しあわせ

 

 あなたの手。
 あなたの背中。
 あなたのぬくもり。

 

 

「……ん」

 自分の声で目が覚めた。どうやら私、眠っちゃってたみたい。
 寝起きのぼんやりした頭で、今までどうしていたのかを思い出してみる。
 ええと……今日は確か、一日ゆっくりしようと思って、あちこちをお散歩してたんだっけ。朝は水晶の宮に行って、お昼は……。
 そのとき私は、自分の身体が何かにくるまれているのに気がついた。

 ワインレッドの皮のジャケット。

 そうだ。お昼に約束の地に来たら、眠くなっちゃったんだ。
 でもこのジャケットは、眠る前には絶対になかった。

「アリオス……?」

 ジャケットをかけてくれた人の名前を呼びながら、辺りを見回す。私が横たわっていたすぐ傍に、その人はいた。
 座って、大樹の根元に寄りかかって。腕組みして。

「起きたか」

 そう言って、私の頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。子供にする様な仕種だったけど、私はこうされるのが決して嫌いじゃないの。

「疲れてるんなら、無理はするな。お前が倒れたらおしまいだろ?」

「……アリオス、なんで居るの……?」

 今日はあなたに逢える日じゃない。それを承知の上で、お昼の散歩場所はやっぱりここにしてしまったけど。
 私の疑問に、アリオスはふいっとそっぽを向いて、「気が向いただけだ」とだけ言った。

 嘘つきね、アリオス。
 その優しさは、ほのかに揺れる灯火の様。

「ごめんね。せっかくだから起こしてくれれば良かったのに」

「いいからもう少し寝てろ。お前、顔色悪いぞ」

「え、でも……」

 せっかくあなたに逢えたのに、寝てるのなんて勿体ない。
 そう考えた私の表情から何かを読み取ったのか、アリオスは急に腕を伸ばすと、私の身体ごと引きずり寄せた。

 大きな掌。私の手首なんて、あっさりと包んでなお余る、男の人のもの。
 そのまますっぽりと、あなたの腕の中に納まってしまう。

「寝ろっつったら寝ろ。付き合ってやるから」

「アリオスも眠いの?」

「……そういうことにしといてやるよ」

 ねえ、自惚れてもいい?
 この場所は、私だけの定位置なんだって。

 

 

 私はふと、自分が包まれたままのジャケットを思い出した。アリオスも寝るんなら、私がこれにくるまってるんじゃ、きっと寒くなってしまう。
 アリオスだってそう思ったから、私にこれを貸してくれたんだろうし。
 私はもうあったかいから、大丈夫だから。
 ……あなたに抱きしめられているから。

「ジャケット、ありがとう。一緒にお昼寝するんなら、あなたが着てた方がいいわ」

 返すために脱ごうとして、私はまた気がつく。
 私が着ていると、すごくぶかぶか。アリオスが着てるのを見てると、わりと身体にぴったりしたものに見えていたのに。
 肩の部分にあるはずのベルトが、二の腕から肘の辺りまで下がってる。袖の長さも、指が出るかどうか。腰回りだって相当余ってる。

 ああ、と思う。
 アリオスって大きいのね。私よりも、ずうっと。
 肩幅も背中も腕も、アリオスはやっぱり男の人だから。

「……ふふっ」

「どうした?」

 嬉しい。
 あなたのことをまたひとつ、身近に感じることができたから。
 でもそれは言わないわ。
 代わりに、もっと言いたいことがあるから。

「アリオス、大好きよ」

 あなたと私は違う。全然違う、別の人間。
 それが寂しいと思うときも、本当はある。離れている間が寂しいから、どうしてひとつじゃないんだろう、って思うときもある。

 だけど、ね。

 だからこそ愛しく思えることが、たくさんあるの。
 あなたの手が節くれだっていること。
 あなたの背中がとっても広くて大きいこと。
 あなたが私に寄り添ってあたためてくれる、そのぬくもりも。

 『私』と全然違う『あなた』だからこそ、愛しく思えること。

「バーカ。そんなの、今更だろ」

 抱きしめられた状態で、吐息が触れそうな距離で。
 無造作に吐き出す言葉とは裏腹に、あなたはとても優しい瞳をしていた。

「今更でも、何度でも、言いたいの。私の心からの気持ちだもん」

 私がそう言うと、アリオスは僅かに苦笑を浮かべた。

「気持ちがあるなら、言葉より行動で示せよ」

 言葉の最後の方は、私の唇の中に融けて消えた。

 

 

 あなたの手。
 あなたの背中。
 あなたのぬくもり。

 それを身体全体で感じている、優しい午後の陽だまりの中。
 しあわせは、ここに在る。

 

Fin.

 

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