まとう温度

 

 あなたのぬくもりを、感じたい。

 

 

「九郎さんてきっちり鎧を着込んでるよね」

 私は何の気なしに、前々から思っていたことを口にした。
 そもそも鎧なんて着てるのは、九郎さんの他には将臣くんぐらいで、先生は鎧と言うより忍者っぽい格好な気がする。他の人たちは、もともとあまり重装備という感じがしないから、くつろいでいる時との落差は、あんまりない。
 将臣くんは小さい頃からずっと知り合いだから、鎧なんて着てるほうが私にとっては異常な感覚だ。そう言えば将臣くんの着物の裏地に大きく蝶紋が入ってるんだけど、あれって平家の家紋なんだよね? 誰も気づいてなかったんだろうか。敦盛さんが時々つらそうな顔をしてたのは、見たことある。弁慶さんとかヒノエくんとかは、何となく分かっていたのかな、今になって考えると。

 まぁ、九郎さんは確実に、何も分かってなかったと思うけど。

「なんだ、いきなり。……戦いに備えるなら、当然のことだろう」

 九郎さんは訳が分からないといった顔で返事をした。足元にじゃれつく金を撫でていた手が、ふと止まる。
 さっき高館に戻ったばかりのところに庭から吠え声が聞こえたから、九郎さんの格好はまだ、いつもの白い大紋姿だ。それはとても九郎さんに似合っていると思うけど、その反面、なんだかさみしい思いがするのも本当だった。

 だって。

「九郎さん、抱きついていい?」

 返事を待たずに決行。だって絶対、駄目だって言うに決まってるんだもの。

「──────っっ!!?」

 声にならない悲鳴が上がったけど、無視。しゃがみ込んでいる頭にぎゅっと腕を回して、自分もついでにちょっと屈んで、ぴったり身体をくっつける。明るい色の長い髪がすべって、私の腕と九郎さんの肩の間でさらさら音を立てた。
 もっと身体を寄せてみる。と、かたくてつめたい感触に弾き返された。

 ああ、ほら。こんなふうに、こばまれてしまう。

「の、の、のぞ……ッ」

 こんなに赤い顔をしているのに。こんなにやわらかいこころを持っているのに。
 鎧のせいで、抱きついても分からない、九郎さんの温度。
 それはとても、さみしいよ。

「離れろっ!!」

「いやです。最近ずいぶん寒くなってきたし」

「俺は火桶か……?」

 だったら金に抱きつけ、貸してやる。
 貸してやるもなにも、金は九郎さんのじゃないでしょう。
 拾ったのは俺だ!
 最初だけ「絶対世話するから」って言って、あとはエサも散歩も親任せって子供ですよ。

 言い合いの間も、私はずっと九郎さんにしがみついたままだった。ようやく腕をほどいた理由は、九郎さんの説得に応じたからではなく、私たちの間に挟まるかたちになった金が、迷惑そうにくぅんと鼻を鳴らしたからだった。

 

 

「……それで、九郎殿にずっとかきついていたの?」

「うん。寒かったから」

 私の返事に、朔はころころと笑った。朔のこんな屈託のない笑顔を見るのは、ほんとうに久しぶりで、だから私も嬉しいと思った。

「九郎殿もお気の毒ね。あなたって時々、童女みたいなことをするんだから」

「そう? だって相手、九郎さんだよ?」

「九郎殿だからよ」

 朔は私の気持ち、分かってるのかもしれない。もともと隠し事はあんまり得意じゃないし。

「ご自分の許婚がそのように大胆だと、殿方としては心配なんじゃないかしら」

「朔、いい加減その話を持ち出すの、やめてよ……」

 今度は私が赤くなる番だった。
 朔は───他の一部の人たちも、この話題に関してはいつまでも意地悪だ。別にあれはあの場限りのお芝居であって、九郎さんと私が本当に特別な間柄だって訳じゃない。それなのに今になっても時々、『許婚』なんてからかいの言葉が飛び出してきて、その度に九郎さんは真っ赤に茹だって否定し、私は私でその否定にこっそり傷ついていたりする。
 悪気があって言われてるんじゃない。それは分かるんだけど。

 傷ついてる、んだよ。ほんとうはそうじゃないって、そのたびに思い知るから。

「九郎さんにはいい迷惑だと思うし」

「あら、あなたは? 迷惑だとは思ってないのでしょう?」

「朔!」

 うふふごめんなさい、と謝る朔は、でもやっぱり笑顔だった。

「……私は、いいんだよ。九郎さんの力になれるなら、それで」

 白龍の神子でも戦女神でも許婚でも、どんな肩書きだって構わない。
 ただあの人の力になれるなら、それでいい。
 今度は驚いたように目を見張る朔に、私は苦笑してみせる。

「私は、神子。これ以上の戦火を食い止めるために、平泉を守りたいと思うよ」

 ───それがそのまま、九郎さんを守ることにつながるから。

「望美……」

「うん……それだけで、ほんとうに、私はしあわせだよ」

 白くてやわらかな手が、そっと私の肩を抱いてくれた。ああ、だめだ。泣いたらこの優しい親友に、きっと今以上の心配をかけてしまう。
 肩から伝わる温度に、ほっとした。
 寒さの訪れが早いこの北の地は、さみしさも同時にしのび寄ってくる。このさみしさは、ぬくもりでしか溶かせない。

 さみしい、さみしい、さみしいよ。

 

 

 早朝に剣の稽古をしようと、庭に出た。最近はなんだか少しずつ、調子が良くなっているような気がする。平泉のあちこちに埋められている呪詛の種を取り除いているせいか、白龍が以前のように穏やかに微笑んでいることも多くなった。
 庭の中ほどに剣を抱えて歩くと、先客がいた。

「あ……おはようございます、九郎さん」

「望美か。身体は大丈夫なのか?」

「うん、今日は平気そう。久しぶりに稽古、付き合ってもらえませんか?」

「ああ、いいぞ。では始めるか」

 九郎さんと稽古をするようになったのは、いつ頃からだっただろう。こちらには竹刀なんてものはなく、実践第一の九郎さんは真剣でしか稽古をしないから、実力差がありすぎるうちは稽古に付き合ってすらもらえなかったのだ。刃を潰した稽古用の刀もあるけれど、それだって当たれば大怪我だし、刃の滑り具合などの勘が鈍るからあまり使わないように、と先生から言われていた。
 何合か、打ち合う。そう言えば初めての立ち合いの時は、たった一合で私の剣は飛んでいった。呆然とする私と、同じく呆れた九郎さん。花は断てても人は斬れないな、俺の傍から離れるんじゃないぞ、と、ぶっきらぼうに告げられた言葉。今ではこうして、打ち合えるくらいに私も強くなっている。真っ直ぐな性格の九郎さんは、手加減はしてくれても手抜きはしないだろうから、そう考えてもいいんだと思う。

 ───それだけの時間を、一緒に過ごしてきたんだな、と思った。

「……っ!」

 考えごとをしながらの手元に来た打ち込みは重く、柄を握った指先が痺れた。取り落とすことだけは何とか堪えたけど、切っ先が下がるのは止められなかった。

「っ、済まん。本調子ではないのだろう、無理はするなよ」

「う……うん、久しぶりだからかな、ごめんなさい」

 緊張の糸が緩んだ。と思ったら、今まで自覚していなかった疲労が一気にどっと押し寄せてきた。あ、やばい、眩暈がするかも。取りあえずしゃがみ込んでやり過ごそう。

 何故か次の瞬間、視界が白と青に染まった。

「馬鹿! 言ってるそばから倒れる奴があるか!!」

 つよい声、つよい腕。私をしっかり包み込むぬくもり。
 九郎さんが、私がしゃがみ込む前に、支えるように抱えてくれていた。

「心配させるな……」

 耳元で九郎さんの声がする。どこか泣きそうな響きなのは、なんでだろう。
 九郎さんの温度。ずっと欲しかった、そのぬくもりが、分かる。
 ああ、そうか。今は鎧を着てないんだね、九郎さん。

 嘘みたいだ。あんなにさみしかったこころが、それだけで満たされる。

「くろう、さん」

 そっと背中に腕を回してみた。

「あったかい、ね」

 九郎さんのぬくもりが、分かるよ。あんなに欲しかった、そのやさしい温度が。

 

 

 ───大丈夫。もう、さみしくない。

 

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**反転コメンツ**
秋の平泉。夏の熊野でもいいけど人肌恋しくなるのは寒い時期ってことで(笑)。ごめん景時!
押せ押せなセクハラ神子と、普段は押されっぱなしのくせに無自覚に反撃する九郎…可愛いヤツらだ。
この後、正気づいた九郎に突き飛ばす勢いで引き剥がされるに1票。十六夜のフリルエプロン装備でお願いします。
お互いに自分の気持ちには気づいてるけど相手の気持ちは気づいてない、少女漫画王道設定。