ひとでなしの恋

 

 淡く、淡く。
 それは、とてもちいさな。
 今にも消えてしまいそうな……だけど決して消えない。

 淡き花の香。

 

 

 狂ってしまえばいいと思っている。
 俺の目に映るもの全てが、どうしようもなく腹立たしい。
 ああ、そうだよ。俺は要するに、ガキじみた八つ当たりでムカついてるだけなんだよ。
 あいつがひとりで逝っちまってから。

「アリオス、あのね」

 馬鹿な女。
 どうしようもねぇ女。
 俺の目の前で笑う、エリスと同じ顔をした女。

 ───どうしようもなく俺を包み込んでしまう、その淡いひかり。

 振り払えない。目を背けることすらできない。
 どこまで逃げても追いかけてきやがる、こいつ自身みてぇにしつこい……優しい、ぬくもり。
 淡い花の香りすら感じる、その甘やかさ。
 知り合って日も浅いどこぞの馬の骨なんざ放っときゃいいものを、ご丁寧に寄ってきてはお誘いくださってるときたもんだ。

 馬鹿な女。
 どうしようもねぇ女。

 ───どうしようもなく、愛しい女。

 

 

 なぁ、知ってるか?
 俺は別に生きようが死のうが、どうだっていいんだ。
 ただ負け犬のままで終わるのも癪だったから、どうせならもう一度だけ、足掻いてみようと思っただけだった。
 ま、お前らにとっちゃ、いい迷惑だろうがな。
 死んだって構わねぇよ。逝っちまった後で、あいつにどやされるかもな。
 ……あ? 逢える保障がどこにあるって?
 あるに決まってんだろ。俺みたいな極悪非道の皇帝も、自殺するような早とちりの女も、天使サマのお導きには預かれねぇってことだ。

 今まではそう思っていた。

 花の香りがする。
 甘くて柔らかくて、ふとした拍子に気づくくらいに淡い香りが。

 

 

ヤメロ

ヤメテクレ

 

 

 相容れないんだ、最初から。
 そんなムダなものに執着したって、仕方ねぇだろ?
 だから。

「アリオス、アリオス」

 その白いうなじにつと指を伸ばす。節くれだったそれは、肩先で甘く揺れる亜麻色の絹糸に阻まれて、つややかな感触を俺に伝えた。

 

この指先にほんの少し力を込めれば。

ただそれだけで。

この少女は。

 

「アリオス?」

 

 ───そのちいさな花は、ただそこに在った。

 

「……何だよ?」

「え、あ、えっと。なんだかアリオスに見られてるような気がして……」

 

 ───ただ在るだけで、やわらかなひかりを放っていた。

 

「は? なんで俺がお前の間抜けヅラを見なきゃならねぇんだよ」

「……んっと……気のせい、かな?」

「当たり前だろ」

 

 ───ただそこに、在るだけで。泣きたいくらい、やさしいひかりを。

 

「……ツラに用事はねぇがな、動くなよ」

「え?」

「髪。デカいイモムシがひっついてやがるぜ」

「─────────」

 

 ───摘むのをためらうくらい、のびやかに。

 

「っいやあぁぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」

「ぶっ……ほら、動くんじゃねぇよ、取ってやるから」

「やっ、アリオス、アリオス!! 早く取ってええぇ〜〜〜〜〜〜!!」

 こいつは見事に真に受け、俺の腕にがっしとしがみついてきた。触れ合う感触から全身で感じ取る。少女の、あたたかさを。

 

 

 なぁ、アンジェリーク。教えてくれよ。
 敵と知っているのに、どうして俺はお前を殺したくないと思うんだ?
 弱々しくて馬鹿なガキなのに、どうして俺はお前を欲しいと思うんだ?
 俺は分からないんだ。この気持ちが何なのか。
 本当に、分からないんだ。

 

 この感情を、なんと呼べばいいのか───……。

 

Fin.

 

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