| その街の外れには古びた大きな建物があった。 屋根のシルエットから礼拝堂と判る。うろちょろと入り込むのが好きなチビ共の話では、訪れる者もまるで居ない……ほとんど廃虚の様になっている場所だそうだ。 そこがあいつは何故か気に入っているらしく、時折出かけていく。 『年若い女性がひとりきりで、暗くなるまで帰らないなど言語道断』 『どこに行ったのか見当がつかない』 ……勢い、「見当のつく奴が探してこい」という流れになる。過保護もいい加減にしろと言いたいところだが、奴等の心配も今回はあながち的外れではない。 鬱蒼と茂る森を超えたその果てに、礼拝堂はある。 とてもじゃないが、陽も落ちてかなり経ったこの時間に、あいつひとりで無事に帰ってこられる訳もない。
たどり着いた礼拝堂は、月光を受けて大地にくっきりと影を落としていた。 ───柔らかな灯りが広がって、一瞬立ちすくんだ。 揺らめく仄かなともしび。微かな空気の流れにもその身を震わせる、幾多の炎。 「……アリオス?」 その向こうで振り返ったあいつは、俺の姿を認めて呟く。 現実味のなさすぎる光景に軽い目眩を覚え、同時にその行為の聖なる醜悪さに唾棄したくなる。
祈って何になる
「さっさと火元の始末をしろ。帰るぞ」 そう促しても、お前は動こうとしなかった。 「どうしても続きがやりてぇなら、昼間にしろ。保護者どもがカンカンだぜ」 それでも身じろぎもしないので、俺は業を煮やして腕を掴んだ。 「いい加減にしろ」 「……お祈りを、していたの」 「見りゃ判る。そんなのいつだってできるだろ?」 「だめなの。今日じゃなくちゃ」 こういう時、お前は鉛の様に頑固だ。脅してもなだめても、決して頷かない。 「なんでだよ」 「今日が一番、神様に祈りが届く日だから……」
『神様』。それは俺を失笑させるに充分な言葉だった。 「ハッ、神様ね。女王様が神様に何を祈る必要があるんだ?」 全てをその掌中で操ることを許された者よ。 お前はゆっくりと顔を伏せ、指を組み合わせてこうべを垂れる。祭壇の奥にはステンドグラス。蝋燭のオレンジがかった光に照らされて、色までははっきりと区別できない。 「……懺悔をしていたの」 不意に耳慣れない言葉が飛び込んできて、俺は改めてお前を見降ろした。 「いろいろ悩んだり迷ったりしたことを、誰かに聞いてほしかったの」 「神は返事なんかしねぇぞ」 「聞いてもらえるだけで良かったから、いいの」
そう答えるお前の背中が、余りに小さく頼りなく、いとけないものに見えたから───
「……?」 背後から抱きしめた身体は冷たかった。 「だったら俺に祈れよ」 「アリオス」 「誰でもいいんだろ? 俺だったら気が向けば返事くらいしてやるし、誰にも言わねぇよ」 「これ以上アリオスに頼れないもの」 「くだらねぇこと気にするな。俺が頼れって言ってるんだから、頼ればいいんだよ」 「…………」 返事はなかった───言葉に出しては。 お前は涙を人前で見せようとしない。いつも控えめに微笑んでいる。 なら、泣けばいい。 否応無しに迫るその日まで、せめて……。
Fin. |