| 戦って、敗れた。相手を必死にころそうとしたけれど、できなかった。 将たるもの、敵に背を向けるなどあってはならないことだが、敗れた以上は致し方なく、逃げるしか手はなかった。 くいころされるわけには、いかなかった。
「お前はどうしてそう、前に出たがるんだ!」 「九郎さんこそ何考えてるのよ、最前線に総大将がいる方がおかしいでしょ!」 分かってないのか、お前は。お前が前に出るから、俺はそれより前に出るんだ。 「自分が狙われていると分かっていないのか!?」 「その台詞、そっくりそのまま返します!!」 互いに息を切らして黙り込む。 源氏のため、だけではない。何より俺自身のために。 「二人とも、今回はそこまでにしてもらえませんか」 兵が聞いています、不安を煽り立てる真似は謹んでください。 分からなくはないのだ、望美の言うことも。確かに将が討たれれば、軍は総崩れになる。 だが、奥に座して待つことの恐ろしさを、お前は知っているか。己の手の届かぬところで決してゆく運命を、お前は屈託なしに受け入れることができるのか。 だから俺は自分の命を惜しもうとは思わない。
細い身体、細い腕。あざやかな剣技を持ってはいるが、技量だけでは補いきれぬ不測の事態はよくあること。何よりお前は、いくさのない世界で生まれ育ったという。そのお前に、敗軍の女の運命が分かるはずもない。 俺のそばで戦うというのは、そういうことだ。 ───許してくれ、ゆるしてくれ。それでも俺は、もうお前を突き放せない。 お前を崇める兵たちの歓声が聞こえるか。怨霊を封じるその力は、源氏の未来を照らす光そのものだ。 だからせめて、少しでも危険から遠い場所にいてほしいんだ。 「……君の言い分は分かるつもりですよ」 陣幕の将椅にどかりと座って黙したままの俺に、弁慶はそう言った。 「でも望美さんも、君と同じ気持ちなんだと思いますから、僕は止めません」 思わず振り仰いだ旧友の顔は、きっと喰えない笑みを浮かべているんだろう。 「君は望美さんをこれ以上の危険に晒したくない。望美さんも君を危険から守りたい。そして僕たちは、君も彼女も喪うことは決してできないんです」 何も言えない俺に、弁慶はこう続けた。 「君が前に出るのも、望美さんが前に出るのも、互いを守ろうとするからでしょう?」
出立の刻限が近づき、陣幕の周囲にも慌ただしい喧騒が響いてきた。結局俺は望美を説得できず、轡をならべて列の先頭を二人して進んでいる。さすがに望美の馬が俺のより前に出ることはないが、わざわざ後ろを振り向かなくても、横目で十分に姿が確認できるような、そんな場所に、いつも望美はいる。 途方もない安堵を感じ、すぐにそれを打ち消した。 お前を守ろうと思うなら、お前にこれ以上の負担を求めてはいけない。
戦って、敗れた。相手を必死にころそうとしたけれど、できなかった。 ───俺は、果たして逃げ切れるのだろうか。 お前を求める、このこころから。
了 |
**反転コメンツ**
舞台未定の九郎モノローグ。なんつぅか、本当に青いよなぁ…生ぬるい笑みが出るくらいに。本当に22歳か。
念のため補足:義経の母・常盤御前は、義経を含む息子たちの助命のために清盛の妾になり、娘を産んでおります。
「一人で考えると間違った結論を出してしまう」(十六夜発言)、ああまったくその通りだなオイ。
後ろ向きな人は嫌いじゃないですよ(苦笑)。愛を込めて背中をどやしつけたくなります。