誰がため

 

 源氏の神子。
 そう呼びならわされる、娘は。

 

 

 奥州の大地に転がり込んできた珍客は、目に見えて疲弊していた。
 無理もない。強行軍で長きに渡る死闘をようやく終えたと思った瞬間、勝ったはずの陣営の棟梁は実弟の追捕を命じた。相次ぐ転戦、突如の惑乱、理由を落ち着いて考える猶予もなく、彼らは西の果てからこの東の地へと追い立てられてきた。

 そう、まさしく、追い立てられたのだ。最初から鎌倉はこの事態を狙っていた。

 泰衡は息を吐いた。不機嫌そうに見えるのは常のことだが、この場合は実際に腹の虫の居所がよろしくはなかった。

「───そこで何をなさっているのか、神子殿」

 不快な違和感を感じ取ったからこそ、わざわざ政務の手を止めて出向いてみれば、その場にはすでに珍客の一人がいた。
 声をかけられた娘は振り向いたが、大樹の幹に当てた掌は動かさないままだった。

「泰衡さん。こんにちは」

「質問に答えていただきたいのだが」

 望美という名のその娘は、泰衡の見るところ、捉えどころのない娘だった。
 見目麗しいと褒めそやすほどでなく、かと言って二目と見られぬような不器量である訳でもない、ごくごく平凡な容姿と言って良い。だが、肌の外側の美醜などに本質はない。密教の研鑽を積んだ泰衡には、その華奢な娘の内側から放たれるものが、どうにも人間離れしたものに感じられてならなかった。
 いや、確かに彼女は、普通の人間ではないのだ。

 ───龍神に愛でられし、斎の乙女。

「聞かなくても分かってるんじゃないんですか? 泰衡さんの呪術の力はすごいんだって、銀が教えてくれました」

 望美は動じることもなく、微笑すら浮かべてそう言った。
 泰衡の眉間に寄っていた皺が、一際深くなった。

「……客人にお出ましいただくほどの穢れではない。神子殿こそお分かりだろうに」

「ええ。でも、私がしたかったんです」

「…………」

 鎌倉方の撒いた穢れが、平泉を静かに覆い尽くそうとしていた。多少なりとも神力を持つ者以外は気づきもしないほど密やかに、けれど確実に、その呪詛は清浄なるこの地の五行の力を削ぎとっていく。
 龍神とは五行そのものだ。それに思い当たり、泰衡の苛立ちは増した。

「まったく、弱るという言葉をご存知ないらしいな、神子殿は」

 望美はにこりと笑んだままだった。

「いちいち弱ってたら、キリがありませんから」

 悄然とした一行の中で、この娘だけは昂然と頭を上げていた。異彩を放っているように感じたのはその所為かとも思ったが、日を追うにつれ、そうではないことが徐々に泰衡にも理解できてきた。

「第一、弱ってる場合じゃありませんし」

「…………」

「鎌倉方が欲しいのは九郎さんの首だけじゃないでしょ。どうせなら平泉ごと欲しいはず」

「───ふ、その程度は読める、か」

「考えれば分かります。本気で追われてたら、私たち、ここまでたどり着けてない」

 甘い戯れごとを抜かすかと思えば、冷え切った氷の刃より鋭い瞳を見せる。
 幼い童女のように声を立てて笑うその口で、平然とそのような冷徹な思考を述べる。

 見た目ほど凡庸でもないらしい。少なくとも、現在の状況は正しく理解している。
 ふと、訊いてみたくなった。
 十分な怜悧さを備えているこの娘が、それでもあの愚直な男を見捨てない、その訳を。

 

 

「そこまで分かるなら、何故、奴に与した?」

 望美の瞳がきょとんと見開かれた。異国の言葉を投げつけられたような表情で、そうすると幼さが際立った。
 泰衡は名を出さなかった。出す必要がなかったからだ。

「何故、って。それが私にとっては当たり前だからです」

「わざわざ負け犬の肩を持つのが、神子殿のご慈悲とやらなのか?」

「それを言うなら平泉こそ馬鹿でしょう。知らぬ存ぜぬ関係ない、で追い返せたはずです」

「御館がおられる限り、アレを追い返すことなど有り得んだろうよ」

 娘がくすりと笑った。無邪気な笑みでは、なかった。
 幼くすら見える仕草から一転して覗くそれは、娘を得体の知れない生きものに見せた。

「泰衡さんだって同じですよ。九郎さんのことが、大事なくせに」

 泰衡がなにかを反論する前に、望美は有無を言わさず言葉を続けた。

「私は白龍の神子だそうなんですけど、自分じゃどうも違う気がするんです」

「……源氏の神子は戦姫、との勇ましい賛辞は、奥州の果てにも届く大きさだったな」

「白龍の神子、源氏の神子とは呼ばれてたけど、私、そんなんじゃないですよ」

「鎌倉につけば、源氏の神子のままに安泰で在れただろうに」

「それが安泰なら、そんなもの私は絶対にいりません」

 望美はもう一度、笑った。
 今度の笑みは、やわらかく花ひらくような、あたたかいぬくもりに満ちていた。

 

「───私は、あのひとの神子です」

 

 

 あのひとが、心の底から慕っていたひとに捨てられること、私は知っていた。
 だから私は、白龍の神子であることも、源氏の神子であることも、その時にやめた。
 私は神子。
 あのひとだけの、神子。

 

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**反転コメンツ**
平泉にて神子と泰衡のあれこれ。でも泰望じゃないんですすいません(爆笑)。
おまけに九望でもないんだもんよ…いや分類的には微妙なんですが、九郎が全然出てこないんで、一応CPナシで。
実はこんな感じの『ちょっぴり限界突破しかけてるバイオレンス思考神子』で十六夜連載やりたいんです!!
取りあえずイメージを形にしてみました…泰衡といいともだちになれそうな神子ですね。