2002年3月4日

キャッチ・アンド・リリースとその後の死亡率



 キャッチ・アンド・リリース(以下、C&R)について、既にその効果を疑う釣り師はもはや少数派であろうと思う。しかし、具体的にどのくらいの効果があるのか。より効果率を上げるためにはどうするべきか。という事にまで踏み込んで考えている釣り師もまた少数派ではないだろうか。ここではそれらに関する数値的データからその辺りの事を考えてみようと思う。
 何はともあれ以下の2つの表を見ていただきたい。いずれも米国でのC&R後の魚の死亡率の調査データを表にしたものである。

 

 表1はもう10年ほど前であろうか、米国より帰国した知人が持ち帰ったあちらのアウトドア雑誌(確かField&Stream誌だったと思うが・・・)に掲載されていたもので、どこかの大学の研究データだったと記憶している。譲ってもらえないかと願い出たところ、断られたため(笑)ノートに書き写していたものが先日でてきたものである。そのため出所のはっきりとしない資料で申し訳無くもあり、かつ私の乏しい英語力では細部の調査要領などが読みとれていないのでこれっきりの物であるが、数値的データだけでも十分に値があると考え紹介させてもらった。
 表2はつり人社発行のタイトループ誌Vol.2(1998年8月発売)に掲載された、米国のフィッシングガイドであるポール・タンキス氏のテキスト「キャッチ&リリースinモンタナ/幸せなる共有システム」において紹介された、ダン・シール氏によるデータである。
 これらの数値は対象魚の大きさ、それに対するタックルの強度の違いによるファイトの時間の差やフックサイズ、ハンドリングの状態、調査場所の環境(特に水温など)などによっても変動するものと思われるが、結果を比較した場合それは相対的なものになるだろうと考えられる。残念なのはルアーでのトレブルフックとシングルフックの比較が無い事である。だがフックのはずし易さなどを考えた場合、より迅速にリリースへと移る事の出来るシングルフックの効果は十分に期待できるものであろう。

 いずれの表でも共通しているのはルアー・フライより餌釣りの方が死亡率が高いことである。これは針を飲まれてしまう事が多いためであろう。他に共通した調査事項であるバーブ(カエシ)の有無での比較だが、表1では明らかにバーブレスフックによる効果が見られるのに対して、表2ではその違いが見られない。特にフライでの調査ではバーブレスフックの方が死亡率が高いが、恐らくこれは対象魚に対してフックサイズが大きすぎたことが原因では無いかと推測されるため、やはりバーブレスフックの使用による効果はあると私は考える。
 次に表1の魚種別のものだが、目に付くのはブラウントラウトの死亡率の低さで、特に釣法をルアー・フライに限定すると僅かに1%である。他の魚種に比べると驚異的な生命力の持ち主であるといえる。意外だったのは、レインボートラウトの野生魚と養殖魚の比較(釣法は餌釣り)ではなんと養殖魚の方が強いようなのである。また表2のフッキング位置別での死亡率では当然とは言え、その位置が奥に行くほど高くなっている。

 この二つの表から死亡率のもっとも低い釣法はフライで、次いでルアー、餌の順であり、バーブレスフックを使用することによってその死亡率が下がるという事、フッキング位置が深いほど死亡率が上がる事などが解る。だがこれらのデータを見ていて気になる事は「果たして我が国のイワナやヤマメなどの場合はどうなのであろうか。」と、いうことである。河川環境の悪化や外来魚の移入などの影響による減少が懸念される我が国の在来種については、こうしたデータを見たことが無い。やはりそれなりの機関で専門家による調査をやっていただきたいのだが・・・。などと思っていたところに一通のメールを頂いた。イワナでのデータが存在するというのである。

 そこで紹介していただいたのは、湊文社発行の「アクアネット」2000年12月号の記事で「キャッチ&リリース後のイワナと鉤」という栃木県水産試験場の土居隆秀研究員によるものである。
 これはニッコウイワナの稚魚と成魚を対象にして、フッキング位置とリリース法の違いによる死亡率を調べたもので、フライは#14〜#18(バーブあり)、餌釣りは3〜6号(半カエシ)のハリを使用して、釣ってから21日間の経過を無給餌で観察。天然魚ではなく水産試験場内の養殖魚で行っている。稚魚と成魚をそれぞれ釣って、ハリを除去した場合、(ハリスを切って)残留させた場合、またフッキングの部位、さらに魚のハンドリングとして、手を濡らしてから魚を扱った場合、砂につけた場合など、いろいろな場合を想定して、魚の死亡率、フックの脱落率などを詳細に調べている。
 ここでは成魚のデータからの抜粋を以下に紹介しよう。

 これを見ると口腔内にフッキングして濡れた手で魚に触れた場合、米国でのデータとそう変わりはない事が解る。興味深いのはフックの処理法と砂に塗した時の数値だ。ここから私が感じたのは次のような事だ。

  • 口内に残留したフックは意外に高い確率で脱落する。
  • フックを残留させた場合、フライでの死亡率は高い。
  • 食道内に掛かった場合、無理に外した魚の死亡率は高い。
  • ハリス(ティペット)を切ってリリースすれば生き残る確率は高い。
  • 食道内に残ったフックでも体外に排出される場合がある。
  • 魚体に砂が付着した場合の死亡率は、濡れた手で扱った場合よりかなり高い。
などである。
 但し気を付けねばならない事は、この調査が21日間という短期間のものであるという事、そしてその間は無給餌である事、養殖魚であるため各個体のサイズが平均しているのでフックサイズが概ね適正であると思われる事、養殖池内での調査であるため自然下とは必ずしも一致するものではないという事などである。このデータを見る場合これらを前提とするべきだろう。また表1に示したレインボートラウトの養殖魚と野生魚の比較を見てもこれらは気になる点である。しかしこのデータが貴重なものである事には変わりないだろう。

 このデータからフックを残留させても案外魚は死なないということが解るが、ルアーやフライの場合は果たしてどうであろう。基本的にルアー・フライではフックを残留させるというのは、ラインブレイクによるものだと私は考える。この二つの釣法ではフックを飲まれるといった事はごく希であろう。したがって餌釣り以外の釣法でのフックの残留はイレギュラーなものであると考えてもよいかもしれない。しかし飲まれてしまえばそのダメージは大きなものだろう。この調査でもフライを残留させた場合、口腔内でも死亡率は55%と高い。これは餌釣りに比べてフックが太軸である事やそれにより傷が大きくなることが原因だと考えられる。またそのシルエットの大きさなども関係するのではないだろうか。ルアーの場合はさらにその影響は顕著に現れると思われる。ルアーはフックばかりではなくそのもの自体が大きく、ミノープラグなどはフックを2本以上装着している場合が多い。私にはとてもそれらが脱落するとは思えないし、脱落するとしても時間が掛かるのではないか。そうなると魚は餌を摂ることが出来ない。そう考えると少々無理をしても、フッキング位置が食道近くまで達するほど深い場合でも、除去した方がよいのではないかと私には思えるのだが・・・。そうなるとやはりルアー・フライは共にシングルフック+バーブレスという選択が妥当であると思われる。
 もっとも注目すべき点は魚のハンドリングだろう。数値にも顕著になって現れている。釣り場でランディング時に陸にずり揚げていたり、乾いた石の上や泥地、砂地に魚を置いて写真を撮っている人を見かけることがある。また雑誌やウェブサイトなどでもそれらの写真や、泥や砂の付着した魚を満面の笑みで手にしている写真が掲載されている事がある。それらの写真を紹介する記事の中でもよくC&Rについて触れられているが、なんとも格好の悪い話ではないか。やはり魚体には触れないことが一番であり、触れる場合でも細心の注意が必要だ。調査データでは触れられていないが、エラに指を入れるなどという行為は、もはや論外であろう。
 また、調査で使用した個体には病気が発症したものも見られたようである。フッキングによる傷や砂の付着によるものだと考えられる。そう考えると、もっと長期で調査を実施した場合には死亡率が高くなる可能性もあるだろう。

 今回は3つのデータを紹介した。だがこれらはその調査方法の違いから、それぞれが比較の対象とはならないだろう。ここでは比較ではなくそれぞれを独立したものとして捉えて欲しい。しかしC&Rを考える場合にはそれぞれが非常に有用なものであると私は考える。
 いずれの調査でも共通しているのは、C&Rは100%を望めるものではないということである。C&Rは万能ではないのだ。多くの釣り雑誌やウェブサイトなどでC&Rの実践を訴える記述を見かけるが、ただリリースすればよいというものではないのだ。また、それらの場で我々が思うほど魚は死なない、案外と強いものである。と、いうようなものも見かける事がある。が、果たして本当にそうなのであろうか。今回紹介したデータを見る限りでは、正しくもあり、間違いであるとも言える。しかし、自然下での長期的なものとして考えた場合、私には後者ではないかと思えてならない。
 我々が真に望むのはC&Rをより実り多いものとすることである。つまりそれは死亡する魚の絶対数を局限するという事であり、C&Rを単なる釣り師のセンチメンタリズムや思い込みからくる行為にしてしまうのは独り善がりでしかない。より効果的なC&Rの実践、そのために我々は何をすべきか、それをこれらのデータは教えてくれていると私は感じる。皆さんはどうであろうか?


参考文献
つり人社 タイトループVol.2(1998年8月発売)
湊文社 アクアネット2000年12月号