三姉妹のある日常:夏編プレビュー
「んふー。ええのんか?これがええのんか?」
そう言ってナカミはちら、と姉達を見やる。
「ふぅ…ん…い、いじわる…」
シサが喘ぎともうめきともつかない吐息を漏らす。
目は少し潤んでおり、身体の熱を持て余している様に見える。
「ほら、もうこんなに…とろけちゃいそう。」
ナカミの目は妖しく光り、粘りだしたそれを見てうっとりしている。
「ああん…。焦らさないで…」
クギリがもうたまらないと言うように手を伸ばす。
既に衣服は薄布三枚しか纏っていない。
それはともすれば全裸以上に、形の良い柔肌を艶めかしく強調していた。
「なぁに?どうしたいの?」
ゆっくりと姉達を見回して、ナカミはその包装を解いた。
少し下げられたその先端は、雫を作って濡れていた。
「言わなきゃ…ダメ?」
シサが甘えるような、泣き出す寸前の子供のような、震えた声を出す。
上気させた顔をうつむき加減にしているが、目はしっかりとそれを捉えている。
「ふふ…。ダメ♪」
「あうぅ…」
「さ、どうする?お願いしてみる?」
まず、クギリが、吐息のように言った。
「…ぉ…がい………しいの…」
シサも、しぶしぶと言った、だが何処かに期待を込めた声で言う。
「…ぁ…私も、わたしも、…ほし…ぃ…」
だが、ナカミは無情にも耳に手を当ててこう言った。
「あ〜?聞こえんな〜。」
びく、と肩を震わせ、クギリとシサは顔を上げた。
ナカミはその視線に、これ見よがしにそれを揺らめかせる。
垂直に立てられたそれは、既にナカミの手を濡らすほど雫を生んでいた。
クギリにも、シサにも、もはや姉としてではなく、
人間の本能としての意識がそれを言わしめたのかもしれない。
奇しくも、その台詞は同時に発せられた。
『その冷たいバニラアイスが欲しいの!』
…といった訳でここは三人娘の邸宅である。
「…ったくぅ。」
ナカミがアイスの棒を噛みながら言った。
「アイスぐらい自力で取りに来てよぉ。」
愛しそうにアイスを口に入れて、シサが頬を膨らした。
「だって、ナカミがクーラー切っちゃうからじゃない。」
「もぉ、情けない…夏は暑いのが常識なの!クーラーなんて邪道邪道ッ!」
「…じゃあ何が正道なの。」
クギリがナカミを見る。クギリにしては珍しいが、随分じめっぽい視線であった。
「だから〜。さっきから言ってるじゃない…」
ナカミは、握りこぶしを高く掲げて高らかに言った。
「海よ海!流れるプールでも可!」
…話は数十分前に遡る。
「ねぇ、お姉ちゃん。海に行きたい〜
行きたい行きたい、行きたい行きたーい〜」
ナカミが駄々をこね始めた。夏だからである。
「いいダダですねえ・・・」
「ほんと、いいダダですねえ・・・」
クギリとシサは軽く受け流した。夏だからである。
「むぅぅー!夏なのに!夏なのにぃ!」
ナカミは夏に燃える正しい少女であった。対して、
「クーラーは文明の力(リキ)ですねぇ…」
「ほんと、いい力(長州)ですねぇ…」
意外にも姉二人にとって、夏は忌むべき存在であった。
もうクーラーをつけてからこの方、二人はクーラーの風に操られる始末。
クーラーの送風があっちへいけばあっちへ、こっちにいけばこっちへ、まさに意のままである。
幸いにして、クーラーにはハレム嗜好も世界征服欲も無かったので今のところ大事にはいたっていない。
が、このままでは夏休みをいいことに奴等の頭は確実にダメになるだろう。
(おねがい、二人とももとに戻って!)
だが、ナカミの悲痛な叫びも、二人の心には届かない。
(わたし、私どうしたら・・・)
瞳を潤ませてバラを背負うナカミは、小走りでクーラーに近寄り、
『ぴ。』
クーラーを切った。
………。
「あーーーーつーーーーいーーーーー」
「あーーーーーつーーーーーいーーーーよーーーーー」
早くも冷房ゾンビはうめき出した。滅びるのは時間の問題だろう。
「とーけーるーよー。ぷよー」
「たーれーるーよー。ぷよー」
冷房ゾンビはむっくりおきあがり、恨めしそうにこちらを見ている。
無論、視線の先には、ナカミ…と、ナカミが前もって防衛している冷蔵庫があった。
「ふっふっふ〜ちがえしの玉と反魂香〜♪」
ナカミは冷凍室の扉を開けた。
それはナカミの頭よりも高いところにあるため、ちゃんと踏み台に乗っている。
彼女が手を伸ばし、冷蔵庫からとり出したのは、白がまぶしい棒付きバニラアイス。
「!!」
冷凍ゾンビの目に生気が宿り、今度こそなかまにしてほしそうにこちらをみている。
その視線は、外気よりも熱い。
―――そして、冒頭にもどるのであった。
ちなみに、アイスを奪い取ったあと、姉達は速攻でクーラーを制圧。
ナカミは二つのタンコブをこさえる事になるという障害事件が発生した事を付しておく。
「海は良いよ〜?モテルヨー?」
さすがに後頭部の代償を痛感しているのか、ナカミは態度を軟化させた。
「かわいい水着に着替えてさ〜泳ごうよ〜」
―――よし、決まった!殺し文句の2HITコンボ!これに誘われぬ娘ッコなどナッシングよ!
ナカミが謎のガッツポーズを心の中で決めた。
しかし…
「もてる・・・か。」
「およぐ・・・ね。」
クギリとシサはそれぞれ鬱のタテ線オーラを発し始めた。
レベル的に精神バリアが張れるほどの落ち込みっぷりである。
「あ」
ナカミは自分が決定的な失敗を犯した事に気付いた。
クギリも、シサも、人前に見せられる水着など持っていない。
クギリなんぞは、彼女はニンジャゆえか、人の視線が怖い。しかも隠れる所の無いビーチが怖い。
そんな状態で、ナンパなんかされようものなら発作的にクリティカルで相手の首を落としかねない。
百戦錬磨のクギリも、海の前では怯えたポーパルバニーも同然なのである。
(知らない人は付いてきていないだろうな…)
加えて、合うサイズが無いから…という実に(ナカミにすれば)贅沢な悩みもある。
仮にあったとしても、それはもう付けてる方がゴッツイと言う注目の的になる代物だったりするのだ。
シサに至っては、生れてこのかた、泳げないのである。
もしかしたら羊水の中でも溺れ放題だったのではないかと云われるほど、筋金入りのカナヅチなのだ。
まあ、学生なので一応水着を持ってはいるが、スクール水着とはちとはづかしい。
しかもほぼ未使用なのであまり値段は高くない。何の話だ。
ちなみにナカミはサイズも種類も泳ぎもばっちりである。
…最近の子供用水着は実に多彩で選びがいが有るらしい。
(以下は修正確率が70%を上回っているので要注意です。)
「う〜!」
まあ、それにしても、ナカミにしてみれば実に理不尽な現実問題であった。
「じゃあ、今年の夏はどうエンジョイすれば良いのよ〜!」
叫ぶナカミ。
「…お祭りとか。」
「…コミケとか。」
応えるその姉達。
「ダメ〜!そんな○○○○で×××な行事じゃ〜!」
さらに吠えるナカミ。勢いとは言え余りに酷い事を言っているので伏せ字にまでなっている。
「夏と言ったら海!海なの〜!」
先ほどから充満している姉の暗黒オーラを振り払うため、
普段では考えられない説得活動を持続するナカミである。
「じゃあ、潮干狩り。」
「夕日に向かって特訓。」
だが、敵もさるものであった。
「うが〜!」
どーするナカミ!?どーなるお話!?
このままじゃ続かない…
「…ハッ!此処はっ!?」
「フフフフ〜…ここは地獄の一丁目〜…」
「アッ!?ナカミ!?何時の間にっ!?」
ふと、気が付くと、三人が居た場所は、デパートの水着売り場だった。
ナカミが、如何なる手段を用いてこの場に姉を招いたのか?
手順を踏んでお応えしよう。
1.クーラーを切る
2.姉がゾンビ化する
3.アイスで外まで誘導する
4.アイスが切れたら補充する
5.3〜4を繰り返す
尚、コツとしては
この間、クーラーのある店内に立ち入らせない事、
餌を過度に与えない事、水を与えない事、日向で良く干す事…
等がある。
…試さない様に。
「無茶苦茶だ〜!」
「いいの〜!このままで終わるわけにはいかないの〜!」
「陰謀だ〜!」
「その通り〜!サービスカットを描きたくてうずうずしているお方だって居るのよ〜!」
そこまでは定かではない。
しかし、ここまで来たからには引き返せないのも事実。
「・・・殺気!」
振り返ると、そこには既にベテラン女性店員がスタンバイ。
「いらっしゃいませー。あら、素敵な御姉妹ですね?」
「ひーん(泣)!」
「姉なんです〜今年の水着を探しにきました〜」
「ナカミ〜!?(魂の叫び)」
「あらあら、そうなんですか。(キラーン)」
店員は、仲魔を呼んだ。迅速に現れる仲魔(店員)達。
「あああ〜」
退路無し。
こうして、シサとクギリの着せ替え人生が始まった。
「これなんか如何ですか?似合うと思うなあ。」
店員は楽しそうだ。
「は、はあ…(汗)」
すっかり心情語尾が板に付いてきたクギリだが、表記通りその心中は穏やかでない。
(これで何着目だろう…)
数えるのも億劫になるほどのおびただしい水着が、試着室の前に並んでいる。
「それにしてもうらやましいわぁ。このお肌。若くて張りがあって…。」
「はは…ど、どうも…」
「じゃあ、もっと大胆に…こんなのはどう?」
「あう…」
そうやって差し出された水着は、大胆なカットのハイレグ水着らしいものだった。
「え、えっと…」
断ろうとしたクギリだが、店員は口を挟む暇を与えてくれない。
「お客さんだったらこっちの方も似合うと思うわー」
「えう…」
「わあ、何着ても似合うっていいわねー」
「嗚呼…」
心で泣きながら、不本意にも次々と着せ替えさせられるクギリ。
(シサ…シサ…あなたは無事で居てくれるかしら…)
彼女は妹を気遣い、そっと涙を流した。
その涙は、アメリカンクラッカー状であったと言っても読者の何割が分かってくれるのだろうか。
で、シサは、と言うと。
「お似合いですよー」
「そ、そうですか?」
「うんうん。さあ、次はこれね♪」
「わーい♪」
既に落ちていた。
一方ナカミ…は、さりげなく姉達にチェックを入れて、
買う水着を予算内に収めるべく暗躍していた。
たとえば、シサが、
「じゃあ、これ…」
等と言いかけようものなら、ナカミが背後から、
「あ、お姉ちゃんこれも着て見てよ〜」
と、比較的安い同系の水着を勧めてみる。
無論、付き合いが長い分好みに合った奴を持ってくるのもお手の物だ。
「ぁ、これも可愛いね。じゃあ、こっちがいいかな。」
「うんうん〜」
(ふ〜ウン万の水着なんて買っちゃ駄目だよ〜)
(この娘…、できる!)
この時、店員とのさりげない目線での会話戦闘も忘れない。
(にぱ〜)
それにつけても、値札の確認くらいは怠らないのが賢い消費者と言うものである。
ゾンビに言っても無駄ではあったが。
結局、この日はあわせて数着の水着を買ってクギリ達は帰宅した。
その中にナカミ用の水着がさりげなく混じっていた事は秘密である。
「さあ♪」
ナカミはビシッと指を差し、
「ついに海へ行く日がやってきたのら!」
「そっちは内陸部だよ。」
と、お約束をかましつつ、結局やってきた海岸線。
書いてる時点は梅雨真っ盛りだが、物語の時点は夏!真っ盛り!だが、しかし。
「♪まっさかりかっついだ…」
ナカミが危ういボケをかましかけるが、その動作も凍り付いた。
そう。この時期の海岸線である。
当然の事ながら…海の前には、人の海があった。
戻ります