ゆびきり仁義

 

 ゆびきりげんまん
 うそついたら はりせんぼんのーます

 

 

「神子、どこへ行くの? 私も行きたい」

 小さな白龍が大きな瞳をきらきらさせて強請る。それだけでうっかり頷いてしまいそうになるのを、望美はぐぐっと我慢した。
 今日はこれから朔とあちこち買い出しに回らねばならず、とてもではないが白龍を連れ歩く余地はないと思われた。ああ、あの親友はこうなることを予測して『白龍に見つからないように、支度は手早くね』と言っていたのか。今更気づいても遅い。
 裾をきゅっと握られて、迂闊に走り出したら白龍を引きずりそうだ。望美は仕方なく、その場に膝をついて白龍と向き合った。

「あのね。今日は朔と一緒に出かける用事があって、白龍にはちょっと大変な場所なの」

「神子に禍をもたらす方角へゆくのなら、私が禍をはらうよ」

「うーんと、そうじゃなくて……。白龍をちゃんと責任もって面倒見られるか、分からないんだよね」

「神子は私がいると、じゃまなの?」

 しょんぼりした白龍のオーラは凶悪的だ。
 望美はうっかり、今すぐ『私が悪うございました』と土下座したい気分にかられた。

「神子は私がいると困るの?」

「え、あ、う……えーっと……」

「……わかった。私、がまんする」

 神子の願いは私の幸いだから、と言う白龍がなんともいじらしく、望美はその小さな子どもをぎゅーっと抱きしめた。

「ごめんね、今日は我慢してね。その代わり、明日は一緒にお出かけしよう」

 ぱっと子どもの顔がかがやいた。
 ああ保母さんはこんな瞬間を生きがいにしてるんだろうなあ、と望美は思った。

「ほんとう?」

「うん、もちろん!」

 望美はさっと手を前に出した。
 握り拳を作った状態から小指だけを立てた、いわゆる『ゆびきり』の形だ。

「はい、白龍。ゆびきりしよう」

「ゆび……きり?」

「そう。ほら、手、私とおんなじようにしてみて?」

 きょとり、と瞳を丸くする白龍が、長い裾からもぞもぞと手を出す。きゅっと握られたままの拳を見て、望美はすぐさま手を伸ばし、小指だけを立てる形に直してやる。
 そうしておいて改めてゆびきりの形を作り、小指同士を絡ませた。

 ゆびきりげんまん
 うそついたら はりせんぼんのーます

「ゆーびきった!」

「た?」

 お決まりの節回しを明るく言い終えて、小指をぱっと離す。
 さてこれ以上朔を待たせる訳にもいかない、と、望美はすぐに立ち上がった。

「じゃあ白龍、いい子でお留守番しててねー! おやつ買ってきてあげるからっ」

「た?」

 白龍が小首を傾げている姿には、まったく気づかなかった。

 

 

「あれ、白龍? 今日のおやつはまだだぞ」

 厨の辺りをうろうろしていた真っ白な子どもを見つけ、譲は声をかけた。今は火を使っていないからそうそう危険はないと思うが、刃物などもしまってあるのだから、人気のない時分に道理の分からない白龍を入れるのはやはり問題だ、と考えたからだった。

「ほら、危ないものも多いから、こっちにおいで。お前が一人でいるってことは、先輩は出かけたのか?」

「譲。ゆびきりってなあに?」

「は?」

 相変わらずこの子どもは前後の脈絡をすっ飛ばしてくれる。いきなりの質問に譲は首を捻った。
 それでもすぐさま質問に対する回答を考え始めてしまうのは、生来の気質ゆえだろう。譲の聞き違いでなければ、白龍は『ゆびきり』と言った。白龍に一発で強い影響を及ぼす存在といえば望美しか考えられず、そして望美が口にしたのであろう言葉なら、間違いなく譲にも正確に分かる概念の筈だ。
 その上でゆびきりといえば、意味は一つしかない。

「なんだ、お前、先輩となにか約束したのか?」

「やくそく……」

「約束を破らないっていう―――そうだな、簡単な誓いなんだよ」

「誓約の言霊?」

「そう」

 そこで譲は説明を終えた。……つもりになっていた。
 結果的に言えば、譲はうっかりしていた。神たる白龍にとって、誓約には代償がつきものである。誓いが果たされなかった時に支払う代償がなければ、そもそも誓約とは呼べないのだ。けれど譲の説明の中にはどこにも、その代償に当たるべき部分が含まれていない。

 私の神子は、何を以って誓約の証とする言霊を奉じたの?

「今日のおやつは何がいい? 先輩は出かけてるから、時間が経っても味が落ちないやつにしような」

「うん……」

 譲が作ってくれるおやつも、神子に較べれば白龍にとっては軽い比重だ。
 上の空で譲に手を引かれながら、白龍は『ゆびきり』について考え続けていた。

 

 

 探し人の姿は井戸で見つけた。

「将臣、将臣」

「ん? お、なんだ、ちびか」

「ちび、じゃないよ。白龍、だよ」

「ちっこいんだからちびでいいだろ。なんだよ珍しいな、俺んとこ来るなんて」

 白龍は気にせず、ててっと走り寄って将臣の裾を握った。ちょうどその場に居合わせた九郎はその光景を見て、何やら親鳥と雛鳥のようだな、などと呑気に考えていた。

「本当に珍しいな。望美でも譲でもなく、将臣に用があるのか?」

「うん。あのね、『ゆびきり』の代償ってなあに?」

「あぁ?」

「代償?」

 青龍の八葉は真っ白な子どもを見つめ、次いで互いの顔を見合わせ、また子どもに視線を戻した。

「なんだそりゃ。代償なんてご大層なもん、ゆびきりにあったか?」

「でも譲は言っていたよ。誓約の言霊だって」

「ゆびきり……とは、なんだ? 指を切断するのか!?」

 物騒な、と眉をしかめる九郎に、そりゃものの喩えだよ、と将臣は返す。

「誓約には代償がいる。でも神子の言霊には、代償がない。それでは誓約にならない、私はその誓約を受け取ることはできない」

「あー……」

 疑問符は伝染するらしい。今や白龍どころか九郎まで『教えろ』オーラが漂っている。
 めんどくせえな、と将臣は思い、どうせならこの際だから面白おかしく大げさに吹き込んでやれ―――と悪戯心を起こした。そうしたところで実害も出ないだろう、と判断したからこその悪戯だった。

 ごほん、とわざとらしく咳払いをする。白龍と九郎が固唾を呑んだ。

「ゆびきりってのは、俺たちの世界での約束に対する落とし前だ」

「おとしまえ―――それが、代償なの?」

「約束を破るのは人としてあってはならんからな。しかし、どんな内容なんだ?」

 

甲は乙に対して以上の内容を誓約するものとする。

ゆびきりげんまん

契約内容の履行が行われなかった場合、甲は乙に小指壱本を譲渡するものとする。
また甲は乙より拳壱万回の殴打を受けるものとする。

うそついたら はりせんぼんのーます

加えて甲は針壱千本を嚥下する罰則を実行するものとする。

ゆびきった

以上、確かに甲と乙の双方が以上の内容及び誓約を了承したものとする。

 

「……………………」

「っとまあ、こんなトコだ」

 不穏極まりない―――が、文意の解釈に限ればどこも間違ってはいない―――説明を将臣がそう締めくくった後、白龍と九郎は揃って押し黙っていた。
 やがて、少し青ざめた九郎が、感嘆したように呻く。

「お、お前たちの世界では……約束というのは、それほどに厳重に果たされるべきものなのだな……」

「神子が傷を負うなど、あってはいけないことだよ。明日はぜったいに、神子と私が出かけなくてはいけないのだね」

 白龍はきゅっと眉根を寄せると、きっぱりとそう言った。

「そうそう。約束は大事なモンなんだぜ?」

 腹を抱えて大笑いしたいのをぐっと呑み込み、しかつめらしい顔で将臣はそう結んだ。

 

 

「望美! 俺が悪かった、約束を破るつもりはなかったんだ!!」

「……別に、いいですよ。九郎さんが忙しい人なの、分かってますから」

 望美はいかにも九郎と目を合わせたくないという様子で、それだけを消え入りそうな声で呟いた。じゃあこれで、と身を翻す少女の背は、追ってくるなと書いてあった。その瞳の端に涙が滲んでいたことに、九郎は気づかなかった。
 それどころではなかったのだ。

「望美……」

 立ち尽くした九郎は俯く。握った拳が震えた。
 その震えは、どうにもならないある感情に突き動かされたものだった。
 望美が自分を避け、笑顔を消した、それに対する苛立ち。

 ―――ではなく。

「俺は……俺は、お前に万回も殴られたあとに針の山を飲み下し、更に指を切断しなければならないのか……!?」

 ぶっちゃけ、既に自分に劣らぬ豪の武者となった望美の腕力に対する、恐怖だった。

 

 

 ゆびきりげんまん
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 ゆーびきった!

 

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**反転コメンツ**
ゆびきりげんまん、の「げんまん」は、「拳万」、つまり『ゲンコツ一万回』の意なんだそうです(笑)。マジか。
いや初期レベルならともかくオールパラMaxを極めた神子に殴られたら一万どころか1桁台であらゆる物体が撃沈するよ!?
更にその後は地獄の針供養、トドメにヤクザの仁義切りが待っている。シビアだ…シビアすぎる…。
ゲームで神子との約束を破る人…やぶるひと…速攻で思い浮かんだのが地青龍だったのでちょうどいいやと(爆)。