胡蝶の夢

 

 そっと伸ばした指に、音も無くとまる。
 不用意に動けば傷つけてしまうから、やわらかい羽をただ眺めて。
 やがて翔びたとうとするのを、もう少しだけ自分のもとに留まっていてほしくて、そうっと掌の檻につつみこんだ。

 

 

 夢路をさまよう少女の瞳が時折ふと開かれることに、九郎は気づいていた。寝惚けているのであろうその輝きはまさに夢心地で、明るい陽の光のもとでの生気は鳴りを潜め、とろりとした甘さをふんだんに湛えている。

「まだ寝ていろ」

 そう言って額ごと瞼に掌を当ててやれば、大抵はすぐにぱたりと寝入ってしまう。
 けれど今宵のように、何をむずかるのかいやいやと首を振り、寝惚けたなりに頑固に眠りを拒むときもあり、そんな日は九郎が改めてあやしてやれば機嫌は直る。もっとも彼女はまったく覚えていないようで、起きたあとに、九郎には訳の分からない罵声を浴びせられることもしばしばだった。

 まあ、いい。それは望美が起きてから、甘んじて受ければいい話だ。

「眠らないお前が悪い」

 喉元に唇を這わせてささやけば、くすぐったいのかきゅっと首をすくめた。自分のほんの些細な仕草にさえ初々しい反応をくれることに微笑み、とっくの昔にゆるんだ単の裾をもう一度乱していく。
 途端に眩暈がするほどの薫りに包まれ、九郎はこくりと喉を鳴らした。眠る少女は彼にとって、可憐にほころぶ花でもあり、そこに舞う胡蝶でもあった。おだやかに色づきあざやかに目を奪い、不用意に手を伸ばせばあっけなく傷ついてしまう、そんな美しさ。
 今でもどう触れていいのか分からない。無骨な自分が想うままに力を込めれば、この胡蝶の命は儚くついえてしまうだろう、それだけが分かっている。だから持て余しぎみにしか手を伸ばせない、ひらりと翔びまわる姿を壊したくはないから。

「お前はどうしてここまで、俺を惑わせるのが上手いんだ?」

 白い肌がぴくりと動くのは、問いに答えるためではなく。
 あちこちを悪戯に這う唇に、そこからこぼれる吐息に、いまだしつこく眠りこけながらも反応するから。

「望美……」

 気まぐれな胡蝶は、ひらひらと九郎の周囲にまとわりつく。
 退いてみせれば追ってくる、追おうと踏み込めばするりと逃げる。弄ばれているようだ、と戦場しか知らない無骨者は溜め息をついた。

 ───はやく目覚めてもらわなくては、堪えるのもつらくなってきた。

 

 

「……っ、ん、ぁ」

 眠りの続きから引き戻された少女は、まともな思考が戻らないままにちいさく喘いだ。
 この分だと引っぱたかれるのは夜明けの後になりそうだ、と組み敷いた九郎は内心で安堵する。何しろ喧嘩っぱやいのは自分も彼女もおなじこと、閨の中で掴み合いの争いを演じたことすら一度ではない。まったく雰囲気が台無しになること夥しく、それはさすがに九郎もなるべくなら遠慮したいことだった。

「くろ、さ……? っひぅ!」

 問う声は少女の急所を攻めることで封じる。粘った水音が熱いのは、どちらの熱か。
 そのまま身を埋めたくなる衝動をやり過ごし、もう少しだけあと少しだけ、幼い蕾をくつろげるために愛撫を与えた。
 望美の世界は九郎には今ひとつ理解しがたい。普段はあれほど丈の短い着物を身につけ、呆れるくらいに無防備に肌をさらしてけろりとしているくせに、肌を交わすのは自分とが初めてだった。十も半ばを過ぎれば子を為してもおかしくないこの世界で、少女はあまりに幼く、男というものを知らなかった。

 とても危うく、そして美しい。九郎に手折られるための花、九郎のためだけに舞う胡蝶。

 力の限り抱きしめれば、きっとこの少女は壊れてしまう。
 だから想いのままにかき抱くことすらできず、九郎はゆっくりと、細い身体の両脇に肘をついて、腕の檻に閉じ込めた。

「───望美」

「っあ……!」

 とろりとした熱は、もうどちらのものか分からない。
 そして九郎は今宵もまた、彼だけに赦された胡蝶の舞に、ひとり溺れた。

 

 

 不用意につかんだら、お前の羽は千切れてしまう。
 だからそっと掌に包むしかできない、俺はどうしたらこの想いを伝えきれる?
 教えてくれ、望美……。

 

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**反転コメンツ**
舞台未定でほんのちょっとだけお色気系。寝込みを襲ってますがまあ両思い状態ってことでスルー。
でもゲーム展開の中では九郎は手を出せないんじゃないかと思っとります。だってそれどころじゃないもん切羽詰まりすぎてて。
じゃあED後ってことになるんですけど、あの世界で閨とか御簾とか単の白襦袢とかも萌えなんです(力説)。
九郎は一生着物でいいよもう。現代服が似合わないとは言わないけど着物が一番似合うよ。