かいな

 

 心のままに動かすことなど、もうこのかいなに望めはしない。

 

 

 九郎は秋の深まってゆく平泉の野山を歩いていた。散策などという呑気なものではなく、人を探してのことだった。連日のように伽羅御所と柳御所を往復しているのが日課になりつつある九郎の瞳には、色づいた紅葉の存在すら新鮮に映った。

「秋か……」

 時節のうつろいとは早いものだ、と九郎は思う。それとも己の心にゆとりがないだけか。
 西の海で迎えていたのは夏だった。そこから追われるように北へ北へと、投げ出そうとした命は仲間たちに拒まれて、ここまで落ち延びてきた。
 その背後に、戦の気配を引き連れて。

 今更考えても詮無きこと、と割り切れるなら、最初からこれほど苦悩していない。
 それでも自分が立ち止まることで、この地を更なる危険に陥れる訳にはいかなかった。

「…………」

 息を吐き、九郎はひとつ頭を振った。探し人はいまだ見つからない。
 御所へ参るのは、奥州を統べる者たちとの話し合いを持つためだった。とは言え、御館───秀衡の意向は『平泉は決して御曹司を見放さぬ』というしごく単純明快なもので、実際にどう鎌倉方を迎え撃つかの算段は、総領の泰衡にもかなりの権限が与えられている。
 その泰衡が急に出かけた、との言伝てを受けたからこそ、こうして探しているのだ。

 泰衡に対しての感想を一言で述べるなら、分からぬ男だというのが素直な結論だった。
 あの御館の子息だということが信じられぬほど、感情が読みづらいことこの上ない。真意を汲み取りにくいのは五条よりのえにしである荒法師も同じことだったが、彼の場合はまだしも、表面上はにこやかに装ってみせる。まあ、だからこそたちが悪いのだけれど。
 冷たく前を睨みすえた横顔で、性根を逆撫でるような言葉を吐く。そんな必要がないにも関わらず、わざわざ敵を作るかのごとき物言いをする、というのが、九郎の泰衡という旧知の男に対する感慨だった。

 ぼんやりとそんなことを考えていたせいか、人の声に気づくのが遅れた。
 前方を見れば木立が切れかけている。先は山間の少し開けた場所らしかった。

 

「考えれば分かります。本気で追われてたら、私たち、ここまでたどり着けてない」

 

 予期せぬ声を聞きつけ、九郎の足は止まった。
 咄嗟に木々の後ろに身を隠す。

「そこまで分かるなら、何故、奴に与した?」

 本来探していた相手の声も聞こえ、立ち去ろうとしていたのに動けなくなる。増してその内容は明らかに、己のことを示していた。
 九郎はぐっと唇を噛みしめ、俯いた。

 何故、などと。
 それは俺が訊きたいことだ。

 何故、お前は折れないんだ。
 何故、お前は俺を見捨てないんだ。
 何故、何故、何故───?

「何故、って。それが私にとっては当たり前だからです」

 あたりまえ、と。
 言い切るお前の言葉の意味を、俺はどう取ればいい?
 臓腑を突き上げるようなこの衝動の存在など、お前には決して知られてはならないのに。

「鎌倉につけば、源氏の神子のままに安泰で在れただろうに」

 そうだ。
 お前は、源氏の、神子。
 俺のものでは……ないのに。

 

「───私は、あのひとの神子です」

 

 それ以上、その場に留まることはできなかった。
 九郎は静かに踵を返した。

 

 

 高館へ戻ると、白龍が門前で柳眉をひそめている姿が目に入った。

「どうしたんだ白龍、こんなところで?」

「…………」

 小首をかしげた白龍は、ふと眉を解く。

「神子をね、待っている。穢れを祓うのは、私の神子の本性だから」

「穢れ……」

 呪詛がある、と言ったのは、この神だった。五行を穢す呪詛がある、と。
 ただでさえ力の欠けた神と神子なのに、それでも彼女にしか穢れは祓えない。そう考えると、九郎の気は沈む一方だった。

「九郎も見たのだろう? 私の神子はとても清浄」

「───済まないな。お前の大事な神子を、こんな境遇に陥れてしまって」

 てらいなく己の神子を褒めちぎる神に、九郎は自嘲の言葉を漏らす。
 白龍はそんな九郎を見ると、静かに微笑んだ。

「私の神子は、蓮」

「はちす?」

「泥中にあってなお清く、つよい。それが私の神子」

「…………」

 そうかもしれないな、と九郎は思った。
 蓮は泥の中に育って美しい花を咲かせる、浄土の台座。天上への導き、釈迦仏の愛でし美、その清らかさは何にも穢すことなどできない。八つの葉に護られて咲き誇るその姿は、確かに白龍の神子に相応しかった。

「それに、神子がこころから願うのは───」

「あれ、白龍、まだ待っててくれたの? 九郎さんも、お帰りなさい」

 不意に割って入った声は、他でもない望美のものだった。
 お帰り神子、と答えた白龍の差し伸べる手に、望美はごく自然に掴まった。日によっては丸一日を寝込んで過ごすような不安定な体調だけに、支え合う神と神子の姿はとても痛々しかった。
 それでも彼女は言うのだ。当たり前だと、九郎の神子だと。

「……ああ」

 言葉少なに答えて、九郎はまたしてもその場を逃げ出した。
 とても、見ていられなかった。

 

 

 何ひとつ求めてはならないのだと、知った。
 どうせ己の求めるものなど何ひとつ、この手で掴めはしないのだからと。
 どれほど願って請い求めても、巻き込んで壊してしまうだけならば、と。

 このかいなに収めて良いのは、己の命ひとつだけ。

 

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**反転コメンツ**
【誰がため】が望→九の一方通行描写だったので、これはその対で九→望の一方通行。
結局総合すれば九→←望みたいな感じですな…そのすれ違いっぷりがもう楽しくて楽しくて萌えます。(鬼)
あとはもう…泰衡→九郎の超☆一方通行が…すいません私の中での奴らのイメージってこんなんです。むくわれねえー!
これまたグダグダで煮え切らない御曹司ですが、平泉ルートはむしろそのヘタレっぷりが愛しいです(末期)。