その妹姫は、普段は静かな面をわなわなと震わせて叫んだ。

『九郎殿! 少しはあの子の気持ちも考えてあげてください!!』

 かくして現在の状況がある。無論、永久に九郎を屋外へ締め出せと言っている訳ではなく、彼らはあるひとつの条件を達成することで、その禁を解くのだと言った。
 九郎に突きつけられた条件。それは、並みの男ならさほど難しい内容ではないが、彼にとってはこの上もなく困難で、頭を悩ませるもの。

 ───望美の喜ぶようなものを贈って機嫌を直させろ、というものだった。

 そもそもなんだって望美があれほど怒ったのかは、九郎にはさっぱり分からない。
 自分が女性の扱いを不得手としていることは、今更隠しようもない。それに望美は今まで九郎が接した中で初めて、女性であることを必要以上に意識せずに付き合える相手でもあった。だからと言って女だと思っていない、ということではなく、他愛ない仕草を見ていると、やはり護るべき相手なのだと日々実感する。

「喜ぶようなもの、か……」

 それが分からない限り、仕事が溜まっていく一方である。
 九郎はひとつ深呼吸をすると、まるでこれから敵中深くに斬り込んでいくかのごとき顔つきで、ようやく市の中に足を踏み入れた。

 

 

「……神子、かなしいの?」

 房にこもってしまった望美のそばににじり寄り、白龍がそう訊ねた。
 相手が神だとは知っているのだが、見た目が愛らしい幼児だと、つい態度もそれに応じたものになる。望美は自分をじっと見つめる金の瞳に、苦笑を返した。

「んー。哀しいって言うか、悔しいって言うか。そんな感じ?」

 曖昧に誤魔化そうとはするのだが、神の追求はある意味で容赦がなかった。

「でもちがうよ、神子。神子のこころは、"くやしい"じゃないよ」

 畳み掛ける白龍は、まるでどこかの誰かのようだ。普通なら察して引くくらいのことはできるのに、その機微が分からずにどこまでも訊ねてくる。望美はそれを思い出し、きゅっと唇を咬みしめた。

「いいの。こういう気持ちも、悔しいって言うんだよ……」

 座り込んで膝を立て、腕に抱えて頭を埋める。九郎との言い合いの場面がぐるぐると頭を巡り、さっさと忘れたいと思うのに、それは一層鮮明さを増すだけだった。
 白龍はそんな望美の様子をじっと見ていたが、やがてそっと、ふくふくした掌を紫紺の髪に伸ばして撫ぜた。

「はくりゅ……?」

「私は神子にこうしてもらうの、すき。だから神子も、すきだといい」

「……うん、ありがと」

 見た目がどうだとか、些細なことでいつまでも動揺を隠せない自分が嫌になるとか、そういうことは今は考えないでおこう、と望美は思った。心弱くなっている時に与えられる、無条件に自分を受け入れてくれるそのぬくもりが、今は本当にありがたかった。

「神子は九郎をおこってるの?」

 ぴく、と望美の肩が震えた。
 白龍は小首をかしげて続ける。

「……ううん、ちがうね。神子がおこってるのは、うたがってるのは、神子」

「白龍、それはもういいから」

 望美は思わず顔を上げたが、幼子の顔は予想以上に真面目な表情を浮かべていた。

「信じるのが、神子のちからだよ」

 金色の瞳に、吸い込まれそうだ。

「神子、あなたが信じることが、私のちからになる。八葉のちからになる」

 にこ、と白龍は笑った。

「だから信じて、神子」

 

 

「望美」

 房の前でそう声をかけたはいいものの、九郎はそれ以上の言葉を持たなかった。
 さんざん悩んで時間ばかり無駄にし、ようやく買い求めた品を懐にした。その折に店の者が口にした言葉は、ようやくこの朴念仁に、少女の態度の理由を知らしめた。分かってしまえば罪悪感は増すばかりで、そんな思いをさせたい訳ではないのに、と己に歯噛みする。

 帰り着いた邸では、求めた品を取り上げられ、まさしく品定めをされた。
 まあ君にしては上出来と言ってあげましょうか、もう少し早く帰ってくると思っていましたけれど、と弁慶は言った。
 こういうのって好き好きもあるからさ、でもきっと喜んでくれるよ、と景時は言った。
 不用意に何かを受け取らないでくださいまし、相手と品を見比べて、と朔は言った。

「───望美」

 再度の呼びかけに、扉がするりと開いた。
 無言のままに自分を見上げる望美の瞳は、普段より少しくすんだ光を宿していた。それは彼女が自分の不用意さのせいで傷ついたことを意味するから、九郎は口惜しさを感じることを止められない。

「済まなかった」

「……理由が分からないんなら、謝ってもらっても仕方ないです」

「その、分かった、と思う」

 望美は何も言わなかったが、疑っているのがありありと分かった。
 九郎は溜め息をつき、求めてきた品をおそるおそる差し出した。

「これを、お前に」

「───これ……」

 少女の掌に納まったのは、小さな合わせ香。九郎の香りと、同じもの。
 香を凝視する望美に、九郎の静かな声が降る。

「自分の香を贈るのは───好いた相手に想いを告げるのだ、と、教えられた」

 

 ───午の、京。

『もし、そこな武家は、九郎義経様ではござりませぬか』

 いかにも高貴そうな牛車から呼び止められて、九郎は立ち止まった。龍神の神子として勤めを果たしているさなかのことで、当然ながら望美も他の仲間も周囲にいた。

『なんと嬉しや。妾の祈りが通じたのでしょうか、お逢いしたいと思うておりました』

『はあ……? 失礼だが、どなただろうか』

『まあ、憎いかた。文に染ませた薫り、お忘れになったとおっしゃりますの?』

 文とは何の話だ、と九郎本人は思った。自分宛ての文など、よほどの京の権力者か、鎌倉からのものしか読んだ覚えはない。しかし相手はどうやら何処ぞの姫君らしい、ならば無下に扱って源氏への反感を買うのは得策ではなかった。
 望美に分かったのは、牛車の中にいる女性が、明らかに九郎に言い寄っている、ということだけだった。しかも文までもらっているらしい。
 なによそれ、というのが正直な気持ちだった。そんな話、聞いてない。

『ほんに口惜しい……なれば移り香なりと差し上げましょう』

 ややあって従者が差し出した香を、九郎は何の気なしに受け取った。
 しかも馬鹿丁寧に、かたじけない、とまで口にして。

 

 望美にはそこまでの詳細な事情など分からないが、九郎が他の女性からの贈り物を、自分の目の前で受け取ったこと、これだけで理由は十分だった。
 なおも手の中に納まったものを眺める望美に、九郎はばつが悪そうに続ける。

「───俺が贈るのは、贈りたいと思うのは、お前にだけだ」

「…………」

「だから……受け取って、ほしい」

 望美は片手に香を握りこむと、九郎との距離を詰めて、爪先立ちをした。
 華奢な腕が逞しい二の腕にしがみつき、やわらかいものが九郎の頬をかすめた。
 目の前で途端に真っ赤になる頬に、望美は微笑む。

 それが、仲直りの合図。

 

 

 Q:謝りに来てくれた王子様へ取るべき態度は?
 A:ちょっと怒ってちょっと拗ねて、そのあとは甘い甘いキスをあげましょう。

 

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**反転コメンツ**
京でケンカと仲直り、九郎の貢ぎ物。パラレルですね、展開が早すぎるもの。
こやつらケンカ自体は年中なので、そのたびに九郎が何かあげてたら、遅かれ早かれすっからかんになるぞ(笑)。
店の前で営業妨害になるくらい散々悩みまくって決めてればいい。
香をあげるのが告白ってのは捏造ですが(おい)、この時代に文とか花とか香とかって色恋ムードがあるので。