満つる想い

 

『龍神を呼ぼう。───あの人を守る為に』

 全然怖くないの。大切な人たちを確実に目の前で失ってしまう、そのことに比べたら。
 私の大切な人たち。その人たちの息づく愛しいこの世界を守る為に。

 ……私にはできることがある。私にしかできないことがあるの。

 だから。

「大丈夫。絶対に、大丈夫だから」

 龍神様……私に応えて。あの黒い霧を祓う為に、大切なものを護る為に。

「私に、降りてきて!」

 ふうわりと身体があたたかくなっていく。大きな力が私をめがけて降り注いでくる……。
 そして私は振り返る。私にこんな勇気をくれた、全ての愛しい人たちを。

 

 

「神子殿!」

 頼久さん、あなた言ってたよね。
 主君を守るのが武士の務め、本分なんだって。じゃあ……私にしかできないことがあるのなら、その責任を果たすべきじゃないかと思う。
 龍神の神子である私にしかできない、『私の本分』を果たすべき時。
 それが今この時なの。多分。
 舞い散る桜の下であなたが見せてくれた素顔のままの心を、私は守りたいから。

 

「行くな、戻ってこい!」

 天真くん、私のこと心配してくれてるの?
 ごめんね、結局いつも頼っちゃってたね。
 でも大丈夫。私は妹さんのランみたいに、消えたりしない。それにあなたのせいじゃないわ。
 どうなるかは私にも判らないけど、こんなにあたたかい気持ちになれるんだもの。だからきっと戻ってくる。あなたがランの為に流した涙を、私の為に流してほしくない。
 もう、哀しまずに済むのなら……。

 

「行くんじゃねえっ!」

 イノリくん、今なら判ってもらえるかな。あなたのお姉さんがずっと抱いていた、本当の気持ち。
 自分の大切な人たちが苦しむのを見てて、なのに何もできない。それがどんなに悔しくて哀しいことなのか、今ならあなたにも判ってもらえると思う。
 私がどんな気持ちで、今ここに龍神を請うているのかも。
 とても嬉しいよ。こんな私の手でも何か、みんなを護る為にできることがあるのだから。

 

「あかねちゃん、行かないで!」

 詩紋くん、我が侭なお願いだけど、ひとつだけ聞いてほしいことがあるの。
 私を信じていてね。何があっても、この霧を祓ってみせるから、その力を信じていて。
 あなたにはそれができるはずだよ。
 何かを信じる為の強さ。失敗してもくじけない勇気。それをあなたはちゃんと持ってる。そのことを私は知ってる。
 あなたにその力をくれたこの世界を、護りきってみせるから。

 

「神子殿、いけません!」

 鷹通さん、憶えてる?
 あなたが私に教えてくれた、連理の賢木の言い伝え。いつかは離れてしまうって判っていても……と、はにかんだ表情を見せてくれたこともあった。
 私も同じなの。今この時が最後になってしまうとしても、何もせずにあなたの危機を見過ごすなんてできないから。
 だから祈っていてくれないかしら。戻ってこられます様に、って。

 

「行くな、神子殿!」

 友雅さん、あなたに情熱がないだなんて、それは嘘だよね。
 だってそんなに必死な顔をして、私のことを心配して引き止めてくれているんだもの。
 情熱ってそんなに恥ずかしいことなのかな? あなたみたいな大人から見ると。でもね、それは時に大きな力を引き出してくれると思う。私が今こんな勇気を出せたみたいに。
 その胸が熱くなる感覚を、どうか忘れないでいて。

 

「神子、行かないで!」

 永泉さん、あなたが『もう逃げない』って言ってくれたとき、私はとても嬉しかったの。今ここでもう一度、その誓いを思い出してほしい。
 逃げないってことは、目の前に困難なことがある時だけに使われる勇気じゃないんだと思う。
 ……どんな恐怖からも、あなたは逃げないって誓ってくれたんだよ。
 だから、逃げないで。私のやろうとしていることを、その結果を、見届けてほしいの。

 

「神子……神子!」

 泰明さん、ほらやっぱり、あなたはもうちゃんと魂を持った人間だよ。
 あなたがそう思っていなくても、私にはそれが判る。あなたの優しい魂を感じる。
 感情を持つのは邪魔なだけだって言ってたけど、今でもそう思ってるのかしら? だって心があるからこそ、こんな勇気も出せるんだよ。邪魔でなんかあるはずがない。
 そのことをもうあなたはちゃんと判ってるって、私は信じてる。

 

「神子様!」

 藤姫、ありがとう。
 私がここに来てからずっと、私のことを一番に考えてくれていたよね。それが自分の役目だからってあなたは言ったけど、理由が何であれ、その心遣いがとても嬉しかったの。
 最後に私の我が侭でこんな危険な場所に連れてきてしまって、ごめんなさい。
 大丈夫だよ。私の力を一番信じてくれているのは、あなただものね。
 心配しないで。きっと全てうまくいくから。

 

「行かないで!」

 ラン、待ってて。
 あなたを助けたかったから、こうするしか方法がなかったの。あなたが今まで味わってきた苦しみの、ほんの一部しか理解できないけれど、それでも。
 ……『神子』として何かを『呼ぶ』ことの意味を、一番よく知っているのはあなただね。それでもあなたは今まで無事で居た。『あなた』は壊れなかった。そのことを思い出して。
 だから私も大丈夫なんだと、そう考えるのは不可能じゃないよ。

 

 

 全ての愛しい人たち。そして哀しい人たち。
 その全部を包み込めるだけの優しい力を、降りてくる大きな意志から感じ取れるの。

 ねえ、知ってる?

 私が今、こんなにも嬉しい気持ちでいられるんだってことを。
 待ち焦がれたものを迎える様に。
 愛しいものを抱きしめる様に。
 私めがけて降りてくる光の塊を、笑顔で受け止めることができるから。

 ……みんなを護れる力が自分に備わっていたことが、とても幸せなことだと思うから。
 そして私の想いは満ち、抱いた願いは現のものと変化する。

 

 

 怖がらなくていいの。
 もう、大丈夫だよ……。

 

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