2002年 7月12日
2008年12月25日
修正・加筆

釣り雑誌のアンケートから考える



 北海道の釣りは独特な趣がある。原野を流れる川でのイトウ釣りなどはどこか大陸的であるし、知床半島では山岳渓流の様相のまま海へ注ぐ河川が多くあり、そこでは海を見ながらイワナの仲間であるオショロコマを釣ることができる。この他にもサケ釣りや海でのアメマス釣りの豪快さ、氷上の穴釣りなどは北の風物詩とも言えるだろう。

 こうした北海道の釣りであるから、それに特化した情報を掲載した、北海道の釣り情報を専門に扱う雑誌が発売されているのもごく自然な成り行きだろう。書店に行けば複数のそうした雑誌を手にすることができる。中でも1998年に創刊された「North Angler's(ノースアングラーズ)」(以下、NA誌)は、発売日ともなれば道内の大型書店では、たいてい多くの部数が平積みされていることからも、人気の雑誌であろうことがうかがえる。

 NA誌は誌面の大半をルアーやフライの釣りに割き、内水面のサケ科魚類を対象とした釣りには特に力を入れているようで、それらを嗜む北海道の釣り人の多くは、一度くらい手にしたことがあるのではないだろうか。

 NA誌では創刊当初から、毎号様々なテーマの読者アンケートを行い、その結果について次号の「北海道フィールド考」と題ししたコーナーで紹介、これを創刊号から24号までの全23回にわたって連載した(創刊号掲載分は釣具店々頭でのアンケート、14号については特集にてアンケート結果を紹介したため休載)。こうした企画は一般的な釣り人の傾向などを知る上で、一定の参考となるものだろう。

 2000年6月16日に発行されたVol.9では、北海道ではまだ未確認であったブラックバスに関するアンケートを募集し、この結果を次号Vol.10(2000年9月18日発行)の第10回・北海道フィールド考で紹介した。

 そこでの「北海道へのバスの移植」に関する設問では、「移植反対」が88%と大勢を占めており、「どちらかといえば反対」も合わせると実に97%が反対という圧倒的な結果が出ている。またこの魚を「移植禁止魚種に指定すべき」とする回答は85%だった。実際に北海道がブラックバスの移植を禁じたのはこれより約1年後の事になるが、それ以前から道内の釣り人の多くがそうすべきだと考えていたようである。このようにほとんどの回答者が北海道にブラックバスを持ち込んで欲しくない、持ち込むべきではないとし、その移植を規制するべきだと考えており、その理由としては在来の生物に与える影響を懸念する声が多かったようである。

 しかしながら、「(北海道外で)ブラックバスを釣りたいか」という設問では、「ぜひ釣ってみたい+釣ってみたい」が44%、「絶対に釣りたくない+釣りたくない」が47%だった。実に半数近くの回答者がブラックバスを釣ってみたいと考えている。思いのほか多くの釣り人が「釣りたい」と回答しているが、これには当時のバス釣りブームや関連業界などによるバス釣り振興の影響も大きいだろう。テレビでは頻繁にバス釣りが紹介され、バス釣り場が存在しない北海道の書店にもバス釣り専門誌が並び、バス釣りの楽しさを伝える情報だけはマスメディアなどを通じて、いくらでも北海道に入ってきていた。こうした状況の中にあって、熱心な釣り人がバス釣りに興味を持つのは、ごく自然な成り行きだったのではないか。また中には北海道外で既にバス釣りを経験し、それに魅力を感じている者もあっただろう。

 さて、NA誌を発行する「つり人社」は「Basser」というバス釣り専門誌を発行し、2000年当時は自社のホームページ内に「ブラックバス害魚論に対する釣り界の主張」を掲載するなど、熱心にバス釣りを振興し、ブラックバスを擁護してきた会社である。また公認釣り場の造成を目指していた「財団法人 日本釣振興会(以下、日釣振)」の法人会員であり、社長も理事としてその名を連ねている。

 このアンケート結果が掲載されたNA誌Vol.10が発売された2000年9月には、日釣振主導で進められた「公認バス釣り場造成のための100万人署名運動」が開始されている。こうした時期的な符合から、日釣振会員である「つり人社」が署名運動実施前に、アンケートによって北海道の釣り人の意識調査をしたのではないかと推察することができる。時期的に見てもあまりにタイミングが良すぎるばかりではなく、北海道の釣りを専門に扱う雑誌で、道内に釣り場のないブラックバスについてのアンケートを行うことに、他にはどのような意義を見出せるだろうか。もしこのアンケート結果で、北海道の釣り人がブラックバスを歓迎するという意見が大勢を占めるものであったなら、NA誌は誌面で大々的に署名運動への協力を呼びかけたのではないだろうか。

 だがその結果は、道内の釣り人の圧倒的多数が北海道への移植には反対で、移植を禁止すべきだと考えており、「ブラックバスを歓迎しない」というものだった。

 こうした結果に対しNA誌は、「ブラックバスが移植禁止魚種に指定されたとしても、釣り人からは目立った反論など出ないのではないだろうか?対応が後手に回らないように、速やかな対応が求められている。」と、この回の「北海道フィールド考」を結んだ。しかしながらそのようなことは言わずもがな、アンケートの結果をそのまま文章にしただけであり、あまりにも当然の事である。ではなぜアンケートの回答者はバスを歓迎していないのか。それは上述したように「在来の生物に与える影響を懸念」してのものであったはずである。だが読者のそうした回答に対する、NA誌独自の見解を述べることはついになかった。

 当時ブラックバス論争はより一層激しさを増してきており、「つり人社」は「Basser」誌をはじめとする雑誌やウェブサイトなどを通じて、ブラックバスとその釣りを擁護する意見を発信していた。だがここでアンケート回答者の意見に同調することは、「在来種の減少は環境の悪化が原因」とか「バスが在来種を食い尽くすことはない」などとしてブラックバスによる在来種などへの影響を否定する擁護論との矛盾を生じさせることとなり、NA誌としては沈黙せざるをえなかったのだろう。

 このアンケートから約1年後、とうとう北海道でもブラックバスが捕獲される事になるのだが、NA誌が指摘したように、その駆除に反対する目立った動きはほとんど見られなかった。

 だがもしこのアンケートで、北海道の釣り人がブラックバスを歓迎するという結果が出ていたならば、その後道内で確認されたバスについてもその駆除には反対する声があがり、それの利用を前提としたバス釣り振興が行われた可能性だって否定できるものではない。

 NA誌Vol.15(2001年10月6日発売)には、それが決して杞憂ではないことを感じさせる記述がある。その記事は2001年8月に道南・森町を流れる鳥崎川で行われたブラウントラウトの駆除を伝えたもので、「ブラックバスに関しては、すでに一定のコンセンサスが得られていると考えてよいのかもしれない」、「(ブラウントラウトの駆除は)コンセンサスという点では、不十分だったと言わざるをえないだろう」との見解を示し、ブラウントラウトの駆除を批判している。ブラウントラウトに関する詳細は別の機会に譲るが、もし明らかな悪影響が認められたとしても、コンセンサスが得られたならば容認されるべきだというのか。

 参考までに紹介するが、ブラウントラウトは北海道でブラックバスが確認される以前から、その存在による在来種への悪影響が懸念されていた。が、この魚のアンケートでは「釣りたい」が74%、「道内での生息域拡大について」は「もっと広がって欲しい」が12%、「今のままでよい」が48%となっていた。こちらはその存在を容認し歓迎する向きが多数を占めるものとなっている。「バスは反対、ブラウンは容認」という回答をした読者も少なくないだろう。そうした釣り人の反応を得てか、NA誌ではその後もブラウントラウトを魅力ある好対象魚としてその釣りを熱心に紹介するとともに、その存在を擁護する発言を繰り返している。

 こうした外来種などの問題について議論するときには、アンケート回答者らの意見にもあったように「生態系や在来種への影響」こそが第一の論点となるべきだろう。だがここではそれが「コンセンサス」の問題へとすり替えられてしまっている。ブラックバスのアンケートに答えた読者の、「生態系が乱れる」や「在来の生物に悪影響を与える」といった意見は置き去りにされたままだ。

 NA誌は今日まで、ブラックバスによる「生態系や在来種への影響」について沈黙を続けている。