| 源氏の神子。 そう呼びならわされる、娘は。
奥州の大地に転がり込んできた珍客は、目に見えて疲弊していた。 そう、まさしく、追い立てられたのだ。最初から鎌倉はこの事態を狙っていた。 泰衡は息を吐いた。不機嫌そうに見えるのは常のことだが、この場合は実際に腹の虫の居所がよろしくはなかった。 「───そこで何をなさっているのか、神子殿」 不快な違和感を感じ取ったからこそ、わざわざ政務の手を止めて出向いてみれば、その場にはすでに珍客の一人がいた。 「泰衡さん。こんにちは」 「質問に答えていただきたいのだが」 望美という名のその娘は、泰衡の見るところ、捉えどころのない娘だった。 ───龍神に愛でられし、斎の乙女。 「聞かなくても分かってるんじゃないんですか? 泰衡さんの呪術の力はすごいんだって、銀が教えてくれました」 望美は動じることもなく、微笑すら浮かべてそう言った。 「……客人にお出ましいただくほどの穢れではない。神子殿こそお分かりだろうに」 「ええ。でも、私がしたかったんです」 「…………」 鎌倉方の撒いた穢れが、平泉を静かに覆い尽くそうとしていた。多少なりとも神力を持つ者以外は気づきもしないほど密やかに、けれど確実に、その呪詛は清浄なるこの地の五行の力を削ぎとっていく。 「まったく、弱るという言葉をご存知ないらしいな、神子殿は」 望美はにこりと笑んだままだった。 「いちいち弱ってたら、キリがありませんから」 悄然とした一行の中で、この娘だけは昂然と頭を上げていた。異彩を放っているように感じたのはその所為かとも思ったが、日を追うにつれ、そうではないことが徐々に泰衡にも理解できてきた。 「第一、弱ってる場合じゃありませんし」 「…………」 「鎌倉方が欲しいのは九郎さんの首だけじゃないでしょ。どうせなら平泉ごと欲しいはず」 「───ふ、その程度は読める、か」 「考えれば分かります。本気で追われてたら、私たち、ここまでたどり着けてない」 甘い戯れごとを抜かすかと思えば、冷え切った氷の刃より鋭い瞳を見せる。 見た目ほど凡庸でもないらしい。少なくとも、現在の状況は正しく理解している。
「そこまで分かるなら、何故、奴に与した?」 望美の瞳がきょとんと見開かれた。異国の言葉を投げつけられたような表情で、そうすると幼さが際立った。 「何故、って。それが私にとっては当たり前だからです」 「わざわざ負け犬の肩を持つのが、神子殿のご慈悲とやらなのか?」 「それを言うなら平泉こそ馬鹿でしょう。知らぬ存ぜぬ関係ない、で追い返せたはずです」 「御館がおられる限り、アレを追い返すことなど有り得んだろうよ」 娘がくすりと笑った。無邪気な笑みでは、なかった。 「泰衡さんだって同じですよ。九郎さんのことが、大事なくせに」 泰衡がなにかを反論する前に、望美は有無を言わさず言葉を続けた。 「私は白龍の神子だそうなんですけど、自分じゃどうも違う気がするんです」 「……源氏の神子は戦姫、との勇ましい賛辞は、奥州の果てにも届く大きさだったな」 「白龍の神子、源氏の神子とは呼ばれてたけど、私、そんなんじゃないですよ」 「鎌倉につけば、源氏の神子のままに安泰で在れただろうに」 「それが安泰なら、そんなもの私は絶対にいりません」 望美はもう一度、笑った。
「───私は、あのひとの神子です」
あのひとが、心の底から慕っていたひとに捨てられること、私は知っていた。
了 |
**反転コメンツ**
平泉にて神子と泰衡のあれこれ。でも泰望じゃないんですすいません(爆笑)。
おまけに九望でもないんだもんよ…いや分類的には微妙なんですが、九郎が全然出てこないんで、一応CPナシで。
実はこんな感じの『ちょっぴり限界突破しかけてるバイオレンス思考神子』で十六夜連載やりたいんです!!
取りあえずイメージを形にしてみました…泰衡といいともだちになれそうな神子ですね。