Last Present

 

 その存在は自分のものだと、そう信じた瞬間から全ては狂い始めていたのだろう。

『私、レヴィアス様は笑っていた方がいいと思います!』

 遠い昔にそんな言葉をくれたこともあったが、ただひとり逝った。……自分を置いて、たったひとりで。

 だから、捨てた。
 彼女の為に、捨てた。
 心を。

 

 

 望んだのは玉座。彼女に生命までも捨てさせた「もの」を、ただ自らの目で確かめたかったのかも知れない。
 打ち砕きたかったのか。それとも得たかったのか。……そんなことはもう忘れてしまった。
 望んでいるのだと、そう信じ込む努力すら、今はもうしなかった。本当はとっくにその欺瞞に飽いていたのかも知れない。

 人間に二心が在るのは当然だ。そんなもの、誰でも持っているだろう。
 彼女ですらそうだった。自分に何も言わず、ただ別れの言葉だけを遺して逝った。
 だから信じられない馬鹿だとしか思えなかった。

 その少女を知った時。

 

 

 陽だまりの様な微笑みを向ける。出逢ってからまだ幾日も経っていない自分にさえ。
 頼まれると嫌とも言わず、自分から買って出てまで、どうでもいい他人の下らない悩みごとにいちいち耳を傾ける。
 澄んだ翡翠の瞳に浮かぶ涙を、決して自分から周囲に見せようとはしなかった。

『皆様が不安になっちゃうわ。陛下とロザリア様をお救いするまで、私はひるむ訳にはいかないもの』

 問い詰めたら、それでも必死に雫の跡が光る頬を背けながら、腕の中から逃れようともがいた。彼我の力の差にあっけなく押え込まれても、少女はうわ言の様に『ひとりにして』と言い続けた。いつも。
 その願いを聞き入れることはなかった。いつも。

『甘えたくないの』

 いつだったか、そう言った。

『優しくされると、甘えたくなっちゃうの。そんな自分が嫌なの』

 少女の華奢な身体を抱きしめるのが、涙を止める為なのか、それともそのぬくもりを感じたいからなのか、判らなくなった頃。

『アリオスは優しいね。私のこと、甘やかしてくれる。……だから、いつも傍に居て欲しくなるの』

 儚げな表情が何を意味しているのか、知りたいと思った。

『それはただの我が侭……。この旅が終われば、私はもう皆様とずっと一緒には居られないもの』

 腕の中の柔らかな身体に、確かに触れているのに。
 そのまま消え去ってしまいそうに、蒼い月光を浴びた少女は希薄だった。

『アリオスとずっと一緒には、居られないもの』

 ───この少女もまた去っていくのだろうか。自分を置いて、たったひとりで。

 凍てついた刃を不意に突き立てられた気がした。
 それが微かに震えとなって伝わったのだろうか、少女はふと顔を上げて、穏やかな視線を向けてきた。

『私、寂しいの。凄く寂しい。でも、そうやって堪え切れないで泣いた時って、いつもアリオスがこうして抱きしめてくれる』

 どこまでも澄んだ双眸に映る自分の姿が、いたたまれない程後ろめたかった。

『……アリオスも、寂しいの?』

 ───見るな。俺なんかをそんな瞳で見つめるな。お前の瞳は……お前の心は、こんな薄汚れた人間を映す必要はない。

 辛くて自分が泣いているくせに、他の奴に手を差し伸べるのが「女王」の役目なのか?

 少女の望みを、知りたかった。
 何ひとつ自分の為には望まない少女の抱く、心からの望みを、知りたかった。
 叶えてやりたかった。

 やがて殺し合う運命ならば、せめてそれが来る前に。

 

 

 少女は逃げなかった。
 だから自分は逃げた。少女の澄んだ瞳に、穢れた自分の姿を映されることに堪えられずに。
 生命と引き換えに、少女の小さな白い両手に平和という灯火を返してやることしか、もう自分にはできなかった。

 本当は知りたかったけれど。
 少女の望みを叶えてやりたかったけれど。

 それはもう、不可能なことだから。

 

 

 その存在は自分のものだと、そう信じた瞬間から全ては狂い始めていたのだろう。

『私はあなたを……あなただけを選ぶわ』

 何ひとつ自分の為に望んだことのなかった少女が、背負うべき宇宙を捨ててまでそう言ってくれた。それで充分だった。

 だから、捨てた。
 少女の為に、捨てた。
 生命を。

 

Fin.

 

BACK