こいぬのワルツ

 

 奥州藤原の総領は、犬を一匹飼っている。
 先日鎌倉から訪ねてこられた客人一行の中のお一方が、ずいぶんとその犬をお気に召したご様子で、何くれとなくご一緒にころげ回っておられるのを、よくお見かけする。
 以上、奥州藤原郎党の武士による証言。

 

 

「うふふっ金、おいで!」

 ころげ回っている、と称された白龍の神子は、今日もご機嫌に高館でくだんの犬と遊んでいた。少女の足元をくるくる回る犬も、嬉しそうにワンと吠える。
 本来は泰衡の飼い犬らしいのだが、どうしてこうも高館に出没するのか、望美はおかしさについ頬がゆるむ。きっと銀にくっついて抜け出しているのだろう、だって金の吠え声が聞こえると大抵はすぐに、銀の丁寧な挨拶の声が聞こえてくる。もしかして銀のボディガードに金がついてきているのかもしれない、とそこまで考えた瞬間に金がぴょんと跳ねた。
 明るい茶色の毛並みが弾丸のように突っ込んでいった先には、白と青の直垂姿。

「お前たちは本当に仲がいいな」

「そうかな、金は九郎さんの方が好きみたいだよ」

 体当たりしてきた金を軽々と受け止めたのは、九郎だった。そもそもこの犬を拾ったのは九郎だそうで、それを今でも金は憶えているのかもしれないな、と望美は思う。犬は賢くて情深い生き物だ、それを望美はよく知っている。家で飼っていたあの子は、今頃寂しがっていないだろうか。

「う〜ん……なんか悔しい」

「なにがだ?」

「だって私、こんなに金が好きなのに。こんなに可愛がってるのに、金は九郎さんが一番なんだもん」

 ちょっとした嫌がらせに、耳をつまんでえいと引っ張る。きゅんと目をつぶった表情が『やめてくださいよぅ』と訴えていて、望美は笑ってすぐに指を離してやった。

「……お前、そんなこと言ったら、俺はどうなるんだ」

 九郎の声が不意に沈んだ。おやこれは機嫌が悪くなった時の癖だ、と望美は思う。
 目の前の男が非常に分かりやすい気質を持っていることに、望美が気づいたのはつい最近だ。九郎は良くも悪くも、自分の感情を隠さない。本当に踏み込まれたくない領域は、他人に気取られるほど表面には決して出さない人だから、こうして読み取れるような場所にあらわす感情は、『気づいていい』『踏み込んでいい』という意思表示だ。
 望美は気にせず、なおも九郎を無視する形で犬の頭を撫で回した。

「どうなるって、なにが? おーい金ー、もっと私と遊ぼうよ〜」

「…………」

 ああ今度は黙り込んだ。本当にこの人は素直なひとだ。
 金の尻尾がぱったぱったと音を立てて振られる。九郎さんにも耳と尻尾があれば、まるで金ときょうだいみたいに、そっくり素直な動きをしてくれるだろう。

「九郎さん、いい加減、金返して。もっと遊ぶんだから」

「……お前は」

 眉が下がってますよ九郎さん。ああほんと可愛いったらもう。
 金は尻尾のぱたぱたが可愛いけど、九郎さんは眉毛のぶんだけ表情が豊かだから、どっちもどっちでやっぱり可愛い、と望美はにこにこ笑った。
 ころころの犬と遊んで過ごすこんな一日も、たまにはあってもいいよね。

「俺より犬と戯れるほうがいいのか」

 おや思っていたよりわりとあっさり白状した。前はこんなことすら言えなかったくせに。
 じゃあ今日はもうひと押し、と望美にも欲が出る。

「なに言ってるんですか」

 肯定の返事と取りかけてがっくり項垂れる九郎の首に、ぎゅうと腕を回した。

「九郎さんも私と金と一緒に遊ぶんです」

 いや出来れば金はいらないんだが。
 そんな九郎の思案は当然望美に聞こえることはなく、金にとってはかまい倒してくれる相手が二人と、もっとも幸せな境遇に落ち着いた、そんな秋の昼下がり。

「金って大好きなんですよ、九郎さんに似てて可愛いから」

「───っ!」

「ねー、金? お前も九郎さんのこと、好きだよね?」

 ワンッ!

「私のことも、好きだよね?」

 ワンワンッ!

「ほーら似てる」

「望美、もう黙れっ!! 金、お前もだ!!」

 くう〜ん。

 

 

 奥州藤原の総領は、犬を一匹飼っている。
 先日鎌倉から訪ねてこられた客人一行の中のお一方が、ずいぶんとその犬をお気に召したご様子で、何くれとなくご一緒にころげ回っておられるのを、よくお見かけする。
 うまいことすればその傍らに、むすりと膨れた御曹司のお姿も見られるそうな。
 面白くないのでござろうよ、許婚殿がお心を犬畜生にといえども向けられるのが。
 やれ、のどかしや、微笑ましや。

 ───奥州藤原郎党のあいだに流行る、噂話である。

 

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**反転コメンツ**
十六夜最愛のキャラ・金ラブが高じて書いた超短文。九郎いらないかもな!(爆笑)
犬はほんと可愛いです。猫も大好きです。十六夜記の直前に飼い犬が死んじゃってね…もう涙のプレイでしたよ。
とことん九郎をからかい倒す神子は上手な御曹司での遊び方をマスターした模様。
十六夜記は動物ネタがいっぱい出てくるので、日常の和気藹々が妄想しやすくてイイ。