| ねえ、笑って。 その笑顔がそばに在れば、いつだって世界は光に包まれる。
この大地の風は澄んでいる。 九郎はひとり、頬をゆるめる。 いま少女は彼の隣にいない。 『九郎さん』 迎えにきた自分を見つけてほころぶ、あの笑顔。 『九郎さんねえ見て、鳥があんなに渡っていきますよ』 『わあ九郎さん、私知らなかった、草ってこんなに甘い匂いがするんですね』 『もうずいぶん冷えますね……九郎さんは寒くない?』 きらきらこぼれる、彼女の声。それはどんな名器にも勝る、極上の音色。 彼女には支えてもらってばかりで、与えてもらってばかりで。そんな己の不甲斐無さに憤り、手を伸ばすことを躊躇っていた日々。俺はお前に何ひとつ与えてやれないと、言ったのに、九郎さんという存在だけでいいんです、と返した涙声。 『お前は分かっていない、与えるものひとつ持たないことを、男がどれほど恥じ入るか』 『九郎さんこそ分かってない、女はものが欲しいんじゃない、好きな人の心だけでいいの』 濡れた瞳に見つめられて。 『私を嫌いなら、突き放して。でも、そうじゃないなら、そばにいさせて』 ───かき抱く以外、いったい何ができただろう。 心だけでいいとお前は言った。俺の心だけでいいのだと。
「あ、お帰りなさい、九郎さん」 テントの脇から馬の気配を感じ、望美は入り口の布をひょっこりと押し上げた。 「ああ、ただいま」 振り向いて九郎が笑う。その顔を見るだけで、しあわせだ、という思いにひたされる。 「ほら」 「? ……あ、これ」 手渡された小さな花は、望美のお気に入りの場所に咲いているもので。 「お前も、ただいま」 九郎はふわりと望美の身体を引き寄せ、腹部に耳を押し当てた。 「変わりはなかったか?」 「うん、大丈夫。今は落ち着いてる時期だって言われてるから」 家族がずっと、欲しかった。自分を愛して、必要としてくれる家族が。 「またそう言って無茶していないだろうな。お前の"大丈夫"は信用ならん」 「だから大丈夫だってば……もう、九郎さんが心配しすぎなんです」 この若夫婦の口論は、睦言の代わり。 「お前に似た娘なら、躾が難儀だろうな」 「ひどい、九郎さんみたいな頑固な男の子だったら、私こそ面倒見るの大変です」 自分のちっぽけな両手でできることは、とても限られているけれど。 「───俺は、幸せだ」 大きな瞳を覗き込めば、澄んだ光が九郎を見つめ返した。 「お前もそうならば、もっと幸せだ」
ねえ、笑って。 だからあなたの笑顔をください、いとしいひと。
了 |
**反転コメンツ**
十六夜ED後のモンゴル高原日常。短文なりに「幸せ」って気持ちを詰め込…めてればいいな。
つーかなんでほぼ全員モンゴルくんだりまでついて来てんのさ(大爆笑)!! 九望だけだと速攻で野垂れ死にしそうだからか?
医者、ナース、おさんどん、サバイバル専門家(還内府&鞍馬師匠)。ん〜敦盛と銀の存在価値はどのへんに。
まあアテられ続けてイヤになったら、ヒノエの交易船経由で帰国するって手もありだろうか。