Friendship or Love?

 

 それは白龍の一言から始まった。

 

 

「神子、八葉が満ちたね。陰陽が安定する、とてもいいことだよ」

「そうなんだ」

 龍神温泉で一時の休息中の、ある日の出来事。望美の膝にすがって甘える白龍は、日増しに気温を増す熊野の夏もあまりこたえていないようだった。

「白龍はほんと、私のことが好きなんだねぇ」

「うん。神子は私の神子だもの」

 望美が笑うと、白龍もにこにこ答える。本当は少し暑いのだが、どいて欲しいとは言わないでおこう、と望美は思った。

「神子だから好き、なの?」

 問いかけに、神は幼い風情で首をかしげた。

「神子は私の対。神だけでは欠ける、神子だけでも欠ける。対になってはじめて整う」

 白龍は人の言葉をまだうまく操れない。
 いまいちよく分からない言い回しを選ぶことも多く、今がまさにそれだった。

「陰陽の理だよ。すべては対。陰と陽、火輪と氷輪、雌と雄。強く引き合い、もとめる力」

「かりん……? しと、ゆう?」

「えぇと……太陽と、月。おとこと、おんな。これで、わかる?」

「……うん、それなら分かる、けど」

 不意に黙り込んだ神子に、白龍はさらに首をかたむけた。その小さな頭は、もう肩から落ちそうである。

「神子?」

「それって、男と女には、恋愛感情しか生まれないってこと?」

「れんあい……。ええとそれは、つがう、という願いのこと?」

「つが───ま、まあ、それに近い、のかな」

 見た目幼児の口から出るには少々刺激の強い言葉に、望美は思わず口ごもった。
 白龍はうーんと考えていたが、やがてこっくりと首を縦に振った。

 なんだそれは。じゃあ自分と周囲の仲間たちは、一体なんだというのか。

 望美は思わず立ち上がった。膝の上の白龍がころんと転がり落ちてぺしょりと畳の上に寝そべった。

「───神子?」

「ごめん白龍。私ちょっと、みんなに聞きたいことができたから」

「うん……。いってらっしゃい、神子」

 なんだか神子の気、ちょっとこわかった。
 後日、白龍はそう語った。

 

 

「ねえ譲くん! 譲くんは私のこと、好きだよね!?」

 宿に泊まると炊事から解放されるのは楽だが、自分の料理でかがやくように喜ぶあの笑顔が見られないのは残念だ、などと考え事をしていたとき。
 いきなり目の前に出現するなりそう叫んだ想い人に、譲は腰が抜けそうになった。

「せ、せん、せんぱいっ!?」

 ついに気づいてくれたのだろうか。いやまさかそんなはずは。
 この想いを抱いて以来、望美の無邪気なまでの鈍さに泣かされ続けてきた過去が、そんな甘いものではない、とささやく。

「ど───どう、したんですか、いきなり急に」

 それでも高鳴る鼓動は抑えきれず、譲の声は微かにふるえた。
 望美はそんな繊細な葛藤など露とも気づかず、さらに言い募る。

「白龍が言ってたの。男女の間には、友情なんて成立しない、愛情なんだって」

 ありがとう白龍、と譲は内心で感涙した。
 まったくその通りだ、よくぞこの鈍い女性に言ってくれた。これで少しは彼女も、周囲の男性に警戒心を持ってくれる。あわよくば自分の想いにも気づいてくれる。
 だが望美の無神経さは、さらにその上を行っていた。

「そんなことないよね譲くん、私たち、友達だよね!?」

 感動にうち震えていた譲がずっこけた。
 望美にはその反応はお気に召さなかった様子で、泣きそうな顔で叫ぶ。

「違うの!? ……ひどいっ、譲くんは私のこと、友達とすら思ってなかったの!?」

 もう完全に逆上している望美は、そう言い捨てて、だっと踵を返した。

「あ、せんぱい……」

 何やらひどく打ち沈まれておられましたわ。
 譲がその場にへたり込んだ姿を目撃した宿の女房は、そう語った。

 

 

「あっ、敦盛さーん」

 もう一人の幼馴染みを探して駆け回っている最中に、別の人物を見つけた望美は、ちょうどいい彼にも確かめてみよう、と足に急ブレーキをかけた。

「神子」

 午後の光が木々の陰影を投げかける回廊で、静かに振り向いた敦盛は、やはり静かにそう声を出した。静寂と清涼を好む人のいる場所は、望美にとっても非常に心地のいい、安らげる場所でもあった。

「あの敦盛さん、敦盛さんは私のこと、どう思ってますか?」

 唐突な望美の質問とその勢いに、敦盛は瞳をまたたいた。

「どう、とは」

「だから、仲間だってことだけじゃなくて、友達だとか……」

 ああ、と得心した様子の敦盛は、ふと微かに笑みを浮かべた。

「神子は、神子だ。私にとってはそれが至上」

 ───うーん、もっと勉強しておけばよかった。言ってる意味がよく分からない。

 望美が内心で唸っている時、本来探していた人物が回廊の影からひょいと顔を出した。

「お、やっぱお前か。道理で急にやかましくなったと思ったぜ」

「将臣くんっ!」

 やっと安堵の表情を浮かべて、望美は将臣に突進した(敦盛相手にそうするのはやはり気が引けた、と言うか、敦盛が吹っ飛びそうな気がした)。敦盛がほんの少しだけ、痛みをこらえるような顔をしたことなど、譲の想いにさえ気づかない望美は当然知らなかった。

「おーナイスタックル。で、何の騒ぎだ」

「将臣くんと私は友達だよね! 私たち、兄妹みたいに育ってきたじゃない!!」

 それを聞いた将臣は、片眉を器用にしかめた後、確認に入る。

「……お前、それ、譲にも言ったのか」

「聞いてよ! 譲くんたらひどいんだよ、私のこと友達だなんて思ってないって言うの!!」

 そりゃそうだろ、と将臣は思った。
 神子、あなたは時にむごい人だ、と敦盛は思った。

「ばーか。それでも俺たちは、お前とは兄妹じゃねえんだって」

「ひっ、ひどい──────!! 将臣くんだけは私の味方だって思ってたのにっ」

「疑うんなら聞いてみろって。妹もちの兄貴がいただろ、確か」

「あっそうか」

 切り替えの早い龍神の神子は、たった今まで詰っていた相手をぽいと投げ捨てて、あっと言う間に駆け去っていった。後に残されたのは、暴風にひっかき回された態の、平家がらみの男二名。

「───将臣殿」

「あー、まあ……いいんじゃねえか、納得するまでやらせとけ」

 

 

「景時さああぁん!!」

 旅先で洗濯に興じることはさすがにできず、それならともう一つの趣味、発明に勤しんでいた景時の幸せな時間は、この一声で破られることになった。

「ん〜……望美ちゃん? どしたの、そんな慌てて」

 局に駆け込んできた望美は、さすがと言おうか、先ほどから走り回っていたにも関わらず息切れはあまりしていない。身軽なのが彼女の取り得のひとつだ。

「景時さんは、朔と私と、違うように感じてますか!?」

「───ええと、落ち着いて、最初っから話してくれないかな」

「だから景時さんは、ほんとの妹じゃなくても、私のことも朔と同じに扱ってくれます!?」

 質問の趣旨がかなりずれてきているが、望美はそれに気づかない。当然ながら、いきなり捲くし立てられた景時が、それを知るはずもなかった。

「んーと。朔は朔で大事だし、望美ちゃんは望美ちゃんで可愛いと思ってるよ?」

「それってやっぱり差別じゃないんですか……!」

 差別とはご大層な、と景時は思った。

「あー、うーん。えーっとねえ、難しいな〜」

「もういいですっ」

 ブチ切れた望美が去っていった後。
 景時はふぅと溜め息をついて、これ以前に引き起こされた騒動と、これから引き起こされるであろう騒動のことを、ぼんやりと考えた。

 

 

「なんでみんなっ……ひどいよ、ばかああぁぁ!」

 誰一人、自分に友情すら感じていないのか、と思うと、望美の思考は怒りで余計に周りが見えない状態に陥っていた。

「なんだ、騒々しい。少しは落ち着けないのか、お前は」

「あ、九郎さん!」

 庭先で素振りをする九郎を見つけ、望美は一縷の光を見た気分になる。口論ばかりしている相手だが、喧嘩友達という言葉がある、それにリズヴァーンを挟んだ兄妹弟子だ。

「九郎さんにとって私ってなんですか!?」

 なに、と言われても、神子だろう、と九郎は思った。
 語気も荒く訊ねた望美に、訳が分からず頭をひねりつつも答える。

「戦友、が一番近いか」

「九郎さん……!」

 ああやった、ほら見なさい白龍。私はちゃんと友達がいるよ。
 もう論点がどこまでもずれて行くが、望美はひとまず欲していた答えを手に入れた。

「何故そんなことを?」

「白龍がですね、男女の友情なんてないって言うからですね……」

 九郎は瞳を見開き、ややあって、けちのつけようもない満面の笑みを浮かべた。

「……ああ、そう言えばお前、女だったんだな。すっかり忘れていた」

 いやあ見事な手際でしたよ。華麗にずばっ、ずばっ、とねえ。
 九郎の討死の様子を目撃していた庭師は、そう語った。

 

 

「もう誰も信じらんないっ……」

 あと残っているのは誰だ、と脳内リストを参照し、望美はなかば絶望的な気分になる。
 朱雀のたらしコンビにこんな質問をしても、当然ながら自分の期待するような返事が返ってくるとは、とても思えない。頼みの綱にできそうなのはリズヴァーンだけだ。

「もう先生だけで諦めようかな……」

「なにが? さっきから、ずいぶんとお忙しいみたいだね、神子姫」

「うひゃっ!」

 思考の渦中に挙げた人物にいきなり声をかけられ、望美は飛び上がる。ヒノエは人の背後を取るのが上手いのか、今も不意に現れたのは望美の真後ろだった。
 慌てて振り向いて睨みつけてみても、この別当はまったくこたえていない。

「……ヒノエくん。一応、ほんとに一応なんだけど、質問していい?」

「オレに答えられることなら、なんなりと。たぐい稀なる輝夜の姫君」

 あ、やっぱ無理。
 やめとこう。うん、そうしよう。
 望美が曖昧に笑みを浮かべて後じさろうとした瞬間、軍荼利明王は龍神の神子を見捨てたもうたようだった。

「ヒノエ。相変わらず君は、歯の浮く台詞で押すことしか考えられないのですか」

 ヒノエに背後を取られて振り返り、今またさらにその背後を取ってきたのは、弁慶。

「べっ、弁慶さん……」

 にこやかな微笑みが怖い、と望美が学習したのは、何度時空を超えた後だったか。
 前からはヒノエ、後ろからは弁慶、まさに望美の逃げ場は封じ込まれた。

「さて、姫君?」

「教えてくれませんか?」

 なんでこんな時だけタッグをくむの、と望美は内心で頭を抱えた。
 もうこうなったら仕方ない。第一、自分が確かめたいのは友情のありかだ。

「あのですね、男女の間には、友情じゃなくて愛情しか生まれないと思いますか?」

 ふぅん面白いね、どいつがこんなことを吹き込んだんだ、とヒノエは思った。
 まあ質問の意味は彼女自身理解していないのでしょうけど、と弁慶は思った。

「当然じゃん。異なるものに惹かれるのは、本能だぜ?」

「情愛の深さにもよるでしょうけれど、可愛いひとはやはり、友より伴侶に望みますね」

「───はあ」

 やっぱり予測どおりだこのたらし連中め、と望美は二人をジト目で睨んだが、そんな愛らしい仕草で朱雀が反省する訳もなく、それぞれに笑みを返されただけだった。

「本気にしてないね? オレの胸に燃え盛る炎、神子姫に見せてやりたいよ……」

「はいはいヒノエくんは今日も絶好調だね」

 口説きモードに入ったヒノエを軽く無視し、望美はそうだ思い出した、と弁慶に告げた。

「あのですね、あっちの庭に、九郎さんが転がってるんですけど」

「はい?」

「舞と花断ちがもろに入ったんで、弁慶さん、回復か復活、かけといてください」

「───分かりました。さすが望美さんですね、お強くて何よりです」

 

 

「せんせええぇぇぇ〜〜〜!!」

 もう最後の希望はここだけだ、と望美は文字通り、タックルを師匠に向けてかました。突っ込んできた小柄な身体にまったく動じないマント姿は、しかし、内心の動悸はひどく激しく脈打っていた。

 神子、お前は常に私の生殺与奪を握っている、とリズヴァーンは思った。

「……どうした、神子」

「先生はっ、先生は……」

 言いかけて望美は口をつぐんだ。
 先生は、先生だ。友情とは同列の者の間の感情であって、師弟の間にそれを期待するのは無理ではなかろうか、と、ようやく思い当たった。

「…………」

「…………。言いたいことが、あるのではないか?」

「はい、でもなんか、ちょっと混乱してきて……」

「ならばその時まで待とう。ゆっくり考えなさい」

「ありがとうございます……」

 離れつつも首を傾げる望美を、リズヴァーンは静かに見つめた。
 すぅと、二人の間を風が吹きぬける。

「先生にとって……私はただの、弟子、ですか?」

 リズヴァーンははっとしたように瞳を見開き、すぐに閉じた。
 微かな苦痛を含めた声が、風に乗って響いた。

「───答えられない」

 

 

「朔ううぅ! 私、朔のことが一番好きだよ!!」

 局で書を読んでいた朔は、駆け込んでくるなり開口一番にそう言った望美の剣幕に、不思議そうに首をかたむけた。

「……嬉しいわ、望美。でもどうしたの、いきなり?」

「私、分かったよ。私の友達は朔だけなんだって!」

「…………」

「やっぱり最後に信じられるのは、友情しかないよねっ」

「…………」

「朔、これからもよろしくね。私のこと、嫌いにならないでね!」

「……ええ、もちろん。私もあなたが大好きよ、望美」

 これは彼らを締め上げて、元凶と原因を確認しなければならない。
 望美に向けた静かな笑顔の裏で、黒龍の神子は決意を固めていた。

 

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**反転コメンツ**
熊野でオールキャラどたばた、朔オチ。全員出すとやっぱり長くなるなー、楽しいのはいいんだけど。
最強なのはやっぱり朔でファイナルアンサーですよ、あの白龍の神子様ファンクラブの中では。
白龍がぽろっと言ったことでどこまでも振り回される八葉連中、大好きです。
そもそも見知らぬ相手まで含めていきなり「仲間だから助け合え」言われちゃうんだもんな、宝玉に選ばれたというだけで!