| それはとてもとてもしあわせないちにち。
九郎さんは照れ屋だ。この世界について来るという決意を聞かせてもらったときだって、告白らしい告白はしてくれなかった。その後、まぁ何とかかんとか、やっとのことで「好きだ」とは言ってもらったけど、なんだかずるいと思う。 「九郎さんのケチ。それくらいいいじゃない」 「ことわる! 衆目の前でそんな真似ができるか!」 ただいま現在、放課後の若宮大路。そのど真ん中で、私と九郎さんは喧嘩中。 「どうしてダメなんですか。私たち、付き合ってるんでしょ?」 極力おだやかな言葉を選んで我慢しているのは、こんなところでこれ以上の騒ぎを起こしたら、絶対、友達にバレるからだ。ただでさえ九郎さんは人目をひく。冬休みが明けて、九郎さんの存在をクラスメイトに知られたとき、私は恐ろしいまでの(あくまでも悪意のない)つるし上げをくらったのだ。 そのうえ、鈍感な恋人はこんなスキンシップさえ、人前では許してくれない。 「……おい、なにをいきなり黙り込むんだ」 「知りません。九郎さんの馬鹿」 けど、喧嘩別れするには、今日はあんまり日が悪すぎる。 「取りあえず、お茶でも飲みに移動しません? 腕を組むのはなしでいいですから」 「最初からそう言えばいいだろうに」 九郎さんはほっとしたような顔で呟き、私はちょっとさみしくなった。 並んで歩き始めると、九郎さんは私の速さに合わせてくれる。 九郎さんの手が、私の手を捕まえて、握り締めていた。 「九郎さん……」 振り仰げば真っ赤な横顔。九郎さんなりの、精一杯の譲歩。 「…………」 何も言うな、という意味なのか、ぎゅっと強まった力。 「……えへへ、ありがとう」 不器用で鈍感で、ひどく照れ屋なこの人が。
飲み物の底が見えはじめると、望美はいっそう饒舌になる。がっこう、という場所の話、そこでの友人の話、あるいは望美の家での話、いろいろだ。 要するに、望美は照れているのだ。俺の部屋を訪れることに。 「そろそろ出るか」 その証拠に、俺がこう言うと、望美は一瞬、固まる。 「……あ、でも、まだオーダーしたいかなー、なんて……」 「別にここじゃなくてもいいだろう?」 人気のお店だし、ともごもご言う望美の逃げ道を、あらかじめ塞いでおく。 「う……、そうですけど……」 「なら行くぞ。すまん、まだどうも、こういう場所は落ち着かないんだ」 得意とする戦術や、判明済みの相手の弱点は惜しみなく利用する。少々罪悪感を覚えはするが、戦場に駆け引きはつきものだ。 「……ご、ごめん、九郎さん。そうだね、もう出ようか」 焦ったような表情で謝ってくれる望美が。 外へ出ると、吹き抜けた風に望美が肩をすくめた。こちらの世界の冬は、あの世界よりも寒さは厳しくないように感じる。そう言ったら『おんだんか』なのだ、というわけの分からない返事が戻ってきた。これしきの寒さで震え上がるなど、鍛錬が足りないぞ、望美。 ふと気づくと、白い手がこちらへ差し出されていた。 「…………」 望美と目が合う。少し頬を染めて、はにかむような微笑みが返される。 「…………っ」 ───仕方ない。ここで怒らせては負け戦だ。 渋々、手を握る。やはり小さいな。指も細い。
玄関のドアが閉まると同時に、背後から強く抱きすくめられて望美は息をのんだ。 危機感を覚え、望美は慌ててもがいた。 「や、ちょ、待って九郎さん! 渡すもの、あるから!!」 「望美」 「ちょっ……九郎さん、聞いてる!?」 「望美」 マフラーを奪われ、耳に首筋に吐息が触れる。やわらかい感触が九郎の髪だと気づく前に、濡れた熱が触れては離れる。身体の中心を電流が走り、思わずへたり込みそうになる自分をなんとか叱咤して、望美は決死の反撃に出た。 「待てって言ってるでしょ、馬鹿!!」 「っ!!」 まだ脱いでいなかったローファーで、望美は不埒者の足を思い切り踏んづけた。全体重をかけてやったのだ、相手も靴越しだったとはいえ、正気づくぐらいのダメージはあるに違いない。 「……望美」 「そんな顔してもだめです、九郎さんの色魔! 待ってって言ってるのに……」 まったくもう、と鞄をあさる望美の顔は、さすがに赤い。それが怒りのせいか羞恥のせいかは、いまの九郎になら見分けがつく。 「はい、これ。今日は好きな人にチョコレートを渡す日だから」 「ちょこれーと、とは、あのやたら甘い菓子か?」 「そう。バレンタインっていうイベントなんです」 受け取ってくれますよね? と不安げな望美を。
それはとてもとてもしあわせないちにち。
了 |
**反転コメンツ**
誰だおまえら。 おまわりさーん! 偽者がいますー!!
無印現代ED後でベッタベタな展開。違和感なくバレンタインをさせるには、これが一番楽なんで。
いや九郎は態度に示すのが精一杯だと思うよ神子…。あんまり人前で無茶は言ってやるな、沸騰して倒れるから。
基本的に九望は人目がないとセクハラ、人目があると逆セクハラなイメージが(笑)。