しあわせないちにち

 

 それはとてもとてもしあわせないちにち。

 

 

 九郎さんは照れ屋だ。この世界について来るという決意を聞かせてもらったときだって、告白らしい告白はしてくれなかった。その後、まぁ何とかかんとか、やっとのことで「好きだ」とは言ってもらったけど、なんだかずるいと思う。
 九郎さんの気持ちを疑ってるわけじゃない。そうじゃないけど。
 恋する女の子はね、態度だけじゃなくて、ちゃんと言葉にしてほしいって思うんだよ。

「九郎さんのケチ。それくらいいいじゃない」

「ことわる! 衆目の前でそんな真似ができるか!」

 ただいま現在、放課後の若宮大路。そのど真ん中で、私と九郎さんは喧嘩中。
 原因は馬鹿みたいに簡単なことだ。私が腕を組んで歩きたいと言い、九郎さんが断固として拒否。それだけ。
 人に見られるのが恥ずかしいって、今の方が注目を集めてると思うよ、九郎さん。

「どうしてダメなんですか。私たち、付き合ってるんでしょ?」

 極力おだやかな言葉を選んで我慢しているのは、こんなところでこれ以上の騒ぎを起こしたら、絶対、友達にバレるからだ。ただでさえ九郎さんは人目をひく。冬休みが明けて、九郎さんの存在をクラスメイトに知られたとき、私は恐ろしいまでの(あくまでも悪意のない)つるし上げをくらったのだ。
 どこで知り合ったの、いつから付き合いはじめたの、どこまで行ったの教えなさいよ。
 リズ先生じゃないけど、それこそ『答えられない』のオンパレードだ。

 そのうえ、鈍感な恋人はこんなスキンシップさえ、人前では許してくれない。

「……おい、なにをいきなり黙り込むんだ」

「知りません。九郎さんの馬鹿」

 けど、喧嘩別れするには、今日はあんまり日が悪すぎる。
 だからせめて、ふいと横を向いて不機嫌なのを表明するだけにしておいた。

「取りあえず、お茶でも飲みに移動しません? 腕を組むのはなしでいいですから」

「最初からそう言えばいいだろうに」

 九郎さんはほっとしたような顔で呟き、私はちょっとさみしくなった。
 私だけなのかな。九郎さんの温度をいつでも感じていたいって、そう思うのは。

 並んで歩き始めると、九郎さんは私の速さに合わせてくれる。
 思い返してみても、行軍のとき以外はいつでも、私は九郎さんの隣にいた。九郎さんも、それを許してくれていた。
 隣にいるときのあったかくなる気持ちも、多くを負った背中を見るときの切ない気持ちも、私にはとても身近なもので。あぁやっぱり私は九郎さんのことが好きなんだと、そう思う。
 ぐるぐる考えていたら、急に掌がさらわれた。

 九郎さんの手が、私の手を捕まえて、握り締めていた。

「九郎さん……」

 振り仰げば真っ赤な横顔。九郎さんなりの、精一杯の譲歩。

「…………」

 何も言うな、という意味なのか、ぎゅっと強まった力。
 ああ。やっぱり私。

「……えへへ、ありがとう」

 不器用で鈍感で、ひどく照れ屋なこの人が。
 このひとが、だいすきです。

 

 

 飲み物の底が見えはじめると、望美はいっそう饒舌になる。がっこう、という場所の話、そこでの友人の話、あるいは望美の家での話、いろいろだ。
 他愛もないことを懸命に話し続ける望美の、その魂胆がなんとなく分かるだけに、俺は内心で苦笑する。

 要するに、望美は照れているのだ。俺の部屋を訪れることに。

「そろそろ出るか」

 その証拠に、俺がこう言うと、望美は一瞬、固まる。

「……あ、でも、まだオーダーしたいかなー、なんて……」

「別にここじゃなくてもいいだろう?」

 人気のお店だし、ともごもご言う望美の逃げ道を、あらかじめ塞いでおく。

「う……、そうですけど……」

「なら行くぞ。すまん、まだどうも、こういう場所は落ち着かないんだ」

 得意とする戦術や、判明済みの相手の弱点は惜しみなく利用する。少々罪悪感を覚えはするが、戦場に駆け引きはつきものだ。

「……ご、ごめん、九郎さん。そうだね、もう出ようか」

 焦ったような表情で謝ってくれる望美が。
 俺にはとても、大切なもので。

 外へ出ると、吹き抜けた風に望美が肩をすくめた。こちらの世界の冬は、あの世界よりも寒さは厳しくないように感じる。そう言ったら『おんだんか』なのだ、というわけの分からない返事が戻ってきた。これしきの寒さで震え上がるなど、鍛錬が足りないぞ、望美。

 ふと気づくと、白い手がこちらへ差し出されていた。

「…………」

 望美と目が合う。少し頬を染めて、はにかむような微笑みが返される。
 もう一度、アレをやれと。そういうことなのか。

「…………っ」

 ───仕方ない。ここで怒らせては負け戦だ。

 渋々、手を握る。やはり小さいな。指も細い。
 これが、おれのいとしいひと。

 

 

 玄関のドアが閉まると同時に、背後から強く抱きすくめられて望美は息をのんだ。
 九郎はいつもそうだ。外では照れて腕も組んでくれないくせに、ふたりきりのときは信じられないほど積極的に、望美に触れたがる。
 まずい、非常にまずい。このままではいつものパターンで、なし崩しにされてしまう。

 危機感を覚え、望美は慌ててもがいた。

「や、ちょ、待って九郎さん! 渡すもの、あるから!!」

「望美」

「ちょっ……九郎さん、聞いてる!?」

「望美」

 マフラーを奪われ、耳に首筋に吐息が触れる。やわらかい感触が九郎の髪だと気づく前に、濡れた熱が触れては離れる。身体の中心を電流が走り、思わずへたり込みそうになる自分をなんとか叱咤して、望美は決死の反撃に出た。

「待てって言ってるでしょ、馬鹿!!」

「っ!!」

 まだ脱いでいなかったローファーで、望美は不埒者の足を思い切り踏んづけた。全体重をかけてやったのだ、相手も靴越しだったとはいえ、正気づくぐらいのダメージはあるに違いない。
 案の定、九郎の腕は一瞬ゆるみ、命からがらの脱出に成功する。ついでに鳩尾に一発、肘を入れてやった。

「……望美」

「そんな顔してもだめです、九郎さんの色魔! 待ってって言ってるのに……」

 まったくもう、と鞄をあさる望美の顔は、さすがに赤い。それが怒りのせいか羞恥のせいかは、いまの九郎になら見分けがつく。
 目の前にずい、と差し出されたのは、ピンクのラッピングがほどこされた代物。

「はい、これ。今日は好きな人にチョコレートを渡す日だから」

「ちょこれーと、とは、あのやたら甘い菓子か?」

「そう。バレンタインっていうイベントなんです」

 受け取ってくれますよね? と不安げな望美を。
 九郎はチョコレートごと抱きしめて、そっと、色づいた唇を奪った。

 

 

 それはとてもとてもしあわせないちにち。
 あふれるほどのあまいしあわせを、こころいっぱいにあげるよ。

 

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**反転コメンツ**
誰だおまえら。 おまわりさーん! 偽者がいますー!!
無印現代ED後でベッタベタな展開。違和感なくバレンタインをさせるには、これが一番楽なんで。
いや九郎は態度に示すのが精一杯だと思うよ神子…。あんまり人前で無茶は言ってやるな、沸騰して倒れるから。
基本的に九望は人目がないとセクハラ、人目があると逆セクハラなイメージが(笑)。