| 花は桜木、人は武士。 散るそのさまは潔く、この世に未練は残さない。
兄妹弟子として稽古をするのはいいが、如何せん男女の体力差というものは厳然と存在している。望美が疲れを見せ始める頃になっても、九郎の剣筋はいささかの乱れもなく、結局は彼女がひとり先に休み、彼はその場で素振りを続けるのが常だった。 『武士の命だ』 誇らしげにそう告げた顔を、同時に思い出す。 でも時折、やりきれなくなる。 「……九郎さんは、いつ初陣を経験したの?」 望美はぽつりと言った。 「お前が訊いているのは、戦のことか。それとも人を斬ったことか?」 九郎の言葉は、わざとぼかした望美の本音を鋭く突いた。思わず苦笑が漏れる。 「───人を、殺した、こと」 望美はゆっくりと口にした。同時に自分の掌を持ち上げ、目の前にかざす。 怨霊相手を得手とする神子とは言え、戦のさなか、敵にそんな理屈は通用しない。 初めて───ここではない時空の中で、初めて人を斬ったとき。 込み上げてくる強い嫌悪と恐怖は、己に向けた感情だった。
『馬鹿! ぼうっとするな、死ぬぞ!!』 そう叱咤した九郎の声と太刀の加勢がなかったら、あの場でとっくに死んでいた。 『──────っ』 呼ばれているのは分かる。でも身体はその真逆に動いた。 最後の相手が崩れ落ち、その場に動くものは二人だけになったところで、ようやく九郎は動きを止めた。刃を振って血を落とし、望美を振り返る。 『……わ、たし、』 『怪我はないか』 言いかけた言葉をさえぎられた。それはわざとだ、と望美には分かったが、むしろ有り難いと思う気持ちの方が強く、ぎしぎし軋む首を何とか縦に動かした。 『……っ』 またしても後ずさりたくなる恐怖を、望美は必死に押し殺した。 『戦とはこういうものだ。常に散る覚悟が要る』 淡々と言った九郎は、しばらく口を噤んだあとに、続けた。 『拒みたいなら止めない。女の身には余るものだと、俺は最初から言ったはずだ』 泣きたくなった。 『───でも、わたしは、』 声が震えるのだけは、どうしても隠せなかった。 『かえり、たいから、』 『…………』 九郎はそれ以上、何も言わなかった。責める言葉もとどめる言葉も、慰める言葉も。 立ち上がることが、できた。
「私ね、初めて人を殺したとき、すごく怖かったんです」 「……それはそうだろう。恐ろしくない者などおらん」 「そのときに、助けてくれた人がいて。その人は、座り込んで動けなかった私に、なにも言わなかったんです。怒りっぽい人なのに、責めも慰めもしなかった」 当人には覚えがないのをいいことに、望美はそんな風に言った。 「初めて思ったんです───その人も、私みたいにつらかったのかな、って」 刀で命の奪い合いをする世界など、時代劇でしか見たことはない。望美にとって、ここは紛れもない異世界で、そこで戦う九郎たちは理解を超えた人種だった。人を殺して正気をたもっていられるなんて、一体どういう神経をしているのかと疑いもした。 けれど違った。流れる血も、感じる痛みも、罪の意識も。 「死ぬ覚悟がなきゃ、戦なんてできない。その人はそう言ってました」 九郎の瞳がすっと眇められる。そうすると、陣中のような緊張感が周囲を漂う。 「そうでなくば、武士とは言えん」 九郎らしい実直な物言いに、望美は苦笑する。 「うん、分かってます。でも私は」 息を吸う。息を吐く。いきている、いま私たちはいきている。 「死ぬ覚悟をするより、生きることに執着したい」 「…………」 「立派に死ぬことは、立派に生きたことの仕上げだから。だからいつでも死ねる覚悟をするよりも、納得できるまで生き抜くことをあきらめたくないんです」 覚悟ひとつであっけなく散っていくかに見えた、戦場での命。 うまく言えない。命の尊さを、この世界の人に分かってもらうのは、なんて難しいのか。 「───好んで死にたい者など、いないさ」 頭に大きな掌が乗る。そのあたたかさに眩暈がした。
花は桜木、人は武士。
了 |
**反転コメンツ**
舞台未定でちょっとシリアスに。この辺の思想は決定的にかみ合わないよな、現代人とは。
1周目の記憶は神子にしか残ってないので、他キャラは戦場でもひるまない神子しか知らないんだよなあ、と。
でもさぞやパニくったに違いない。だって殺人が日常的に繰り返されてしかも奨励されてるんだから。
その辺りのギャップ、もうちょっときちんと埋めてみたいです、そのうち。